第二皇子とわたし | ナノ

番外 記憶の瞳



あの瑠璃の瞳を何処か、記憶の彼方に忘れている。

彼女の瞳を見る度に何かが私の頭を過ぎる。それが何なのか、何が過ぎっているのか自分自身にもよくわからない。ただ彼女の笑顔はどうにも初めてなような気がして心がかき乱される。会うのも初めてであろうから笑顔を見たのは彼女に服を届けたときが最初だ。
こうもかき乱されるのは気持ちのよいものではない。それでも私の中にその瑠璃の瞳は重くこびり付いている。
彼女の瞳は落ち着きのある、しかし少女の名残を残した瑠璃。私の記憶に掠めるのは射抜くように強く、真っ直ぐな瑠璃。…だと思う。
自分自身でも曖昧なこの記憶に、情報として探すことさえ出来ない。はっきりとしない情報からは、またはっきりとしない答えしか生まれない。それが間違っている答えに辿り着く可能性だって多い。軍師として兵や臣下の命を預かる身としてふわふわとした答えに辿り着くそれを許さなかった。


最初に引っかかったのは初めて会ったであろう、あの兄の紅炎に呼び出された時。何かが引っ掛かった為にとりあえずと彼女の特徴を当てて調べようとしたものの、何を捜し当てたらいいかもわからないゲームに白旗を挙げた。彼女を知るためではなく、彼女から感じる何かについて捜し当てるのはいくら何でも無謀すぎる。
そうして最終地点が分からず情報を無駄に漁っても逆に自分が混乱していくだけだと途中で気付き、気が付けば「また後日」と言って数日が過ぎていた。

兄に再度呼び出されて二度目。ああ、この瑠璃だと…彼女の瞳が引っ掛かっていたのだとその時分かる。理由は分からないが、直感だ。直接彼女に聞けばいいと考えもしたが、いきなり「私と何処かでお会いしていませんか」と何とも使い古されたマニュアルのような口説き方をしてもよいのだろうかと悩み、結局は尋ねないままという結論に至った。




「玄 璃芳…ですか」

見た限りでは礼儀正しく、容姿も悪くはない。言葉遣いも辿々しくはあったが文句はない。少女が抜けない部分もあるが、兄・紅炎から聞いた年齢を考えれば相応であろう。
位は高くないものの、父兄は共に宮中で仕えている。国に仕える誠意においては申し分ない。しかも父は自分の軍議で使う資料やその他必要な文書などを管理しているうちの一人という。更に申し分ないと自分は思う。
まだ彼女に対しては知らない部分も多いが、自分のことをよく知る兄が自分に合わなさそうな女性を勧めるとも考えなかった。中身に関して反りが合わないということにはならないだろうと心配しないでおく。何とも自主的ではないと自分でも思うが、きっと、恐らくこれでいいのだ。180度人が変わったようになるなら今後を考える必要があるが。それもないだろう、と楽観的に考える。


「さて、どうなることやら」


未だ掴めぬ不確かな瑠璃。記憶だけが頼りの瑠璃はどう足掻いても答えに辿り着けないだろう。婚約者に引っ掛かるそれは何処かで繋がりがあるのか、それとも…。

そうして考えるのを止めた。というよりも頭の隅には残しておいて、また有力な情報が掴めるまではしばしの休憩。紅明は眠さを誘う部屋の中、緩やかに風が吹く戸に足を進める。
何も波乱がなければよいが、と思いながら、遠くに聞こえる足音に耳を澄ませた。


4.5と5の間の話。
14.02.12.
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