あんさんぶるスターズ | ナノ

ょうだいごっこ




「僕を弟だと思って接してほしい」


何を言っているんだと反射的にビンタをしたくなった。
目の前の見目麗しい天祥院財閥の跡取り息子はニコニコと嬉しそうにしている。一応この人とお付き合いをしているわけだけれど、なにも突拍子もないことを頼まれるのは初めてではない。プロデュース科の生徒としてあんずとともに色々とこの人に頼まれ事をしている。思い付きに振り回されて仕事をもらっている部分もあるが。
だがプライベートの付き合いのなかで、またとんでもない頼み事をしてきたな、と。

「いや、弟って。無理です。わたしの方が年下ですよ」
「そうだなあ。えーくん、とか呼んでみる?」
「話聞いてます!?」

強引なところは恐らくどうしても変わらない部分なのだろう。天祥院英智という人間らしい部分と言えば、そういえるのかもしれない。
勝手に提案して、どんどんと物事を進めていって、止められればいいけれどわたしは止められる人間ではない。止められるのは蓮見先輩とかではないか。他は思い付かないけど。

「いいじゃないか。僕は可愛がるばかりで、可愛がってもらうことは少なかったんだ。君が可愛がってくれてもいいだろう?」

変な理屈をつけてくるのも相変わらずだ。可愛がられたことがないから可愛がってくれ…。恐らく天祥院英智として様々な方向から可愛がられてはいただろう。しかしそれは”彼の望む可愛がられ方”ではなかった。
特に彼は年下の桃李くんや司くんに慕われているから、彼らは可愛がっているのをよく見受ける。同じ紅茶部の創くんも含め。
特別可愛がってほしいなんて常々思っているわけではないだろう。でもふとした瞬間に、感じてしまうのだろうなあ。
なんて、目の前の彼を分かったフリしているが全て憶測にすぎない。おおよそ外してはいないだろうが、真実は彼のなかにしかないし、彼が語らない限り答え合わせはできないのだ。だからといって考えを止める訳ではない。どう返したら正解なのか。あとはどう返せば彼のお願いに乗らずに解決できるのか。今回の頼まれ事には乗りたくないため後者を遠慮なく選ぶ。

「やっぱり無理です」
「無理じゃなくてやるんだよ」

容赦なくばっさりと切られた私の意見。まあ、そうなりますよね。皇帝陛下の仰せのままですよ。
強行突破をする彼はメイドさんが注いでくれた紅茶で喉を潤し、腕を組んで悩んでいる。わたしも私に用意された紅茶を飲んで、共に出されたお菓子をひとつつまんだ。


「司くんに習って、お姉さまって呼んでみようかな」
「なんかちょっと合わないですね」
「お姉ちゃん?」
「想像できません」
「姉さん」
「あ、それが一番想像できます」

悩んでいたのは姉役の私の呼び方らしかった。お姉さまは普段から司くんに呼ばれているからあまり呼んでほしくない…恥ずかしいのを堪えている呼び方だ。一方お姉ちゃんは一般庶民的すぎて品の良い彼の口から出てくる単語として違和感が付きまとう。最後の呼び方が一番すとんと落ちる呼び方だ。子供でもなく、大人っぽいかんじ。
ねえさん、か。姉という自分に違和感がすごくてむずむずする。まあ今この時だけなのだし、我慢すればいいことだろう。

「姉さん、今日もかわいいね。どうしてそんなにかわいいんだろう」
「ぶふっ」

いきなり過ぎませんか。どうしてそうアクセル全開みたいな発進するんですか。
お菓子の口直しに紅茶を含んでいたわたしは、目の前の彼に吹き出さないようにして何とか切り抜けた。お陰で噎せ込んでしまったけれど。

「どうしたの?」
「げほっ、い、いきなり始まるから!」
「スタート切った方がよかった?」
「いいです、始めましょう」

目に見えた合図とか、余計に意識してしまう。自分で切り替えろ、切り替えろ…と頭のなかで連呼しながら目をつむる。わたしは英智先輩の姉…わたしは英智先輩の姉…わたしは英智先輩の姉…!
というか彼のペースに巻き込まれるからいけないのでは?と気づいた私は、自分のペースで会話を始めれば何とか突拍子もないことは回避できるのではないかと考える。名案じゃないか??そうとなったら自分から会話を始めて、リードする選択しかない!

