第二皇子とわたし | ナノ

13





婚儀が終わり、紅明の希望により近しい身内と腹心間での宴が催された。
第二皇子ではあるものの、第一王子である紅炎が正室を迎える前に盛大な婚儀や宴も気が引けるという表向きの理由を付けた紅明。
実際のところは堅苦しいことが面倒なのと、慣れない環境にいる璃芳への負担を軽くするためのものだ。勿論、無事妻になった彼女には気付かれてはいない。何せ準備から何から、一日中緊張しているのだから。

皇帝である紅徳は既に宴の席を後にしており、現在は兄弟と眷属、腹心たちが酒を酌み交わしながら第二皇子の結婚を祝っている。
少しの合間に、すっと肩の力を抜く。緊張で固くなった全身。璃芳は随分と身体に負担がかかっていると感じながら、慣れぬ服と装飾を崩さぬように前を向いた。


「大丈夫ですか」

ふと、横から声をかけられる。横にいるのは勿論、先ほど婚儀を交わした相手である紅明である。大丈夫です、と緊張と負担を悟られぬように笑みを浮かべ、返す。無理をしているのを察知した紅明は再び労いの言葉をかけようと口を開く……が、そこから声を発することはなく。上方からの声によりかき消された。


「失礼します」


やってきたのは第三皇子でもある紅覇。婚儀前に璃芳の髪型を直した時よりも幾分楽になった格好で現れた。勿論正装はしているが。
ひらり、袖を揺らして拳を作り、頭を下げる。


「この度はご結婚おめでとうございます」

てっきり普段通りの喋り方で「明兄〜璃芳〜結婚おめでとーう」なんていうものかと思っていた部分は少なからずあった。しかし宴の席、公の場ともいうこともあるだろう。紅明の弟として、また皇子としての役割を担う姿を見た気がした。
なんて思ったが、璃芳をみてニヤリと笑った紅覇。やはり彼は彼らしい。

「本っ当にこの日を待ちわびてたんだから!」
「「待ちわびてた?」」
「僕は璃芳が明兄のお嫁さんになってくれて嬉しいよ」
「そうなの、ですか?」
「そうなの。これから明兄をよろしくね、義姉上。僕にできることならなんでも手伝うから」


最後に丁寧に頭を下げていったものの、紅明は紅覇があんなにも笑みを浮かべて璃芳と接触するとは思っても見なかった。だからこそ感じてしまった。…璃芳が自分と夫婦の契りを結ぶことを、本当に嬉しく思い、祝福してくれていると。
紅覇にとっていい影響かはわからないが、あの子が喜んでいるに越したことはない。
と、隣を見てみれば紅覇とは反対に眉を下げて両手を頬に寄せる璃芳。

「あ、義姉上と呼ばれてしまいました…」
「一応あの子の義姉になりますからね」
「なんだか申し訳ないというか、恥ずかしいというか、…恐れ多いです」

恐れ多いという彼女は未だ皇族という立場に慣れていない。少しの時間しか経っていないので当たり前だ。寧ろそこまでの順応性があったなら、逆に国を内から崩すような望みがあるのではないかと怖くなる。
だからいいのだ。これから少しずつ時を重ねながら、自分の立場を理解し、振る舞えるようになればいい。彼女をここから逃がす気はない。
まわりと協調できる彼女であれば期待に応えてくれるはずだと、信じている。




「紅明殿、璃芳殿」


項垂れる璃芳に気をとられていた紅明は、前に立つ白瑛と白龍に気がつかなかった。
礼服を身に付け先程の兄弟のように挨拶をしに来たのであろう従兄弟であり今は義兄弟の仲である白瑛と白龍。白瑛は微笑み、斜め後ろに立つ白龍は特にこれといった表情を浮かべること無く頭を下げる。

