第二皇子とわたし | ナノ

09




厨房然り、稽古場然り、馬屋然り。どんどん規模の大きくなっていく騒ぎに璃芳は少し大人しくしようと部屋に籠もることにした。
今回ばかりは大っぴらに動きすぎたと反省した璃芳に、侍女の晶華も「漸くですか」と微笑んだ。それは決して嫌味ではなく、璃芳を包み込むような大きな心であることを理解させる。

流石に子供ではなく、もうすぐ結婚をする身であるからして落ち着きもなくてはならない。意図してはしゃいでいたわけではないけれど、こういった騒ぎにならないよう働きかけることも身につけなくては。第二皇子の正妻ともなるのだし、いくら婚約者がなるべく自由に行動できるようにと働きかけてくれたとしても、それはそれだ。自分は自分でやらなくてはならないことは他にもある。
それなりの礼儀などは分かっているつもりだが、宮中での作法は全くの素人。一般のものと同じものもあるが、皇族ならではの作法だってある。

侍女の晶華はその作法を教える役目ももっており、身の振り方や行動一つ一つを璃芳に教え、指導をしている。
今日はお茶の淹れ方だそうで、以前に花茶を淹れてもらったことを思い出す。あれを自分で出来るようになるのかと楽しみにしていた。あの時の花茶は頂いたものだと侍女の一人がいっていたが、結局誰だったかは晶華の意地悪で教えてもらえぬまま。
そんな晶華の指導を楽しみにしていたところに、扉を軽快に叩く音がした。


「どなたでしょうか」
「僕?僕は紅覇。ここ、明兄の婚約者の部屋でしょぉ?」
「こ、紅覇様!?」

って第三皇子ですよね?間違いないですよね?と侍女に確認をすれば「ええ、第三皇子に間違いありません」と応える。
どうしてここに第三皇子が来るのかは分からないが、訪問を無碍には出来ない。どう対処しようにも紅明からの指示もなく、かといって特に会ってはいけないと言われたわけでもない。一人で判断できるものでもなく、侍女へ助けを求めれば晶華も困った顔でこちらを見ていた。

「今着替えてるとかじゃないんでしょ?なら入るよー」

こちらの返事を待たぬまま、開かれた扉の先には第一皇子、第二皇子とはまた違った赤髪の少年が佇んでいた。後ろに控えているのは三人の侍女で、身体の一部に札が貼られている。「侍女もいい?」とどんどん話を進めていく皇子に押されるまま、璃芳は「ええ、どうぞ」と返事をしてしまう。
侍女を横目で伺うが、これが一番の策であると考えているのか微笑んで頷いてくれる。それにほっとし、改めて第三皇子に向かって跪く。


「はじめまして、紅覇様。この度、紅明様の婚約者となりました…」
「玄 璃芳でしょ〜?知ってる!」

腰へ手をあて、しゃがむ璃芳に合わせるようにぐっと顔を近づける紅覇。縮まる距離に反射的に顔を引いた璃芳は上目遣いで見上げる。

「ここに来てから、ちょくちょく騒ぎ起こしてるって耳に入ってるからね。どんな人が明兄のお嫁さんになるのかと思ったら全っ然大人しいじゃん」

そんな堅苦しくなくていいからさ〜頭あげて。ほら、と腕を掴まれ立たされる。
ここの皇子たちは堅くなるなとかしなくていいとか、どうして出来ないようなことを命じるのか。
されるがまま立たされた璃芳は言われて自分の足で立つ。自分より少し背の低い皇子を見下ろすのは何だか申し訳なく、ばれないように腰を落とした。

視界の端に見えた茶器に紅覇は「花嫁修行中なんだ」と口にする。
確かに花嫁修行といえばそうなのだろうが、国の第二皇子に嫁ぐとなると“花嫁修行”という言葉に括っていいのか分かりかねる。一般家庭には嫁げる技量はもっているつもりだがレベルが違った。…という話は別にして、お茶淹れの練習はまた後日ということで侍女が静かに茶器などを片している。


