「っけほ、……うー」
「そんなに唸るんじゃないよ」
「…トロン」


ちゃぽん、とトロンは水からタオルを出し、絞って私の額へ乗せた。ひんやりと感じるタオルの冷たさが気持ちいい。目を瞑り熱い息を出して身体から熱を逃がした。

「ごめんなさい」
「謝ることはないよ」
「でも、ごはんとか、お洗濯とか」
「熱が下がったらたーっぷりやってもらうから」
「…はい」


そう。私は熱を出してしまっている。自己管理ができていなかったのか、ただ急激に変わった生活環境が一段落して気が緩んでしまったか…お風呂上がりはすぐに髪を乾かし寝るのにも普段生活するにも服装は考えていたり温度調節もしていたから考えにくい。たぶん、ここの生活に慣れはじめて気が緩んだだけだろう。
トロンには「役に立たないならいらない」と言われると思ったがそんなこともなく、むしろこうして世話を焼いてくれている。役に立たない、いらないと言われるのが怖くて随分とビクビクしたこともある。だって私にはもう、帰る家はないから。あの街の中心部に帰れるわけがないから。

「なんとか家事はやってるよ。ご飯はまあ酷いけどね」
「…やっぱり、ごはんだけでも」
「大丈夫、食べれはしてる。なまえだってお粥食べれたでしょ?」
「はい」
「簡単なものなら作れてるから大丈夫だよ」


タオルを取り、また水に浸けて冷たくなったタオルが置かれる。そのままトロンの手が私の首筋を撫でた。ひんやりと、気持ちがいい。それほどまでに自分の体温が高いのか、それとも水に浸けていたトロンの手が冷たいのか。
今はそんなことどうでもよかった。この冷たさに目を瞑り、静かに息をして、意識を手放したい。


「ん…ぅ……」
「なーんだ、寝ちゃったの」

さら、とベッドにこぼれた髪に触れられる。そのまま上がってきた手はタオルで目隠しされた部分を撫で、頭へと続いていく。


「…おやすみ」


眠りに落ちる寸前のトロンの声は、どことなくバイロンさんのものとにていた。全く違う、声のはずなのに。首筋に触れる手でさえ子供のように小さいはずなのに、いつの日かバイロンさんの大きな手で頭を撫でられたような、そんな夢をみた気がした。






2日後、熱の下がった私はお昼前にリビングに降りていった。朝はもう少し体調を見た方がいいと、様子を見に来てくれたクリス…X兄さまに止められていたためだ。お昼前に漸くお許しが出て、久しぶりのリビングへ。扉を開けてはじめにみたのはW兄さまだった。

「あっ」

私が起きていることに吃驚したらしい彼は一言声を上げただけで固まってしまった。ただ黙って私をみつめて、私も彼をみつめて。

「あ、なまえ姉さま!」
「ごめんなさい、治りました」
「よかった、僕心配してたんです」
「ありがとう、V」

こらに歩み寄ってきたVが私に気付き、そのまま飛びついたVを受け止める。抱きついているVの可愛らしい髪をなでる。と、抱き止めた時によろけたことに気がついたのか、W兄さまがVを私からはがす。「にいさま、なにするんですかっ」とVがW兄さまに怒っているが、彼は気にしないらしい。私の目を見て、けれどすぐそらして。

「は、はやく飯!作れよ!」
「…うん!」

久しぶりの私の料理だとVがはしゃぐ。W兄さまも満更ではない様子。私もなんだかんだで嬉しいのだ。
W兄さまが私の料理をちゃんと食べてくれるようになったあの日から、彼が私の料理を密かに楽しみにしていることに気がついてしまった日から。私の料理を楽しみにしてくれている、この事実を心から嬉しく思っている。だから私はこの家で、自分のすべきことをしようと思えるのだ。

――――――――
トロンのお話だったはずなのに、Wくんが最後でしゃばってきてどっちだ。
13.09.18.


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