「この度はお二方のご結婚、心よりお喜び申し上げます」
「白瑛殿、白龍殿、ありがとうございます」
「えっ はく、?!」


ガタリ、椅子を引いて立ち上がった璃芳は目の前の白瑛、白龍を見つめている。見つめながら、あ、えっと小さな言葉にならないことを繰り返し、一通り焦ったあとは落ち着いた様子で口を開いた。

「私、以前から白瑛様のことをお慕いしておりました」
「お慕い…?」
「あ、あの、いえその、憧れという意味で」

かああ、と顔を赤く染めながら、璃芳は袖でその顔を隠し下を向く。そんな璃芳を目にして白瑛は、ありがとうございます、と礼を述べた。
顔の赤みを残したまま、そっと袖から顔をあげる。隣に立つ白龍と共に、璃芳は白瑛へ真っ直ぐな眼差しを向けて。


「未だ宮中に慣れておらず至らない部分があると思います。その時はどうか、遠慮無く申していただければ嬉しく思います」

拳に手を重ね、この国での礼を。しゃらん、と璃芳の装飾品である金属の重なる音が小さく響く。
頭を上げた璃芳に、白瑛は再び笑みを向けた。

「そんなに堅くならないでください。落ち着かれた頃に、是非お茶でも」
「宜しいのですか?」
「ええ、勿論です」


それから丁寧な挨拶を述べ、白瑛と白龍は二人の前を後にする。
緊張が解けないのか璃芳は口を固く結び、がっちりと肩に力を入れている。ふ、と息を吐いて全身の緊張を解く。紅炎が訪れる前もこんなことをしていたな、なんて思いながら紅明は璃芳の様子を横目で見ている。実際、彼女を見ているのは飽きない。彼女の疲労を心配しながらも、どこかでコロコロ変わっていく表情に楽しみを覚えていた。




「こっ、ここ紅明兄様、お、お義姉様っ」


先程の璃芳のように口が回らない様子で登場したのは第七皇女である紅玉。身なりよくしっかりとめかし込んだ彼女の頬は赤く染まり、本当に先程の璃芳と同じになっていた。

「紅玉」
「ほ、ほんじ、本日はっ 誠におむぐっあ、う…」

口が回らなさすぎて噛んだらしい。震えながら袖で顔を隠して痛みに耐えている。

「だ、大丈夫ですか、紅玉」
「紅玉様、あの」
「わ、わたくしのことはどうか!紅玉とお呼びください、璃芳お義姉様っ」


勢いよく顔を上げた紅玉の瞳には涙がたまっており、今にも溢れ落ちそうである。其れほどまでに痛かったのであろう。喋ったあとも口許を隠しながら震えているのを見ればわかる。余程痛かったらしい。
痛みが引かぬまま、そして瞳に涙を溜めたまま改めて祝いの言葉を述べる紅玉。ありがとうございます、と笑顔で返す璃芳は内心、先程の噛んだ口の中が心配で仕方なかったが、紅玉なりのプライドもあるだろう。ここは聞かないでおくことにした。

マニュアル通りの挨拶をし、少し焦りながらもなんとか挨拶をしきった紅玉は再びお辞儀をしてその場を去る。
大丈夫でしょうか、と小さく呟いた璃芳に紅明は大丈夫でしょう、と言葉を返す。挨拶でトチったことに落ち込みながらフラフラと歩いていることを言ったのだが、紅明は紅玉とのこれからの関係を心配しているものととったらしい。確かにそちらも心配だが。


「あの子なりに、貴女を歓迎しているのですよ」
「紅玉様はたしか…」
「ええ、日陰で幼少期を過ごしていましたから」

あまり人と関わることが得意ではないのです。
そういいながら紅玉の後ろ姿を見る。フラフラとした足取りのまま無事に自分の席へと戻れたらしい。紅明とともに璃芳も安心したように息を吐く。

