A promise with you | ナノ

“パンクハザード”


帰りの深海も、それはそれは散々なものだった。

ルフィ達が魚釣りをしていたら魚が魚を喰ってまるでマトリョーシカのようになり、最終的には気絶した大きな魚のせいで“白い竜ホワイト・ストローム”に捕まってしまい、渦に巻き込まれてしまう。

だが、運良くクジラの大群にぶつかり、その後みんなで『ビンクスの酒』を歌いながら海面へと出たのだった。



「出たァ〜〜〜〜〜!!!」

「ウォオォ〜〜!! 『新世界』〜〜!!!」



クジラの鳴き声と一緒に叫ぶ一味。



「天候最悪〜〜〜!!!」

「ヨホホ!! 空は雷雨!!」

「風は強風!」

「海は大荒れ!!」

「指針的外れ!!」

「赤い海が見える!!」

「逆巻く火の海!!」

「まるで地獄の入口」

「望む所だァ〜〜!!!」



口元に笑みを浮かべる一味。だが、シアンだけは違った。眼前に広がる火の海に釘付けだ。



「(……火の海…?そんなの三つの指針の中でなかったはずだ…。ここは一体どこ…!?)」



けれどそれを口に出すことはしない。ただでさえ初めての新世界に、これ以上余計な不安をみんなに与えたくなかった。せっかく楽しそうな表情を、曇らせるわけにはいかない。

それに、



「(結局の所、なんとかなりそうって思ってるのが何よりの理由なんだけどね…)」



すっかりこの一味に染まってしまったシアンは、ナミに手渡されたカッパをすぐに着た。まさかの大雨、雷雨。とんだ運の悪さだ。

そんな中、ずぶ濡れのルフィは目の前にある火の海へと突っ込もうとしている。それを懸命に止めるのはナミだ。どうやらナミもシアンと同じく三つのどの指針も指していないことに気づいていたらしく、必死になって叫ぶ。



「だから!! よく聞いてルフィ!!! あの島・・・は3本ある指針がどれも指してないの!!
異常な『新世界』においても異常よ!!」

「何でもいいから上陸するぞ!! だって見えてんだぞ!!? もう指針なんかどうでもいい!!」

「無理よ、これ以上近づけないっ!! だって“火の海”よ!!? 意味がわからないっ!! シアン、アンタからも何か言ってよ!!」

「えぇぇ!? こうなったルフィは私の話も聞いてくれないよ!!」



とんでもない無茶振りに「無理だ」と言い張るシアン。せっかく釣ってきた深海魚も火の海のせいで丸焦げだ。しかしよくよく周りを見てみれば、すでに骨だけになってしまった魚も多く見られる。

そんな大慌てな中、船内の電伝虫が突然泣き出した。



《プォッホーホホホ〜〜プォッホー!!》



慌てて中に入ると、電伝虫は本当に文字通り大泣きしていた。ルフィは宥めるように声をかけるが、電伝虫は泣き止まない。



「バカ、そりゃ『緊急信号』だ!! 誰かが助けを求めてる!!」

「じゃ、取れば通じるのか?」

「待ってルフィ!! 『緊急信号』の信憑性は50%以下よ!海軍がよく使う“罠”の可能性も高い。出て盗聴されれば、圏内に私達がいるとバレるわ!!」

「さすがロビン、おいルフィ!ここは慎重に考えてから、」
「もしもし、おれはルフィ!! 海賊王になる男だ!!!」
「早いし喋りすぎだァ!!!」



本来ならば不安げな雰囲気が漂っていてもいいのに、ルフィはそんなもの関係なく電伝虫を取ってしまった。すぐさまウソップのツッコミが炸裂するが、それを掻き消すかのように悲鳴が響いた。



《助けてくれェ〜〜!!!》

「!」



男の声だ。しかも今、まさに助けを求めている。シアンはサンジにもらった紅茶を飲みながら、ゾロと一緒に眉根を寄せた。



《あァ…寒い…ボスですか…!!?》

「いや、ボスじゃねェぞ。そこ寒いのか!?」

《仲間達が…次々に斬られてく…!! サムライに殺される〜〜〜〜!!! ハァ…》



――サムライ

まさか、その名をここで聞くことになるとは。みんな驚きに目を丸くしたが、シアンは次の言葉に誰よりも驚いた。



「おい!! お前名前は!? そこどこだ!!?」

《誰でもいいから助けて…。ここは、

『パンクハザード』!!!




ガタン!シアンは椅子から思い切り立ち上がり、ルフィから電伝虫の受話器を奪おうと手を伸ばすが、それよりも先に何かに斬られた音と男の悲鳴によって強制的に終わってしまった。



「……!事件のにおいがするぞ!」

「「やられたっつってんだろ!!! 事件だよ!! 斬られたんだよコイツ!!!」」

「――今のも演技で…“罠”かもしれない」

「冷静ェ〜〜〜〜ェ♪ カモン!」



騒ぐ騒ぐ。ルフィの興味はどうやら完全にパンクハザードへ向いてしまったらしく、ウソップとチョッパーの怒りにも気づいていない。



「“侍”っていやあ…ブルック」

「ええ、その・・“侍”でしょう。『ワノ国』の剣士の呼び名です。『ワノ国』は余所者を受けつけない鎖国国家で……『世界政府』にも加盟していません。“侍”という剣士達が強すぎて・・・・…海軍も近寄れないのだとか」