「お茶淹れてくれないの?」
「まだお見せできるほど身に付いておりませんので」
「ええ〜いいよ、僕気にしないしぃ」


変わりに侍女が淹れますので、といえばムスッと頬を膨らませる。
用意した椅子へ腰を下ろせば足をブラブラと揺らす姿。それは年下の男の子同然の仕草であり、紅覇が璃芳よりも年下である事実を示した。例え皇子であるとしても、紅覇が10代の少年であることに違いない仕草に璃芳は笑みを零す。
足を揺らしながら侍女がお茶を淹れている。香る匂いに息を吐いたとき、紅覇が腕を頭の後ろに当てて身体を仰け反らせた。


「紅覇様。失礼ですが、稽古などをやって来られましたか?」
「え?うん、やってきたけど」
「お相手は剣を使っていたとか」
「当たり〜!どうしてわかったの?」

まるで手品を前にしたかのように、謎解きが成功したように瞳を輝かせる。仰け反らせた身体は前屈みになり、同じく椅子に座る璃芳に、再び顔を近づける。

「服が解れています」

ひらひらと袖を揺らせば、紅覇は自身の袖を見やる。比較的楽で苦しくない服を着ている紅覇だが、揺れる服の袖は確かに刃物で切られたようになっている。「…本当だ」と呟けば紅覇の侍女が慌てて袖を確認し、「申し訳ありません!」と頭を下げる。
解れた口はそこまで大きくない。我ながらよく気が付いたなと思う。だからこそ紅覇の侍女がそこまで必死に頭を下げなくても、と思ってしまうのは璃芳だからだろう。


「私で良ければ簡単に繕いますよ」
「いいの?」
「はい。晶華様、針と糸を」

紅覇の側に寄り、上質な服を簡単に、且つばれないように繕っていく。しっかりと形にできるものではないので、はっきり言って応急処置。皇族の人間は服すら使い物にならなくなったら新しいものにするのかもしれないが、璃芳はそんなこと考えることもなく針を進めていく。

「…こんなことも出来るんだねぇ」
「おかしいでしょうか」
「んーん!」

大まかに繕い終わり、不格好ではないことを確かめたら糸を切る。紅覇の後ろで控えていた侍女に、応急処置ですのでと一言をいれて針と糸を晶華へと戻す。
繕った後を見て、見分けのつかないことに紅覇は「おー」と零した。璃芳の裁縫に満足なのか、ニコニコと笑顔を浮かべる。

「つまるところ世話焼きなんでしょ?」

そうなのでしょうか、と返事をするも、実際のところ他の人に尽くすことが苦ではない自分を知っている。だからこそ紅明に仕えることを含め、婚約者としてやってきたのであるから。


「そういう人の方が明兄には丁度いいんだ。僕すっごく安心した!」


紅覇の笑顔とその言葉に、璃芳も安心をする。どこか自分がここにいることを認められた気がして。



「明兄は大変だよ〜朝起きたら髪はボサボサだし、肌は荒れるしぃ」
「そうなのですか?」
「そうなの!軍議続いちゃうともうダメ」
「ふふ、ではしっかり整えて差し上げないといけませんね」


それに明兄はね〜、と様々なことを璃芳に教えていく紅覇。兄弟しかしらないことさえ嬉しそうに話すのだ。
璃芳は気付かないが、紅覇の侍女は気付いていた。こんなにも嬉々と兄弟の話をするなんてと。璃芳が自分に害なく、しかも兄にとっていい影響を及ぼすかもしれない人間。そんな人間を気に入らないわけがないと。身分はどうあれ、義姉ともなる彼女を気に入ったことに気がついたのだ。

そんな紅覇の侍女たちや紅覇の振る舞いに、璃芳の侍女も関係がうまくいったのだと悟る。紅炎、紅明を慕う紅覇に気に入られなかったらどうしようかと、その時のことばかり考えていたが取り越し苦労だったようだ。


「明兄の妻は役目がいっぱいだよ?」
「はい、承知いたしました」


侍女の淹れた花茶が部屋に香り、紅覇と璃芳が口にする。
この時間は、ここ数日の騒ぎを想わせないほどに穏やかだ。璃芳と紅覇、やんちゃともいい変えられる二人に、また同じような時間が訪れるだろうかと夢を見て。


紅覇ちゃんには気に入られ、認められました。口にしてはいませんが「この人なら家族になってもいいな!」と思ってます。
14.03.05.
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