第二皇子とわたし | ナノ

願えばきっと





「ご無事で何よりです、紅明様」
「ええ。まあ、何度か死ぬかと思いました」


大変だったのだろう、ところどころ跳ねた髪がその疲労を物語っている。裾がほつれてることや少し汚れているのも要因の一つ。
しかし今回の迷宮攻略は紅炎や守護者だけでなく、紅炎の眷属もいた筈だが…と思いはしたものの、危険な迷宮攻略をし終えて帰ってきたのだ。ほっと一息、お互いに肩の荷が下りた部分があるのは確かだった。

汚れた手や顔を布で拭う。余程苦労をしたらしい夫は疲れた表情で汚れた上着を脱いだ。それを受け取り、直ぐに新しい上着を持てば袖を通され、肩まできちっと着させあげる。と、紅明が振り向き、何の前触れもなく璃芳の頬を撫であげる。思ってもみない行動に戸惑う璃芳。そんな甘い空気ではなかったのに、突如醸し出される空気に恥ずかしさがこみ上げ、ぎゅっと強く目を瞑る。そんな妻に微笑んだ紅明は静かに顔を寄せた。

「……何を期待したんです?」
「〜〜〜っ!」


唇に熱が重なることはなかった。来ると思っていた熱は頬にちょん、と触れ、簡単に離れていく。悪戯に微笑む紅明に顔を紅くする。
全く、なんてひとだ。絶対反応を楽しんでいる。
期待というには大きすぎるが、来ると思っていた唇への熱が頬に向いたと知り熱が顔中に広がる。更に“唇にしてほしかった”と思ってしまい、益々熱が収まらない。

未だに頬を撫で続ける紅明に反抗しようと顔を上げれば、思ったよりも近くに在る顔に制止した。その隙を狙ったように、今度は確実に唇と唇が重なる。すぐに離れた唇に、璃芳は「あ、う…」と言葉にならない声を出す。
再び重なるらしい唇に、瞳を閉じて受け止める。はむ、と挟まれた唇。啄むように押し付けられる紅明の唇は柔らかく、まるで餌を食べるように唇をあわせて。
…顔にかかる紅明の前髪がくすぐったい。そのくすぐったさに、ふふ、と笑えば熱が離れていった。


「お気に召しましたか」
「…はい」
「それはよかった」


何がお気に召しましたか、だ。こちらこそ問いたい。お気に召されましたか?と。
迷宮攻略に旅立つ前にもこうして唇を交し合ったことが今更思い出された。紅明は元から覚えていたが、璃芳はまさに今そのことを思いだし増々羞恥で熱が上昇していくようだ。
そんな反応を楽しんでいる様子の紅明に少し頬を膨らませる。先程着させた上着を前で結び、恥ずかしさに居たたまれなくなった璃芳はぐるんと反対方向を向かせた。


「っもう、紅炎様がお待ちですよ!」
「まだ大丈夫だと思います」
「お待たせするのはいけません」


迷宮攻略に行くまでは周囲が呆れるほどの仲であったのに、帰ってきて少しそっけない璃芳の態度に紅明は若干落胆をした。…のも最初だけ。旅立つ前のやりとりを思いだし、今この状況に置かれ、照れ隠しでそっけない態度になっているのだと分かったので可愛い妻を大目に見てやる。ふふ、と小さく微笑んだ紅明を璃芳は知らない。
ほらほら、と背中を押して扉へ促す。璃芳本人は気が付いていないが、今の二人はべったりとくっついており、紅明は背中で璃芳の体温をじっくりと感じていた。そっけない態度のくせに行動が大胆なのは璃芳の特性なのだろう。何となしに離れがたかったので、そのまま璃芳に押してもらう形で扉へと向かってゆく。

「すぐに戻ってきます」
「…今回の迷宮攻略の件でのお話でしょう。そう簡単には終わらないのではないですか?」


あ…と紅明は言葉がでない。忘れていたわけではないが、目先の欲が先走ってしまったらしい。目先の欲…つまり、妻と共に時間を過ごしたいという男としての欲が。迷宮攻略で過ごせなかった夫婦の時間を無意識に取り戻そうという、本心が。
そんな紅明の胸の内を察したのか、そうでないのかはわからないが璃芳は小さく口を緩める。


「庭を散歩して待っております。お呼びいただければすぐに参りますから」


私も一緒にいたいのです。数日間、共に過ごせなかった日々を取り戻したいから。
軽く握った紅明の手。その手が強く握り返され、指と指が絡み合う。

「…わかりました。ではいってまいります」
「はい、いってらっしゃいませ」


離れた指に、体温に、少しの寂しさを感じる。それでもこの寂しさは怖くない。
だって愛しい人は側に居ずとも、迷宮という見知らぬ場所ではなく、この禁城内に在るのだから。

寂しくない。怖くない。
願えばきっと、すぐ傍に。


14.03.06. 加筆修正:14.11.19.
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