シネマ




Roman Holiday


軽快な音を響かせて、蹄が地面を蹴る。
二頭の馬に牽かれた車は風を切り、整備された煉瓦の道を走っていた。

「あまり、キョロキョロするものじゃありませんよ」

窘める声を発しながら、切れ長の目が印象的な男は、手帳を開く。
その正面には、窓の縁に手を掛け、カーテンを邪魔そうに揺らす青年がいた。

「だって、初めて来る場所なんて、気になるだろ?」

「分からなくもないですが、あなたの目的は、観光ではないでしょう」

そうだけど、と答える声は、段々と小さくなっていき、青年はまるで叱られた子犬の様に顔を伏せる。
印象的なその青い両目が前髪に隠れると、男は溜め息を一つ吐いた。

「しっかりしてください、王子」

「・・・それ、やめて。その話し方も、いつもの松浦じゃないみたいで、嫌だし」

ふくれっ面をする青年は、目の前の男を恨めしそうに睨む。

「・・・仕方ないだろう。これが俺の仕事だ。お前に何かあれば、俺が本多にどやされる」

「それは・・・、否定できないけど・・・」

歯切れの悪い返事を返して、高貴な身分の青年は、馬車の窓の縁に肘をついた。



時を同じくして、とある小さなアパートメントの一室では、芳ばしいコーヒーの香りが満ちていた。
二階の角部屋のそこは、朝陽がよく入る。
眠気覚ましの一杯を啜り、男は新聞に目を通していた。
取り立てて目を引く記事もないと、二口目のコーヒーを喉に通した時だった。
規則的なノックが2回、入室を催促する。
その音だけで、ドアの向こうに誰が立っているのか、部屋の主にはすぐに分かった。
長年の付き合いとは恐ろしいものだと苦笑しながら、男がどうぞと返すと、すらりとした長身の男が入って来る。
ダークグレイのスプリングコートに身を包んだ男は、朝の挨拶もそこそこに部屋の主へ数枚の封筒を手渡した。
アメジストを思わせる両眼が細められ、コーヒーの入ったカップは静かにテーブルに戻される。

「・・・朝から早速仕事か?昨日やっと案件が片付いたんだ。佐伯、もう少し私を労わっても」

良いだろうという最後の言葉は、眼鏡の奥の鋭い眼光によって掻き消された。

「御堂。これを・・・」

封筒とは別に、男が差し出してきた、一枚の紙切れ。
そこには走り書きで、今日の日付と、とある番地が記されていた。

「・・・これは?」

御堂は紙に二度目の視線を落とし、相手の言葉を待った。

「隣国の第一王子と、我が国の姫君が婚姻を結ぶ事は、もちろん知っているな?」

その呼び方に、若干棘がある様に聞こえるのは気のせいだろうかと密かに考えながら、御堂は頷いた。

「明後日、来訪される予定だろう?今じゃ国中で祭典の準備だ。知らない訳がない」

馬鹿にしているのかと憤慨の意を示したが、佐伯はそんな事にはお構いなしで続ける。

「なら・・・。これは知っているか?」

ことさら勿体つけて言うのは、この男の悪い癖だ。
手に持っていた紙切れを取られながら、御堂はそんな事を考えていた。

「王子が来るのは、今日だ。あと3時間ほどで、この街に着く」

「は!?」

別に、一国の主になるべく人物がいつ訪問して来ようとも、一介の探偵業を営む身としては、全く関係の無い事ではある。
御堂が驚いたのは、その事実を目の前の男が握っているという事にあった。
人をおちょくるのが好きな性分だとは知っているが、意味のない嘘を吐く男ではない事も知っている。
この朝早くから、佐伯が冗談を言っているとは、御堂には到底思えなかったのだ。

「・・・これが、今回の案件だ」

そして、長い一日の幕が開ける。

『蒼国の第二王位継承者を極秘に警護、及び監視されたし』

「・・・引き受けるのか?」

海色の瞳が、僅かに揺れた。
その色は、不安を湛えているのか、それとも、これからの非日常を楽しもうとしているのか。
恐らく後者だろうと思いながら、御堂は口を開く。

「我が国の女王からのお達しならば、引き受けない訳にもいくまい。・・・厄介な匂いしかしないがな」

眉間に増える皺を笑いながら、佐伯がコートを翻せば、手早くネクタイを締め終え、御堂もまたコートに腕を通す。
二人分の靴音を響かせて、赤い煉瓦の街へと探偵が降り立った。




エイプリルフールのプチ企画用に書いたものでした。
イメージは『ローマの休日』。
と言うのも、テーマが「映画」ということで、メリー・ポピンズにするかで迷ったんですが、個人的に王子様が大好きなので(笑)
というより、合同で企画してくださった浦野げんじさんの表紙のラフ画に、とてつもなく悶えたのが本音です。
御堂さんが王子様とか、萌え死ぬよ!
こちらの表紙は、私とげんじさんの合作です。
孝典王子をげんじさんが、克哉氏は私が担当しました。
……ほとんど、げんじさんの素晴らしき技巧で成り立っていますが。
でも、描くのはとても楽しかったです!(*^^*)

一応、この話のオチはちゃんと考えてはいます(笑)
日の目を見る日は、来なさそうですが(苦笑)

でも克哉が王子様もアリアリで悶える!


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