練家の籍に入り、紅明の正妻として迎えられたなまえ。最初の夫婦生活も迎えたが、なにぶん異性に抱かれるということが初めてなため身体が追い付いていなかった。これは慣れるには時間がかかるかもしれないとしみじみ感じる。
同じ寝台に眠り、共に朝を迎える。未だ慣れない皇族としての朝。婚儀を終えてからの紅明と二人で迎える朝は自身の支度でも手が回らなくなるため、紅明の支度など手伝えるはずもなく。侍女に手助けをしてもらいながら二人で身支度をしていた。
なまえは眠く身体が辛くあろうとも起きることは出来る。反対に、紅明は朝に弱く身支度中は寝ぼけ眼のことが多い。


「紅明さま、腕を」
「はあ」

何処かに意識が飛んでしまっているのではないかと思う程、ふわふわとした声で返事をする。その姿に「この人大丈夫か」と内心思いつつ、テキパキと脱がせていく侍女。
するりと寝衣を脱いだあと、長く下ろされた髪の隙間から見えたのは白い肌に残る赤い四本の筋。紅明の身支度を手伝っている侍女と、なまえの着替えを手伝っている侍女、その両者ともが背中のそれに気が付いた。最も自身の身支度で手いっぱいのなまえは未だ気が付いていない。

紅明を担当している侍女はそのまま穏便に済ませようと新しい服を手に取った。しかしそのまま進めてくれるはずもなく。なまえ付きの侍女である晶華が口を開いた。


「あら?紅明さま、お背中に傷が…」


晶華の言葉に紅明が動きを止めた。同時になまえも動きを止め、紅明の方を振り返る。紅明は鏡を見ようとしたが、背中に感じる微かな痛みを覚えた。先ほどまで特に気にならなかったのに、意識してみれば確かに背中に痛みを感じる。そのことに鏡を見ずとも背に傷があることを確信する。
なかなか上機嫌な声で言った晶華に、紅明を担当している侍女は周りに悟られないように小さくため息を吐いた。自分の主がうまくやっているのを実感して嬉しいのは分かるが、侍女如きがそこまで出しゃばってよいものかと。続けて口を開く晶華に諦めたのか、侍女は何も言わずに紅明の動きを待った。

「猫とお戯れにでもなったのでしょうか」

口元に手を当て、嬉々として言葉を紡ぐ晶華。その横でなまえは顔を段々と赤く染め上げていく。僅かに見える紅明の背中を見たのだろう。
晶華の問いに紅明は特に無礼だのなんだのと気にすることはなく、淡々と答えた。

「ああ、そうですね。少し怒らせてしまったみたいで」
「まあ!どんな手を出したのです?」
「秘密です」

僅かに上がった口角。少し楽しそうな声色に、その場にいた誰もが気が付いた。勿論、その猫本人も自身のしたことであると気が付いているし、紅明の声色にも気が付いている。直接的ではないものの、その犯人を示された猫は口をパクパクさせながら紅明を見つめていた。
紅明の答えに晶華はクスクス笑ながら“猫”に服を着せていく。顔を赤くし俯いてしまった彼女に少し落胆した紅明だったが、侍女に服を着るよう急かされてしまえばそちらを見ることが出来なくなった。


「こ、紅明さま」
「はい?」

なまえが着替え終わった頃、紅明は普段より落ち着いている髪を結い終わったところだった。未だ髪を結われていないなまえは緑に光る黒い髪を揺らして紅明に歩み寄る。
あの、その、と頬をほんのり赤く染めながら言いあぐねている様子からして普通のことではないと気が付く。大方、昨夜のことか何かだろうということは見当がついたが、面白かったのと可愛らしかったのとで紅明はそのまま言葉を待ってみることにした。恥ずかしがりながら袖で手を隠し、口元へ持っていく。内緒話をするような、小さな声で紡がれるはどんな言葉か。


「お背中、その…痛みは、ありませんか」
「ああ、大丈夫ですよ。まあ私のせいもありますからね」


やはりといった内容で、紅明は内心微笑んでいる。自分のせいだと思っているのだろうなまえ。身体を動かす時に多少違和感を覚える程の小さなひっかき傷。大きな傷ではないため騒ぐほどでもないし、たとえ彼女がこの傷を作った本人だとしても気にするほどでもない、その程度の、ほんのわずかなものである。
婚前の夜伽であればなんとも煩わしい痛みだと感じたが、今ではまるで正反対だ。彼女であれば煩わしいなんて思うはずもなく、むしろこの痛みでいつでもなまえを感じることが出来る、一つの要素となりうるのに。この傷をくれて嬉しいとさえ思っている、なんて伝えたら、目の前のなまえはますます顔を赤くしてこちらを見てくれなくなるだろう。

それも楽しいかもしれないと思う。彼女のころころ変化する表情を見るのが飽きないし、その表情を自分に向けてくれるのがとてつもなく温かい。と思うと同時に、先から顔を赤く染めているなまえをいじめてみたいとも感じる。
少し、意地悪をしてやろうか。最もなまえをどん底に叩き落とすような意地悪ではない。


「強いて言うなら、」


可愛い、まるで恋人同士のような、甘い意地悪。


「……舐めてくれれば、治りは早いかもしれませんね」


耳元で囁くようにして呟いた。紅明が近付いたこともであるが、囁かれた言葉になまえはほんのりどころではなく、耳から首まで赤くして目を見開いていた。何を言い返せない様子の主人に変わり、後ろから晶華が助け舟を出す。

「ま、それは猫がですか?」
「ええ。私の猫が」

これではなまえを助けたのか、紅明に便乗したのかわからない。全身真っ赤になるのではないかと思われるなまえは完全に顔を袖で隠してしまっている。きっとこの場から消え去りたいと思っているのだろうことは見ていてわかった。
一連の流れを見ていた紅明の着替えを手伝っていた侍女は思う。
―――好きな子をいじめる子どもか、と。
それは紅明だけではなく晶華にも言えることで。お気に入りの主人がいくら可愛らしいからといって、主人の夫と共に可愛がる侍女なんているだろうか。否、彼女だから出来るのかもしれない。


「〜〜〜っ紅明さまぁ!」


散々可愛がられたなまえは恥ずかしさの限界に達し、妃には似つかわしくない大声を上げて夫の名前を叫ぶ。顔を隠していた腕は上下に振られ、露わになった顔は先より断然に赤い。大きく開かれた瞳は雫で潤いきらきらと輝く宝石のように魅了する。


「おや、舐められるより噛みつかれそうです」



主人に噛みつくか?


絶対にこの猫は噛みつきやしない。引っ掻きはすれども。
その場にいた全員が感じた事実である。

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おいけさまへ!リクエストありがとうございました*
行為中は夢中で気付かなかった爪痕に第三者が気付いて茶化されて〜というのがぱっと浮かびまして。本編の後日談のような、書いていない空白部分のネタを頂けて大変うれしく思います。思ったより夫婦初期からいちゃいちゃしてます(笑)
15.06.09. 祐葵
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