第二皇子とわたし | ナノ

01




璃芳は普段よりも上等な物を着込み、禁城内の一角に足を運んでいた。昔馴染みを従者として付き添わせ、重くゆっくりとした足取りで歩む。向かうは第一皇子・練紅炎の指定した客室。
侍女に案内されて入った先には遠巻きに見たことのある第一皇子の姿。椅子に腰を掛け、入室をした璃芳をみている。


「お初にお目にかかります、紅炎様。玄璃芳、只今参りました」
「堅苦しい挨拶はいい、楽にしろ」
「は、はい」

楽にしろ、と言われても、この国の第一皇子を目の前にどう楽にすればいいのだ。とりあえず下げている頭は上げてもいいのだろうか。跪いている身体はどうすればいいのだろうか。恐る恐るであるが垂れていた頭を上げれば紅炎が視界に入る。顔を上に振れられたため、立てと云われているらしく、大人しく身体を起こして立った。
さして興味もなさそうに璃芳を見ているかと思えば、一瞬であるが不敵な笑みを見せた。

「少し待て。もう来る頃だろう」

そうして紅炎は静かに璃芳を見定める。紅炎の心理は測りかねるが、この状況の璃芳の心情はとてつもないものだろう。一人、慣れぬ宮中…しかも禁城に足を運び、第一皇子と同じ室内で息をしている。その事実に背中を凍らせ、自身を見つめられる中でよく耐えられたと思う。
少し経った頃に扉が開かれる。歩んでくるのは紅炎と同じ紅い髪を纏った、今日、禁城へ訪れた目的の人物。



「兄王様、突然どのようなご用件で………おや、そちらの方は?」


深い天鵞絨(びろうど)色の扇を手に現れる。少し髪は乱れ、身につけている衣もゆるゆるとずれている部分もあるが、紛れもなくこの煌帝国第二皇子・練紅明である。紅炎と同じく遠巻きに見たことのある姿を目の前にして璃芳は心音が大きくなるのを気付かないふりをした。


「新しいご側室の方でしょうか」
「いや、俺ではない。用があるのはお前だ」
「…私?」

扇を懐に仕舞い、隠していた口元が露わになる。痘痕のある顔は同じ兄弟でも紅明にしかないもの。だるそうな顔つきの割に紅炎の言葉には真剣に聞き入っている様子。


「紅明、お前ももう20。夜伽はそれなりにやっているそうだが、側室もろくに迎えていないな」
「ええ、私には重荷過ぎて」
「ハッ 重荷なものがあるものか。お前は何かと面倒になるから、だろうが」
「そうとも言いますね」

わかりましたか、と笑って言う紅明に、紅炎は仕方がないとため息を吐きながら苦笑をする。
側室は迎えていないのか。皇族であるなら皇子は側室を幾人か迎えているかと思ったが、この第二皇子は迎えていないらしい。噂で聞いたが第一皇子は側室を幾人か抱えてはいるが正室は未だなし。ただ皇子が欲しがっている…白の姫と呼ばれる人物がいる、ということは知っている。


「それで、いっその事正室を迎えてはどうかと思ってな」
「……誰の、ですか」
「勿論お前のだ」
「それがこの方ですか」

横目で璃芳を窺う紅明に紅炎は黙る。
視線に気がついた璃芳は紅明を向き、先程紅炎にしたように頭前に拳を作って膝を付く。勿論頭を下げることは忘れない。


「玄 璃芳と申します」
「玄…?」
「兄は李 青秀の下で武官を、父は文官を務めている。お前の軍議資料の管理などをやっているそうだ」
「ああ、道理で聞いたことのある姓だと」


名を名乗った後は紅炎が付け足すように説明をする。本来ならば言葉を交わすこともないほどに手の届かぬ存在の皇子二人と同じ部屋にいる。しかも第一、第二皇子ときたもので、これは無駄に口を開かない方が身のためであると璃芳は理解をしていた。
紅明はふむ、と口元に手を持って行き何やら考えている様子。


「お前の意見を聞きたい」
「いずれ迎える予定だとは思っていますが、まだそういった気持ではありませんね」
「だろうな」
「…それより私が何も知らずにここに来たのですから、この方も私とであることを知らないのではないですか」
「いや、これにはお前だと話した上でここに来ている」

驚いたらしい紅明は一瞬、言葉を詰まらせる。そうして璃芳を見る表情は確実に驚いていた。

「貴女は私でいいのですか」
「はい、勿論でございます」
「兄王様に言わされているのでは」
「そんな滅相もございません!私は、私の意思で今、ここにおります」




紅炎からの話をもらった後、璃芳は一晩と経たずに出した答えであった。
紅明は文官である父の、遠い上司に当たる。彼の為に働き、彼の軍議が滞りなく進むよう支えることに働きがいのある方であること、また少しの失態を犯しても大きく処分することなく優しい方であることなどを聞かされていたからでもある。
生活力はそこまでない方であると聞いているため、自分の持つ家庭力で微力ながらも支えることができないかと考えたのだ。
もともと結婚を選ぶのであれば宮仕えを選択した。侍女として宮仕えをし誰かに尽くせる…同じように第二皇子の元で仕えられるのではないか。
そんな思いを抱えながら決断をし、この禁城に身を投じる覚悟で訪れていた。


紅炎から「直れ」と言われたため大人しく従って立ち上がる。体勢を戻した璃芳をみた後、紅明に視線を移してフッと笑う。



「色恋に現(うつつ)を抜かすのを勧めているわけではないが、お前は少し女っ気をつけてもいいと俺は思う」
「それは兄王様の希望ですね」
「ああ、そうだ。だからあとは二人でなんとかしろ」

ではな、と立ち上がり、片手を挙げて紅明と璃芳の間をすり抜ける。
紅明の横を通りすぎる際、肩を軽く叩くのを忘れずに。

「は、はい…?」
「えっ…」


香の香りを残しながら立ち去った第一皇子に、紅明も璃芳も驚きを隠せない。少しの紹介をしただけで放り出された感満載である。
紅炎のいなくなった客室で、紅明と二人。合わさる視線にお互い無言のまま。このままではどうにもこうにも進まない。しかし流石に璃芳から声をかけるのは忍びなく、紅明の発言を待った。



「…とりあえず、また後日お会いできないでしょうか」

私も実際のところ混乱しているので。
再び取り出していたらしい扇で口元を隠す。少し乱れた頭…よくよく見れば癖のある…を手で掻く。
まさか相手に縁談を持ちかけられた事実を知らされていなかったとは思ってもみなかったので、璃芳自身もよくわからないことになっていた。ここは一旦、お互いのために後日持ち越しとして離れた方がよさそうだということで、紅明の案に乗る。

従者を連れて禁城を離れる璃芳。ああ、あの禁城に、足を踏み入れていたなんて末恐ろしい。
でもまた彼に会えるのだろうか。またあの禁城へと足を踏み入れるのだろうか。
期待と不安に心を押しつぶされながらも、満ちた未来に思いを馳せて帰路を進んだ。

14.01.29.
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