第二皇子とわたし | ナノ

05




璃芳は侍女を連れて廊下を歩いていた。紅明から賜った侍女三人の内、中でも控えめな侍女はすたすたと歩みを止めない璃芳に何時ストップをかけようか迷っていた。
奥へ奥へと進む璃芳は道をまだ細かく知らない。禁城内の端の端にある部屋から余程奥へと行かないと皇族の住まう域には辿り着かないため、問題はないのだが。

当の璃芳はというとその逆方向へと進んでいる。まさか皇族たちの住まう場所へ近付くわけではなく、むしろ人に会わないような方へ散歩をしたかったためだ。室外を歩く主の活き活きとした姿に侍女も気持ちがよかったが、ついにある作業所を見つけてしまった。


「璃芳様、そろそろお部屋に戻られませんと」
「あら、あそこは何でしょう?」

侍女の言葉を華麗に流し、煙の出ている場所を見る。漂ってくる香りにぴんときた璃芳は人差し指を立てた。

「もしかして厨房?」
「そ、そんな輝かしい笑顔を向けないでくださいまし…」
「そうなのですね。では行きましょう!」
「璃芳様ぁ!」


三人の侍女の内の侍女頭が不在な為、この好奇心旺盛な主を押さえることが出来ない。段々と近づいていく厨房に侍女は泣き出しそうな声で名前を呼ぶ。

「ごめんなさい、困らせたいわけじゃないのです。少し見るだけ」

お願いします。そう手を合わせて頼む主に、侍女も断るに断れず。少しだけですよ、絶対ですよ、と念を押し、主の希望を聞き入れる。
これが凶と出るか吉と出るかはまだ誰も知らない。









――――紅明は焦ったように飛び込んできた侍女に、冷静に対応した。
作業の手を止めていてよかったと自分を褒める。飛び込んできた侍女とは先日、婚約者の為に選んだ侍女の一人であった。慌てている侍女を落ち着かせ、話を聞いて数秒制止してしまったのは仕方がないことだろう。

兎にも角にも助けを求められてしまったからには出向かなければならない。自身の従者を連れ、婚約者の侍女を連れて普段は姿を見せることもない場所……厨房へと足を運んだ。
そこで見たものは。


「この木の実は砕いて、乾燥させた果実を細かく刻んだものと一緒に…」


間違いでなければ婚約者が厨房の料理人に食材を見せながら説明をしている姿。しかも周りの使用人たちも真剣に聞いているところを見るとよい話をしているのだろうと想像できる。が、紅明の婚約者、としてはよい話ではない。服の袖を捲り、いざ何かを作り始めようとする婚約者の肩を咄嗟に掴んだ。

「璃芳殿っ!」
「っ…え、紅明様…?」
「何をしてるんです」


紅明の登場に驚いた璃芳は言葉をうまく紡げない。この状況とこの場を考えたのか、手を上下左右に振りながら「あの、その、えっと」と理由と云う名の言い訳を言おうとしているらしいのは察せられる。
紅明が姿を現したことにどう足掻いても逃れられないと諦めたのか、眉を下げて落ち着きを取り戻した。じいっと見つめる紅明。“何をしているのか”という問いかけに対し、璃芳は速度が早まる心臓を押し込めて口を開く。


「厨房に少し顔を出したところ、お茶請けの菓子でよいものはないかという話をしておりましたので…私のよく作る菓子の作り方を教えていました」

調理台の上を見れば既に出来上がったものもあり、これから同じものを、または違うものを作ろうとしていたのだろう。
器に乗っているのは砂糖に絡められた豆。まだ完全に冷めていないのか、砂糖が未だ半透明のまま豆に絡んでいる。横目で見ていた紅明はその菓子を指差し、これはあなたが?と問うた。紛れもなく自分が作ったものであり、言い当てられた璃芳は黙って頷き、肯定する。


「頂きますが良いですね?」
「は、はい、勿論です」

食べられるなどと思っても見なかった璃芳は驚くが、毒など悪いものが入っている筈もないので再び肯定の意を示す。
上着から覗く白い腕、意外にも骨ばった手が豆菓子をつまみ、口へと運ぶ。閉じられた口へ消えた豆菓子は咀嚼され、細かく砕かれて…璃芳を始め、侍女や従者は紅明の喉を通るのを見守った。どういった反応が見られるのか、それぞれに予想を立てて紅明の行動を待つばかり。


「………美味しい」
「本当ですか?!」
「ええ。華やかではないですが、味は逸品ですね。甘さも程良い」


もうひとつ、と豆に手を伸ばす紅明。その姿に張り詰めていた空気が緩くなる。気に入ってもらえたらしい豆菓子は2つ、3つと紅明の口へと運ばれていった。
璃芳も安心して息を吐いたが、本来咎められるべき場面で呑気に喜んでいる場合ではない。服を正し、手を組み、豆を口に運ぶ紅明に向かって跪いて頭を下げる。

「申し訳ありません、勝手にこのようなことを」
「別に咎めるつもりはありませんよ。…まあ、最初は怒るつもりでしたけど」

頭をあげてくださいと言われ、俯きながらも顔をあげ、上目で紅明の様子を見る。本当に咎められないのだろうかと弱気でいたが、それも杞憂に終わる。頭を掻いている彼は怒り、咎める様子はない。逆に頭を下げないでくださいというように困った顔で璃芳を見ていた。


「料理はお得意なのですか」
「え、ええ、実家では母と食事を作っていました。基本的なことはそれなりに出来ます」
「家庭的なのですね」


紅炎から多少のことは聞いていた…正しくは紅炎の眷属の部下である璃芳の兄から入手した情報を聞いたのだが。初めて会う前には事前に知らせなかったものの、その後に兄・紅炎から婚約者について少し情報を貰ったのだ。その際、紅炎が怪しく微笑んでいたことが引っかかるが、今は気にしないでおく。
子どもと遊ぶことや書を読むこと、勿論料理をすることも知っていた。思っていたよりも料理の味が好みでここまで美味しいとは思っていなかったけれど。
だからだろうか、また食べたいと思ってしまうのは。


「厨房の方々に迷惑にならないくらいならいいでしょう」
「良い、のですか…?」
「ええ。流石に頻繁に来られては困りますが」


咎められず、頻繁でなければという条件で許可を出された璃芳は外出許可を受けた時と同じように喜んだ。
禁城の一角に閉じ込められる形で住まい、なるべく最低限の行動しか許されていない。そんな婚約者に対する紅明の気遣いだろう。先日の室外出歩きの一件があったからだろうか、気晴らしになることはなるべくできるように、と。家で習慣的に行っていたことなら尚更。
大人しくしているのが一番安心なのだが、婚約者が随分と行動的であるのを知った紅明は出来る限り彼女のしたいことをさせたいと思い始めていた。


「こんなに美味しいのであれば私も食べたいですしね」


今回の件で、これはさっそく胃袋を掴まれてしまったかもしれない。…と紅明が思う筈もなく、これは従者が胸の内で密かに感じとっていた事実である。


ない頭で考えてこれが今の限界です…うう…もっとちゃんとした文を…。
14.02.20.
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