第二皇子とわたし | ナノ

番外 じゃじゃ馬談義




一通りの仕事が終わり、すっかり日も暮れて空に月が昇る頃。紅明は紅炎に呼び出され、彼の執務室へと赴いていた。私的なものであるため従者は連れていない。紅炎もまた、趣味の歴史書などに目を通し、自分の時間を過ごしていたのだろう。机の端に積まれた書物がそれを物語っている。
今日は夜更かしをしないでくださいね、と少し嫌味っぽく言えば、紅炎はしぶしぶ書を閉じて紅明を見やる。


「あいつとはどうなんだ」
「璃芳殿のことですか?」
「それ以外に何があるというんだ」

あいつ、といわれて確かに従者であるわけでもなし、最近人事で替わった者も特にいない。最近の出来事の中、紅明に関わる身の回りの人物に変化があったとすれば璃芳くらいしか思い当たる節はない。
紅炎はやる気のないような目で問い、紅明の答えを待ちわびる。…決して興味がないわけではないのだが、紅炎という人物は歴史と戦、お気に入りのもの意外にはギラギラとして情熱を表に出さない。そのためにそう見えてしまうだけなのも紅明は理解したうえで答えを考えていた。

「どう、と言われても」
「随分とじゃじゃ馬らしいな」

フッと笑う紅炎に、ああ、知っているのだと、言わずとも察せられる。既に起こった厨房での出来事も、弓兵の稽古場での出来事、馬屋での出来事も耳に入っているらしい。
困った。これで咎められたらどうしようか、と紅明は一瞬考えたが、それはきっとないと結論付ける。紅炎があの璃芳の行動を良く思わなかったのなら、もっと早い時期に呼び出されて処罰やらなんやらを取り決めているはずだからだ。気に食わないと思っているのならこんな私的な時間を使って呼び出し、笑って話すことではない。
であるからして、その線は薄いな、と結論付けたうえで、「確かに元気のある方ですね」と返事をする。

「そういうタイプは好みではなかっただろう」
「テンションの高い方は確かに苦手ですが、元気とはまた訳が違います」
「ほう」
「それに、考えなしの馬鹿というわけでもないようですよ」

紅明のこういった話を聞くのはあまりないのか、紅炎は先を促す。


「ここ数日は落ち着いているようですし、最初にお会いした時のように礼儀も知っています。周りに同調するように振る舞うこともできます。何より私のここ最近の軍議での疲労を察知してくれているようでしたし。年相応に可愛らしい部分もありますが、気遣いも出来る方だと思います。身体も動かせるようですしね」


紅明が思ったよりも饒舌に璃芳について話すため、紅炎は驚いていた。珍しい。今までの中でも紅明がここまで異性に対して好意的な感想を述べることなどなかったというのに。

「お前があいつのことを此処まで話すとは思わなかった」
「…?そうですか」
「思わぬ収穫かもしれないな」

はてなを頭に浮かべる紅明。よくは分からないが、紅炎の機嫌はいいらしい、と受け取ったようだ。紅炎もまたそう受け取ってもらって良いと思っている。
理由はあるが、やはり璃芳を紅明と婚約させて良かった、と確信をした。自分の行いがいい方に向いていると分かった紅炎は内心面白く、そして嬉しく思っている。

「紅覇も璃芳に会ったらしくてな、お前にピッタリではないかと話してきたぞ」
「会ったのですか、紅覇が」
「ああ、紅覇も気になっていたらしい。お前に正妻が出来ることと、どんな奴かが」

半分は気になっていた、であるが、もう半分は紅明を心配してだということは言わないでおいた。否、紅明は気が付いている筈なので別にいってもいいのだが、再三紅覇から言われているだろうから紅炎は口にしないことにする。



「…それで、結局お前はどう思っているんだ?」


恐らく紅炎が一番聞きたいのはここなのだろう。机に肘を付き手を組んで紅明を見やる。
さて、どう答える?お前の本心はどこだ?
言葉にした問い掛けと無言の問い掛け、どちらも答えるべきものに紅明は考えを巡らせる。
年相応の行動もあるがそれ以上に礼儀正しい態度もとれ、周りを見て自身をあわせることもできる。人の行動や顔色から気遣いもでき、何より自分をよく見てくれていると、先の鳩の餌やりの時に感じた。きっとあの時も乱れていた髪を気にしていたのだと思う。言葉にはしなかったが、あの窺うような顔は恐らく。
と、彼女を考察して自分がどう思っているか改めて考えると、特にマイナスの部分はなく…行動的なところは最近落ち着いているので今は抜かしておこう…良い印象のが大きいらしい。むしろなんというか、彼女ならば自分の世話をしてもらえるのではとか、彼女になら身を任せられるというか、そんな安心感を抱いている。つまるところ、



「ぶっちゃけた話、私好みです」


というのが答えであった。紅明の答えに満足なのか、紅炎は口角を上げて笑う。

「俺もあいつはお前に適任だと思っている。気に入ったようで安心した」


そういう兄王様だって、それなりに気に入っているから私に縁談を持ち掛けたんじゃないんですか。ということは言わないでおいた。まあ気に入ってもいない者を覚えるほど人はよくないし、身内になる人間に気に入らないものをこの兄王様がいれるわけがないと理解しているからだ。言わずとも分かれ、ということらしい。
そういった部分では、紅炎も璃芳の弓術を知っていたのではないかと思い始める。そこを含め、この縁談が成り立ったのではないか、と。


「兄王様は璃芳殿が弓術を身に付けていることをご存知で?」
「ご存知でもなにも……」

呆れたように言葉を紡ぐ紅炎だったが、はっと思い出したように言葉を切らせた。続きを待つ紅明は顔を傾げる。

「………そうか、まだ核心についてはいないのか」

“核心”…「何の」話だろうか。この人は何の話をしているのか。今の今まで婚約者の話をしていたはずなのに、………まさか婚約者に何かあるとでも言い出すのだろうか。

「…どういうことです?」
「後は自分で考えろ。それと、随分前だが、探し物をしていたものは見つかったのか?」
「探し物…」


璃芳殿に会った時にしていただろう、そう言われて思い出す。確かにあのとき、彼女に何かが引っ掛かり調べものをしていた。しかし実態のわからぬ、宛先のない答えを見つけるのは無意味であると途中で保留にしたことだ。今ではその引っ掛かりは彼女の瞳の瑠璃であるとわかったが、瑠璃だけでは手がかりが無さすぎる。
しかしどうしてこのタイミングで紅炎はこの話題を出してきたのだろうか。今のこの、彼女の弓術に関しての話題で。………弓術?


「……まさか」
「婚儀の日取りは決まった。あいつにも話はいっているはず。何かあるのなら…早めに行動をすることだ」


微笑む紅炎はきっと何かを秘めている。それは最初から教える気は微塵もないらしい。
自分で掴め。
間接的に言われたそれに、紅明は紅炎の執務室から退室し、書庫へと向かう。その足取りは早く、書に向かう瞳は強く真っ直ぐだった。


じゃじゃ馬なのも今のうちだけ。
紅明も何か気が付いたようで。
14.03.20.
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