第二皇子とわたし | ナノ

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紅覇が訪れたあとも作法や振る舞い…つまるところの花嫁修業を続けていた。侍女の晶華も璃芳の姿勢に応えるよう、真剣に真っ直ぐ指導をしてくれる。
しかしそればかりでは互いに辛いことも承知しており、時折こうして一人、部屋の近くを散歩するのだ。
解放されたような気持ちで歩いていると、視界に紅いものが写り込む。
庭に足を踏み入れ近づけば紅い髪に、紫の上着を着た人物が佇んでいる。確か見たことのあるこの上着は婚約者の…紅明のものだった筈。後ろ姿も婚約者のものであるし、意を決して後ろから声をかけた。


「紅明様?」
「ああ、璃芳殿」


何時か見た、疲れた表情を浮かべる婚約者。侍女に聞いた話だが、どうやら連日軍議で昼間はなかなかお休みになれないと聞いた。
そんな彼がどうして庭にいるのか、と足元を見れば彼の周りにはクルクルと鳴く鳩が視界に入る。

「鳩…?」
「ええ、鳩の餌やりをしているんです」

手の袋から餌らしきものを撒いてやる。鳩は鳴き声を出しながら散らばった餌に食いついた。きっと軍議などの時間の合間に癒されに来ているのだろう。鳩を見つめる目は穏やかで優しい。
そんな時間に入ってきてしまい申し訳ないと思いながら、お邪魔でしょうか、と問えば紅明はそのままの顔で振り向いた。

「私的な時間ですが、これからあなたはその中に入る人ですから」


邪魔なんてことはありませんよ、と口には出さなかったが、鳩に向けるものとはまた違った穏やかな顔で微笑む紅明に、璃芳は安堵の表情を浮かべる。

紅明の隣に立ち、周りの鳩をじいっと見つめる。尾を振りながら餌へと歩いていき、小さな嘴(くちばし)で頬張っていく姿はよくよく見ればかわいいもの。一歩足を踏み出せば、一番近くにいた鳩が低く飛んで近くに逃げていく。まるで追いかけっこが始まるのでは、というように璃芳はまた足を踏み出した。
鳩に構うのが楽しい璃芳に気が付いたのか、紅明は歩き出した彼女へ声をかける。

「あなたもどうです…」

か。続くであろうその言葉は紅明の口からは紡がれず。変わりにすぐ、すみません、と謝罪の言葉が紡がれる。


「餌がなくなってしまったようです」
「いいえ。また機会があればご一緒させてください」


そんな会話を鳩も何となく察したのか、もう出される餌がないとわかると数匹が飛び立っていく。残った数匹は地面に落ちた餌の残りかすを啄んでいる。紅明は残っていた鳩に、手の内の袋から本当に最後の豆の欠片をこぼした。餌ともいえないようなそれに鳩は再び口に運んでいく。
しゃがみ込んだ紅明は当然の如く、璃芳よりも低い位置に頭がある。豆の欠片をやるためにしゃがんだ紅明の髪が少し跳ねていることに気付いた。
髪を整える暇もないのだろうか。折角の燃えるような紅い髪がボサボサであるなど勿体ない。しかし、この跳ねている髪は恐らく結っている髪から出てきたもの。これを整えるとなるともう一度結わなくてはならなくなる。手櫛でどうにかなるだろうか。そんなことを考えている内に、璃芳は自然と紅明の髪に触れていた。


「も、申し訳ありません!御髪に勝手に触るなど…」
「いえ、構いません。何かついて?」
「あ、いや…髪が跳ねていらしたので。それと乱れております」
「……少し、考え事をすると頭を掻く癖がありまして」
「ではそれで、ですね」

髪を結い直す暇などないのですか、などという事は聞けなかった。否、聞くまでもなく忙しいのだろう。
出来るのであれば私がこの場ですぐ直したい。それこそ要らぬ世話だと言われかねないために、口にはしないが。

「そろそろ戻りましょう」
「はい。…あ」

立ち上がった紅明。さらりと後ろで結われた髪が揺れる。それと共に香の香りがすると同じくして、紅明の薄紫の上着がずれ落ちていた。

「?」
「上着が…」

落ちた上着を持ってそっと掛け直す。引きずることはないものの、見た目というものは重要なのではないだろうか。と思ったからだ。

「ああ、いつものことです。というよりそういう着方と認識してくだされば」

確かに以前会ったときも右肩の上着がずれていた。思い返せば紅炎に呼び出され、対面したときもそんな着方をしていた気もする。
紅明様がいつもこうなのなら平気なのだろう。そういう着方、で通ってしまうならば。身長も決して低くはない。例え上着がずれていようとも引きずりはしないはず。感触の過程が出身であろうと、見れば分かるほどに高価な上着。引きずってしまうのは勿体ないとおもってしまうのは璃芳だからか。


「では私も同じ様な着方にしようかしら」

少しだけ、ほんの少しだけ上着を肩からずらしてみる。重さのなくなった肩が寂しい気もするが、代わりに袖への重力が増す。肘部に重なる上着に手をぶらんとさせて口元へもっていく。
周りから見たらだらしないのかもしれない。けれど紅明と近しい姿になったことに自然と笑みがこぼれる。上着が地面に付きそうだったので、ずらした上着を気持ち上にあげて正してみた。

「ふふ。お揃いです」
「…可愛いことをしますね」

え?と聞き溢してしまった言葉に、紅明は顔を背ける。しかしそれ直ぐに終わり、咳払いを一つしてこちらに向き直った。


「いえ、なんでもありません。さあ行きましょう」


差し出された手。それは先日、馬屋での出来事を思い出させた。またこの手に触れる日が来るなんて、まさかこんなにも早くだなんて。
高鳴る胸に、早くなる鼓動に、気付かれませんようにと願いながら手を重ねる。優しく包み込むように握られた手。先ほどよりもどんどんと速度を増していく鼓動をどうしたら抑えられるだろうかと考えるが、この状況にいい方法など思いつく筈もなく。

歩み始めた紅明に、置いていかれないようにと手を引かれながら踏み出す。強く、離れぬようにと握られた手を、それに応えるように握り返した。


14.03.16.
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