今や、日常生活の必需品と化している携帯電話。

そこには、小さな幸せが潜んでいる。



無機質な文字に、愛を込めて



指先の静電気を利用して、小さな画面がスクロールされていく。

それを隣で優雅に眺め、ソファーに座る恋人は、必死で初期設定を行っていた。

「……面倒臭そうだな」

「……。面倒……、臭いです」

克哉が、所謂スマートフォンに切り換えて、早5時間。

帰宅早々、何だかんだと弄り始めて、2時間。

「でも、もう大丈夫ですよ。電話帳の出し方とか、メールのやり方とか、分かりましたし」

ようやく克哉の手から離された携帯に、珈琲片手の自分も腰を据えて会話を望める。

「どんな風にするんだ?」

しかし、珈琲を真新しい携帯に変え、恋人に教えを乞う。

すると私の体に自分のを密着させ、克哉の指先がちょんと画面を叩く。

通話画面が反映され、また軽く指先が画面を押した。

「これをタッチしたら、電話帳が出るんです」

あいうえお順の、普通の携帯と代わり映えしない電話帳。

それが表示されたのだが、ふっとした疑問が浮かぶ。

(どうして、ここなんだ?)

電話帳は、携帯ショップに頼めば、古い携帯から新しい携帯へと、データ転送が可能だ。

けれど、何故か、あ行の欄に“御堂部長”が、掲載されていた。

「それで、メールの打ち方が、スライド式で……」

色々と考えてしまい、結局

「……携帯の癖に、面倒臭いのだな」

「ふふっ。そう言ったら、お仕舞いですよ」

この時は、微笑しながら私の頬を叩き、夕飯の支度に向かう恋人の背を見送っていた。



「と、言う訳だ。あの携帯は、壊れているのか?それとも、そう言った仕様か?」

「……。わざわざ、俺を掴まえてのノロケですか?頭が下がりますよ。……バカ過ぎて」

銀フレームの眼鏡の位置を直し、渡した書類を抱えて悪態を付く佐伯。

仕事場である執務室で、公私混同的に疑問の答えを求めれば、バカ呼ばわりされる。

「バカは余計だ。その前に、お前は分かったのか?」

「何故、あ行に、ま行に当たる御堂があるのかですよね?説明、欲しいですか?」

ニヤニヤ笑いなのは、こいつの仕様だろうが、腹立たしい事、この上ない。

けれど、背に腹は変えれず、頼もうと思うが、もしかしたら克哉の何かに引っ掛かるなら、知らない方がいいのでは?と思い至る。

有り得ない話ではないが、秘密等に。

「いや……。やはり、自分で考える」

「何だ。面白くないな」

心底残念がる佐伯は、自らの携帯を取り出し、軽く操作したのち、私の方に画面を向ける。

こいつの電話帳は、登録番号順で、一番上が恋人の名だ。

「お前こそ、ノロケか?」

「俺なりの、ヒントですよ。恋人の名を、一番にしたい……。ただ、あいつの場合は、あいうえお順なだけですが」

自分の携帯にある電話帳でも、恋人の登録番号は、佐伯と同じ真上に当たる000。

だが、表示の仕方が、あいうえお順な為、か行の所に克哉の番号がある。

「……。もしかして……」

ふむっと考察に入れば最後、ヒラヒラと書類を揺らした佐伯が、御馳走様でしたと執務室を後にした。



さて、それならば、答え合わせをしたくなるのが人間だ。

だからと言って、無闇に人様の携帯を見るのは、マナーに反する。

ならば、する事は簡単。

普通に、頼めばいい。

「携帯を見たい?いいですよ。……もしかして、孝典さんもスマートフォンに切り換えるんですか?」

期待を込めた眼差しを受けながら、考え中だと返して、ソファーに沈む。

真後ろから克哉が私の手元を覗き込み、ちらりと視線を送ってから、自分の疑問を聞かせる。

「君の電話帳で、少し気になる箇所があってな」

「気になる箇所?」

顔を横に近付け、何だろうと呟く克哉。

柔らかな髪が私の肌に当たり、後ろ手でその髪を撫でる。

そして、片手で電話帳を呼び出した瞬間、慌てた声と携帯を奪い返そうとする手が伸びてきた。

「ダ、ダメです!孝典さん!ヤダ!返して!」

「私の名が、何故、あ行にあるかを、確認してからなら返す」

ガチリと克哉の頭を抑えたのが功を奏し、難なく自分の名を親指でタッチできる。

最後の抵抗虚しく、読み上げた読み方は、あから始まっていた。

「……。……死にたい」

「……私と一緒なら、いつでもいいぞ」

ソファーの後ろで、項垂れてるだろう恋人。

その恋人が、私の名を

“あいするひと”と書いて、携帯に登録している。

すなわち、読み方を任意で変更していたのだ。

「だから……。病める時も、健やかなる時も……、私の愛する人。どうか、一緒に死なせて欲しい」

「……ズルい。そんな言い方されたら、長生きしたくなる……」

永久に、永遠に。どうか、愛させて欲しい。

「それが狙いだ、克哉。100歳位まで、長生きしろよ?」

「ふふっ。それなら孝典さんは、107歳位まで生きて下さいね。いいですか?」

「ああ、構わない。君が……、私の傍に、ずっと居るならな」

ソファーの背もたれから、恋人へと手を伸ばし

「当たり前じゃないですか」

一生涯に渡る約束を交わして、誓いの様に唇を重ねる。

ただし、漢字の変更を強要したのは、笑い話だ。


部長が機種変しました。




白夜さんのサイト『世界の最果てで見る夢』で、112000番目のキリ番を踏ませて頂きました。
という事で、私のワガママを快くお聞きくださった白夜さんが、こんなにも素敵な御克小説を書いてくださいました。
白夜さん、本当にありがとうございます!
そして遅くなりましたが、112000打突破、おめでとうございます!

携帯電話をテーマにお話をお願いすると、こんなにも甘く可愛いお話を書いてくださいました。
密かに大胆なノマに、部長もそりゃメロメロですよ!
スマホに悪戦苦闘する部長にメロメロなのは私ですが。

白夜さん、この度は素晴らしい小説を、本当にありがとうございました!
これからもどうぞ宜しくお願い致します。


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