「どうぞ気に掛けてやってください」
「私でよろしければ」





暫くは宴の空気に浸り、料理を口にしながら皆と同じ時間を過ごす。
酒もいい具合に回り始めた頃。


「璃芳ちゃーん」

本日主役の一人である璃芳の名を呼びながら姿を現したのは…


「こっ皇后様?!」


この国の皇后である練玉艶その人であった。
どうやら酒が回っているらしい。ほろ酔い気味の皇后はフフフフ、と微笑みながら主役二人に向かって足を進めていく。

「改めて、貴女を歓迎するわ」

璃芳の手を取り、ぎゅ、とその手を握った。二度三度と握った手を上下に動かし、笑みを向ける。まるで子供をあやすような。

「2年前のあの子が嫁いでくれるなんて、思ってもみなかったのよ」

こんなことってあるのね。そう言って璃芳を見ながら、横からの…紅明の視線に玉艷は微笑む。


「貴女が嫁いできてくれて嬉しいの。だから受け取ってね」
「受け取って…?」
「色々贈り物をしたから、是非使って。少し贈りすぎてしまったかもしれないけれど」

ふふふふ、じゃあね、と軽い足取りでその場を後にする皇后に、璃芳も紅明も、もちろん他の者達もそれぞれに呆気にとられていた。
わざわざ足を運び、一言をいうだけの為に。


「まさか皇后自らが来るなんて…」


小さく呟かれた紅明の言葉に璃芳も驚きを隠せない。最も紅明と璃芳の驚くところはまた別であるのだが。
そんな呆気にとられた空気を一掃するように、紅明と璃芳の前に進んできたのは会場でも存在感の大きい紅炎だった。



「紅明、璃芳」


我らが兄王であり、第一皇子の紅炎が立っている。
祝いの席であるためか、普段とはまた違った服を身に付けている。所謂正装だろう。きちっと着こなす様は流石皇子と言うべきか。最も、彼自身は堅苦しくて滅多には着たくないと思っていたりするのだが。

「兄王様 」
「紅炎様」
「いい、今日の主役はお前たちだ。頭を下げるな」


頭を下げるべく椅子から腰を同時に持ち上げた二人。紅炎がまったをかけると二人して腰を中に浮かせ、同じ格好で止まる。もう息がぴったりなぞどんなだ。とつっこみはせず、そのまま座っていろと言えば紅明と璃芳は二人して同じ顔をした。…驚きの表情のあと、納得できないようなそんな顔。


「吉い夫婦になれよ」


フッと口角をあげて笑ったらしい紅炎。璃芳には僅かだが表情の変化を受け取り、それだけ言って立ち去る紅炎に頭を下げた。
立ち去る際に紅明に視線を向けたことは当人同士しか知らない。恐らく「隔たりなく無事に真実を知れてよかったな」ということだろう。教えなかった張本人の癖してよくいう。
しかし彼が縁談を持ちかけねば今、二人はこうして婚儀をあげることも出来ず、他で出会う可能性すら低かった。少なからずとも紅炎には感謝をしている。璃芳のことを話さなかったことは置いておき、まずは彼女と同じようにして頭を下げた。

紅炎が去り、垂れていた頭を持ち上げる。そうして隣にいる紅明を見上げた。
この人の、妻になったのだ。

幸いなことに兄弟たちからは祝福の言葉をもらい歓迎されたらしい。そのことに璃芳はどこか胸の内に感じていた心配がなくなった様。
これから多くのことを背負い、宮中で様々なことに身を、心を打たれるだろう。躓くことがあってもいい。その時は声をかけ手を差し伸べよう。その手を握り返し、再び立ち上がって共に歩めるように。
まずは一歩、二人同じ歩幅で進んでいこう。

周りには見えぬように服で隠しながら、紅明は静かに璃芳の手を握りしめた。



まだ玉艶の正体を知らないので微塵も疑っていませんね。
婚儀すっ飛ばしました。申し訳ない!漸く夫婦!
14.04.28.
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -