第二皇子とわたし | ナノ

02




あれから数日。紅明からの連絡もなく、縁談を持ちかけられた日のように子どもたちに書の読み聞かせを行っていた最中であった…宮中からの使者を名乗る人物が現れたのは。
そうして訪れた使者から紅炎からの命を受け取り、再び禁城へと姿を現わしていた。


「紅明は後日と言って何も連絡をしなかったらしいな」
「はい、来ておりません」
「まったくあいつは…」


何故こうも第一皇子と同じ空間にいるのだろうか。返事をする声は若干の震えを帯びていた。
数日前と同じく普段よりは上質の物を着こんでいる。持っている二つの内の一つの召し物を既に着てしまったため、これから先どうすればよいだろうかということなど、今この場で璃芳に考える余裕はない。しかし家を出るまではそんな事を考えられていたのだ…あくまで家を出るまでは、であるが。

「…お待たせしました、申し訳ありません」

のっそりと現れた紅明。疲れたような表情で扇を口元に寄せている。顔半分が隠れているというのに疲れた表情が現れてしまっているのは相当ではないだろうか。

「本当だ。お前は連絡というものをしっかりとしろ」
「調べ物をしていて」


申し訳ありません、と紅炎に再び口を開いた後、璃芳の隣へと歩み寄る。

「連絡を差し上げられず申し訳ない。忙しかったもので」
「い、いえ、私は皇子のご予定次第で構わなかったのです」

目の下にうっすらと隈も出来ている。この疲れ様からして睡眠時間も多くとっていないのだろう。先日よりも声に強みがなく調子の変化も薄い。
紅炎は紅明の忙しい時期なども分かっているはずなのに、何故こんな忙しい時期の紅明に縁談なぞを与えたのだろうか。と紅炎を見ても内を見せず探らせないその表情、貫禄、存在に真意は読みとれなかった。


「調べ事は済んだのか」
「いえ、記憶だけが頼りでしたので断念しました」
「そうか」

口振りからして紅炎は紅明の調べ事を知らぬようであったが、今の璃芳にはその考えにまで至らなかった。それは紅炎が視線を璃芳へと向け、鋭い眼孔で睨まれたからだ。
最も紅炎は睨んだつもりは一ミリもなく、この場の緊張からくる璃芳の思い違い…というのが正しい。



「ところでお前の着ているそれは何処で手に入れたものだ」


指摘されたのは現在身につけている衣だろう。甚三紅(じんざもみ)色の衣は決して渋い色ではなく、璃芳の歳を際立たせるような若い色。髪色が暗いということもあり、更に衣の色を主張させ、同時に髪の美しさも増している。
宮中で文官や武官をしているだけの家では到底買えるものではない。

上質な衣は肌触りも普段のものより数段滑らかで着心地がよく、このような機会でないと身に着けることもなかったかもしれない。それ程に大切で、珍しい方から頂いたもの。


「これは以前、皇后様から頂きましたものです」
「皇后?!」
「は、はい。そうでございます」


驚いたのは問うた紅炎ではなく隣に佇む紅明だった。紅炎は一瞬であるが顔をしかめる。
やはり皇族でもなく貴族でもない娘が皇后から衣服を頂くのは頭が高かったか。
びくびくと冷や汗をかきはじめる璃芳を置いて、紅炎はふむ、と息を吐く。

「兄王様…?」
「…いや、そうか。持っている上物はどれくらいだ」
「は、恥ずかしながら…二着、でございます」

俯きがちに応える。
皇族でも貴族でもない、官職の家が買えるものにはそれなりに限度がある。きっと皇女や皇子たちなら当たり前で普通のことが璃芳にはない。
その差は分かり切ったことだのに改めて言葉にすると重くのし掛かる。自分はここにいていいのかと、場違いも甚だしいと…。


「ほう、なら丁度いい。俺からだ。丁度準備させたから持って帰れ」
「えっ えっ?」
「兄王様が、女性のために召し物を?」
「本来ならお前がするものだぞ、紅明」
「はあ…」


紅明はめずらしい、と紅炎の行いに驚いていた。確かに自分の側室やお気に入りでもない人物に贈り物などはしないだろう。だが縁談の持ち掛けから二度目の禁城訪問を命じたことから、今回は特例であることは察せられる。
どうにも紅炎の考えがよく見えない璃芳は少し怖くなる。何故私なのか、どうしてここまでするのか。
しかし先程と同じように直接的に紅炎の内を探ることすらできないわけであるから、真実はやはりわからない。
現物はここにはないが、紅炎の不適な笑みから察するに着物はそれなりの量があるとみていいだろう。それともこちらをからかっているだけで少ないかもしれないが。

ううん、紅明も紅炎の行いに意図が掴めないのか、頭をがり、と掻き始める。
璃芳にしてみたら紅明も紅炎も内を探ることができない存在というのはかわらないため、紅明が今どんなことを考えているかなど予測もできない。そう、紅明という人物を知らなさすぎるのだ。



「俺がお節介をするのも今日までだ」
「それは…」
「婚姻の日までに互いを知っておけよ」
「えっ」


婚姻?!
思わぬ言葉に口がでてしまった璃芳。しかし同じく反応した紅明は目を見開いて口もあんぐり開いている。確かに縁談ではあったものの、本当にそこまできたのだろうか。そもそも璃芳は構わない、と言ったが紅明の返事を聞いていないことを思い出す。
チラリ、横の紅明を見るも、紅明も返事をしていないことに気が付いているのか璃芳の方に視線だけを向けていた。


「お前がすぐにどうしたいかを云わないからな、俺の自己判断とした」
「兄王様」
「なんだ、文句は受け付けん」

何も文句が通らないと諦めたのか、紅明は小さくため息を吐いて違いますよ、と言った。

「この縁談は受けますけれども」
「ならいいだろう。用件はそれだけだ、二人で下がれ」
「はっ」
「は、はい」


行きましょう、と視線で璃芳に合図をした紅明に着いていく。
部屋から出て紅明に従い、来たときの廊下を進もうとしたとき。後ろから侍女らしき女性二人が璃芳を呼び止める。こちらでございます、と真逆の道を指す侍女に、帰り道は確かにそっちではないのにと紅明も璃芳も戸惑っていた。

すると、いつの間に後ろに立っていた紅炎が呟く。


「ああ…言っていなかったが、着物を持って帰るのはこちらで用意をしたお前の部屋に、だ」


勿論お前の帰る場所も。

この第一皇子の発言に、いつまで振り回されればよいのだろうか。
きっと同じ様な顔をして驚いていたであろう紅明は、ひとつ咳払いをし、扇越しに璃芳をみつめた。


璃芳ちゃんが着ていた服の色・甚三紅(じんざもみ)というのは■こんな色です。
14.02.01.
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