あんさんぶるスターズ | ナノ

りかごで囁いて



ちくちくと針を進めているのは今、あんずと手分けをしているイベント用の衣装のひとつ。ここのところ彼女は仕事を引き受けすぎて意識が飛びそうになっていた。メインでプロデュースをしているのは彼女だが、衣装作成であればとわたしが引き受け、今日は早々にご帰宅してもらった。
そうして私は夜も学校で作業をする、という理由を都合よく見つける。学校に残る理由が欲しい。純粋でない思いを抱いて。


「お休みしないのか?」

後ろから伸びてきた腕はお腹に回り、肩口にはさらりとした髪が落ち、わざとなのか吐息が耳と首筋にかかる。漆黒を身に纏ったのは恋人であり、自称吸血鬼の朔間零。
学院の寝床でもある軽音部部室にお邪魔をしてかれこれ数時間。外は宵闇が支配し、空には月と星が輝いている。彼の生きる時間だ。

「今早急にしなきゃいけないので」

少し冷たいことを言いつつ、本心は違う。けれど早急にしなくてはいけないのは事実なので手を止めることはできない。あんずを休ませているからには自分がその代わりにやらなくては。この衣装ができなければ困るのはユニットの彼らである。
いくら学校に居残る理由付けだとしても、自分で引き受けた仕事をやり遂げなければプロデューサーとしての矜持が許さない。

「双葉ちゃん。お仕事頑張るのはよいことじゃが、頑張りすぎもいかんぞ」
「わかってます」

面倒くさい性格だなと思う。自分でもわかってるけど、それを目の前の恋人は面倒くさいなんて言ってくれない。今みたいに受け入れて、その上心配をしてくれて、仕事を理解してくれる。わたしだって彼がアイドルであることを理解しているつもりでいるので、互いの仕事への理解はあるのだろう。
理由をつけてそばにいる時間を作っている。分かったうえでこの部室にいることを許している彼は時々、申し訳なさそうに笑う。
そんな顔をしないで。わたしが好きでやっていることなんだから。貴方がそんな顔をする理由はわたしにあるから、叱ってもいいのに叱らない。笑って頭を撫でてそばにいて抱き締めてくれる。優しい彼がすきで、大好きで、でもわたしを甘やかしてばかりで、甘やかされているわたしはわたしを許せなくて。

「夜なんじゃから、ちゃんと寝ないとな」

ぽんぽん、と私の頭を撫でてくれる。やっぱり今日も甘やかして許すばっかり。それを素直に受け取れない私は、ぷい、と素直になれない態度で返す。

「眠くないもん」
「そんなことないじゃろ〜」

嘘に決まってる。後ろから抱き締められて彼の体温を感じているのだ。温もりに包まれて安心して眠りにつきたくなってしまう。けれど折角彼と同じ時間を過ごしているのに、寝てしまうのは勿体ない。意地を張って眠くない主張をして時間を繋ぎ止めたい程に。彼の体温に包まれて次第に眠気へと傾かないようにと、手の中の衣装に視線を向けて作業を続けた。
子供のような態度をとっている自覚はあるし、彼がそれを可愛がるひとつの要素としていることも知っている。二つしか歳が違わないのに、随分と大人の振る舞いをする彼は作業を続ける私を後ろから見つめるだけ。無理矢理手を止めさせようとはしないし、それよりも褒めるように頭をまた撫でる。

「怒らないの?」
「怒って欲しいのか?」

怒られるのは好きではない。けれど怒られ過ぎないのもなんだか怖い。だって怒るまでの感情にならないってこと…私のこと、そこまで大切じゃないのかなって思ってしまう。愛されている自覚もあるしそんなことないって思えるけれど、でも心の何処かで小さく巣食っている、もしかして。

「…たまには、怒って欲しい」

色んな感情がほしい。怒られたくないけど怒ってほしい。矛盾している気持ちに整理がつかなくて、こどもの部分が露出する。口に出したらまた自分の嫌な部分が目に見えてしまった。まだまだ大人にはなれないなと自覚をしながら、彼の大人な部分に甘えたい気持ちもあって。
ぐるぐる、思考と感情が渦巻く。黒いものも、淡いものも、混じりあっていて、今の私はどんな風に写っているのだろう。


「我輩、怒るよりも、愛を囁きたいタイプなんじゃ」

複雑な顔をした私とは正反対の、穏やかな顔をした彼はぎゅっと抱き締めるちからを強くした。自分では直視したくないわたしを見て、それをも笑って、いいよって言ってくれているようで、こどもの私が心のなかで泣き出す。
こんな私すら愛してくれる彼の温もりは、もう離したくないほど私に浸透してしまっている。心のなかだけでは飽き足らず、私の視界はぼんやりとあたたかくてゆらゆら揺れる膜で覆われ始めた。溢れ流れたそれを掬うように、彼の舌が頬を滑る。そのまま頬と、首筋と、耳へと柔く唇を這わせ、最後の仕上げに吸い付かれた。

「だから早くお仕事終わらせて、我輩の愛をたっぷり受け止めてほしい」

さっきは、夜には寝ないと、なんて言っていたのに。その言葉は何処へいってしまったんだろう…なんて野暮なことは口にしない。
斜め後ろに顔を向ければゆっくりと彼の温もりが近づく。月の光が照らした私たちの影は静かに重なった。

2020.01.28.
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