「先輩」
「姉さん、僕は弟だよ。え、い、ち。ね?」
「勘弁してください」

出鼻挫かれて立ち直れません。いや、ここで躓いたままだと完璧彼に振り回されてしまう…!すでに振り回されていることは置いておいて。これ以上ペースを乱されても変に意識しないように注意して、早々に終わらせよう。この不毛な姉弟ごっこを。

「せん…え、えいちさん」
「…………」

めっっっちゃ不満そう!めっちゃ不満そうにこちらを見ている弟(仮)!
眉間のシワが半端ない。麗しの英智さまの顔が表現できない感じになっている。桃李くんが見たら発狂するかもしれない。もしかしたら英智先輩だと信じてもらえないレベルかも。
ゴホン、と一息ついて切り替える。流石にさっき彼が言っていた「えーくん」は無理なので、まあ、これくらいなら仕方ないよな、と呼び方は妥協した。するしかなかった。

「えいちくん」
「たどたどしいなあ。なあに、姉さん」
「学校は楽しいですか」

とりあえず無難な質問。普通の学校ではないし、更に学年も違うから彼の学院生活への思いを知らない。純粋な気持ちも含め、姉役として学生である弟を心配しているような気持ちも含めた質問だ。
わたしの思惑が何となく分かったのか、彼は最初目を丸くしていたけど、柔らかに笑って答えてくれる。

「楽しいよ。とっても」
「楽しいのなら何よりです」

不満があったら何とか手回ししてるもんな、と無粋な気持ちは打ち消す。色々あったけれど彼が憧れるアイドルと共に楽しく生きていることを、彼自身の口から聞けたことが少し嬉しかった。それを見ているわたしも、勘繰りせず安心して彼の楽しんでいる姿を見ていられるから。

「姉さんはどうなの」
「楽しいですよ。忙しいですけど」
「仕事もだけど…僕といる学院はどう?」

四六時中一緒にいられるわけではないが、彼も元は体調を崩しやすい体質だ。それでもここ最近学院内で顔を会わせることが多くて一言でも言葉を交わせるだけで安心する。
互いに忙しい身ではあるけれど、恋人をしているからには彼のことは好きであるし、ちょっとでも姿を見れるだけで心が踊ってしまうのは許してほしい。私だって一人の女の子、ひいては女子高校生なのだし。だから好きな人を見ていられる幸せは表現しきれない。強いていうのなら、そうだなあ。

「学校で会えるのも増えていて、わたしは嬉しい…です」

これが一番だ。彼に会えるのが嬉しい。忙しいけど楽しい生活のなかで、学院に彼がいるというのはとても嬉しい。出会えて言葉を交わせたのなら更に嬉しい。
普段、考えたことはなかったけれど、改めて感じて言葉にするのは新鮮だ。彼の気持ちも、自分の気持ちも。
気恥ずかしさが後から込み上げてくるけれど、彼は頬を少し染めながら「僕も姉さんと会えるのは嬉しいよ」と言った。その顔は反則ではないだろうか。“かわいい”が先行して思わず口に出すところだった。危ない。


「ところで、どうして敬語なんだい?」
「………英智くんは、天祥院を継ぐ人だから。わたしがたとえ(ごっこあそびの)姉だとしても、あなたは天祥院の名を背負っているでしょう」
「姉さんだっておなじだよ」
「同じじゃないです。絶対同じじゃないです。だって姉というのは、嫁いでいくものですよね?」
「は?」
「…え?」

ドスの利いた声に間抜けな声を出してしまった。ひとつ前の会話の声色とは全然違って吃驚している。あなた本当に天祥院英智さんでしょうか?威圧感のある「は?」という言葉に思考が追い付いていかない。

「姉さん、誰に嫁ぐ気なの?敬人?それとも渉?かわいい桃李?姉さんは僕と結婚するんだってずっといってたよね?今さら誰に嫁ぐ気なの?」
「え、ちょ、先輩?」

彼は席を立って私の側へと移動してくる。口を挟む暇なんて与えないような、そんな空気を纏って。さっきとキャラが違うんですけど、あの儚い弟キャラだと思っていたのは私だけだったの?あ、そうですか。私だけだったんですか。
そっと、固まったままの私の頬を包んだのは細くて白い、けれど男の子らしくほどよく大きな英智先輩の手。


「姉さんはずっと僕のものだよ。今も、これから先も、天祥院は僕と姉さんで作っていくんだから。ね?僕と結婚するんだよね?」

まさか近親相姦的な展開だったわけ?もう訳がわからない。彼の中でどういう設定なんだ。
読めない行動にどうしようもなくなった私の手首を掴み、腰を支えて立ち上がらせる彼に支えられているため、どうしても距離は縮まっていて。
麗しのお顔が近づいてくる。初めてではないこの行為に、今の設定を考えて頭のなかがぐちゃぐちゃだ。どういうリアクションをとったらいいのか分からないまま。先程まで優しく頬に触れていた手は、今ではがっしりと固定されている。


「愛しているよ、姉さん」


こんな遊びに付き合うんじゃなかった!
なんて思ってももう遅い。腰に回っている手がゆっくりと身体の線をなぞるように動く。
後の行為は結局このままの設定でいくのかと、複雑な心境のままごっこ遊びを続けることにした。

2020.01.25.
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