「そんな国あんのか……!!!」



そう言えば、白ひげ海賊団に所属していたイゾウもワノ国出身だったな。シアンは未だドキドキと鳴る胸を抑えつつもぼんやりと思い出した。

男とは思えない色気を含んだイゾウは、いつだって酔っ払いの男に絡まれたシアンを助け出してくれる人だった。煙管を口にし、よく吸っていたのを今でも覚えている。



「だが、『ワノ国』じゃねェ。『パンクハザード』っつってたぞ!あの・・火の島か!?」

「相手が小電伝虫なら、念波が届くのはせいぜいあの島との距離ね…」



そこで、シアンは窓から外を眺めた。あの島が、あの火の島が『パンクハザード』?うそだ、有り得ない。



「火なんてなかったはずだ…」



2年前、ここはまだ火も氷もないただの腐った島だったはずだ。4年前のペガパンクの化学兵器の実験失敗のせいで腐ってしまったが、今ではすっかりその有害物質が失くなっていた。

そんな島が、なぜこんなに火に覆われているのか。

そこまで考えていたが、突然ルフィが「助けに行く!」と言い出したことにより思考は中断した。「やだァ〜〜!!!」と泣いて叫ぶナミ達に苦笑するも、内心は自分もルフィと同じで興味が湧いていた。



「あのパンクハザードが火に包まれた理由…電伝虫の男が『寒い』って言っていた理由も知りたいしね」



ぼそりと独り言を呟いたシアンは、そっと窓から目を離した。













「ホラ!深海魚弁当だ!!」

「うほ〜〜〜楽しみ〜〜〜!!!」



サンジお手製のお弁当を受け取ったルフィは、だらだらと涎を垂らしながら喜んだ。そんな遠足気分のルフィに着いて行く者を先ほどくじ引きで決めたのだが……、



「くじは?」

「おれ達だ」

「ウフフ、楽しみ」

「代わってくれ〜〜〜!!!」



見事くじを引き当てたゾロ、ロビン、ウソップだった。なんとも引き運の強いウソップは絶望の色を隠せずにいる。



「ルフィ、ゾロ、ロビン、ウソップ。気をつけてね」

「おォ!シアンは行かねェのか?」

「くじ当たらなかったしね」



肩を竦めたシアンは、次いで真剣な眼差しで4人を見た。



「本当に気をつけて。ここはもともと火の島なんかじゃなかったから」

「それってどういう…」



既に聞いていなかったルフィに急かされ、ゾロとロビンはシアンに詳しく聞くことも叶わず、ミニメリーへと乗り込んだ。振り返ってシアンを見たが、そこには先ほどの暗い顔はなく、ただ羨ましそうな目があった。


そうしてルフィ達を乗せたミニメリーは、ナミが出した雲の道“ミルキーロード”を伝いながら火の海を越えていった。



「あ〜〜…“ルフィのお供くじ”外れてよかった〜。暑いのダメだおれ」

「一人で行かせるわけにはいかないからね。何もないってわかったらすぐ帰って来るわよ!」

「よし!! ナミさん、シアンちゃん、今深海魚で冷た〜〜いデザート作るからね!」

「「わーい!!」」



サンジの言葉に喜んだのはフランキーとブルックだ。もちろんナミもシアンも喜んだが、先にフランキーとブルックが声を上げたのがいけなかったのか、サンジは凶悪な犯罪者のような顔つきで二人を蹴り上げたのだった。



「…何もないわけないと思うけどなぁ」



いつの間にか雨が止み、外でサンジお手製のデザートを頬張る。すると、ナミがストローを加えながらぽつりと呟いた。



「よく見るとこの島の空…おかしい。反対側はまるで極寒の空……」

「んなバカな!!」



そんなナミの言葉にケラケラと笑うフランキーだが、シアンの背筋には冷や汗が伝った。

今、自分達が見ている『パンクハザード』は“火の島”。だけど電伝虫の男は『寒い』と言った。そして自分がいる場所は『パンクハザード』とも言った。なのに目の前の『パンクハザード』には寒い要素なんて一つもない、はずだった。



「火の海……極寒の空……」



両極端のそれが、同じ島に存在する?そんなのあり得るわけがない。そもそもここは元は腐った島だったのに、どうしてこんなに天候が荒れている?



「まずいことになってるかもしれない…!!」



デザートを食べる手を止めて船の手すりに手を置いたシアン。けれどふわふわと漂ってきた“あるもの”によって、その意識も奪われてしまう。

新たなデザートを作り終えてキッチンから出てきてしまったサンジも、その“あるもの”――ガスを吸い過ぎてしまい、電伝虫で知らせようと伸ばした手をそのままに倒れてしまった。


――コー…コー…


「人間三人に人間らしき鉄人一体、ペット一匹…全員縛り上げろ」

「おう!!」



ゆらりと現れたのは、ガスマスクをつけて銃を持つ男達。全身を特殊な服で覆う男達は、船内にいた人数を確認していく。



「海賊だ…あつらえ向き…。“Mマスター”に捧げよう……。海賊が消息を絶っても…誰も騒ぎはしない」



――コー…コー…


不気味な呼吸音が、やけに大きく船内に響いた。








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