紅明
紅明と表記しつつ、ちょっと先取りして息子との話がメイン。
母の日ネタ。
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「はーうえ!」
よたよたとおぼつかない足取りで自分を呼ぶのは2歳手前の息子・芳明。その後ろに控えるのは自分の従者である景琳。にこにこと微笑む彼女と、何かを手に駆け寄ってくる我が子。受け止めるために屈んでやる。
と、目の前に来て止まった息子が手にしていたものを差し出してくる。
「はーうえに、あげ、ます!」
その小さな手に握られていたのは、この庭園に咲いている小さな紅色の花。肉厚の手に2本しか握れなかったのかいっぱいいっぱいな面持ちで存在している。
「まあ、ありがとう」
お礼の言葉を紡げば芳明は頬を赤く染め、頬を大いに緩ませて笑った。我が子ながら本当にかわいい。ぷにぷにのその頬を摘まんで、手のひらで感触を楽しみたい。
馬鹿だな、と思いつつも小さな紅の花を手にし、芳明の頭を撫でる。
「でも突然お花なんてどうしたの?」
「はーうえ、ありがと!」
「あ、り…がと、う?」
何故感謝の言葉を述べられるのか…いきなりのことに驚きと我が子の成長にじわっと目の奥が熱くなる。
未だ言葉が多くない芳明の説明をさせるわけにもいかず。笑う芳明の瞳を見ていればすぐ近くから従者の景琳が声をかけた。
「今日は自分の母上に、日ごろの感謝をする日だと教えたら、貴女様にお花を渡すんだと言われました」
「今日……そう、その日だったのね」
従者に言われたからかもしれないが、わが子が自分のために何かをしてくれたことが純粋にうれしい。母に感謝をする日…自分だって毎年自分の母にしてきたことだ。ここ2、3年は出来ていないけれど。
「ありがとう、芳明」
「んっ!」
景琳に連れられて満足そうに去っていく芳明。手にした2本の紅色の花。我が子からの贈り物。
この手にある幸せを噛みしめるように、そっと花弁に唇を寄せる。
「…先を越されましたね」
「! 紅明様」
嬉しさの余韻に浸っていれば後ろから声をかけられる。聞いただけでわかる声の主。
「花ですか」
「はい。…はじめて、あの子からいただきました」
こぼれる笑みが止まらない。我が子からもらった花。ああ、どうしよう。このままずっと、この花を子の姿のままで保存できたなら。それ程までに大事で、大切で、大きなもの。
これまで幾度も贈り物をしてきた紅明でさえ嫉妬するほどの喜び方。夫と子どもからでは基準が違うかもしれないが、少し妬けるのは事実だ。
複雑な思いを秘めながら、紅明は後ろ手にした花束をいつどうやって渡そうかと考えていた。
14.05.11. Happy Mother's Day