A promise with you | ナノ

別れとは冒険の始まりだ


それから話は尽きぬまま、シアンとフカボシは戻った。戻る道中も笑い合いながら話す二人の姿は、何とも仲睦まじい。



「あ、みんなー!宴終わっちゃったのー?」



フカボシとは途中で別れ、シアンは一人で一味と元へ戻る。見る限りだと宴は終わったらしく、煌びやかな装飾はなくなっていた。

しかし、そこで異様な空気が流れているのに気づく。ちらり、と目だけを動かすと、何故かボッコボコに殴られたルフィ、ゾロ、サンジが視界に入った。え、と思ったのも束の間、ガシッと後ろから肩を掴まれてシアンは大袈裟にビクついた。



「シアン…?あんた…どこ行ってたわけ……?」

「ヒィィ…!! え、えと、友達と…会ってました…」

「友達ィ!? 誰よそれ!!」

「ふ、フカボシさん……」

「フカボシって……お、王子じゃない!! シアン、あんた友達だったの!?」



ガクガクとシアンの身体を遠慮なく揺さぶるナミ。もうシアンの顔色は真っ青だ。



「おいおいナミ!シアンが死んじまうぞ!!」

「ハッ!ご、ごめんねシアン〜〜!」

「あ、あたまがふらふらする……」



何とかウソップが止めるとナミはハッとなり、身体を揺さぶる手を止めた。シアンは目をぐるぐるとさせて今にも倒れそうだ。



「で、何があったの?」

「この三馬鹿が、四皇の“ビッグ・マム”に全部渡しちゃったのよ!! わかる!? どんだけあったと思ってんのよ!!」

「びっ、ビッグ・マム!? なんで…」

「そこじゃないのよ!! 私が怒ってるのはどうして全部・・渡したのかってとこよ!!!」



その怒りのまままた殴りに行こうとしたナミを止めて、シアンは考える。まさかこんなにも早く四皇に喧嘩を売る羽目になるとは思わなかった。

流石ルフィ、と遠い目をしたところで出航の準備が出来たらしく、フランキーが呼びに来てくれた。




――サニー号のある広場には、たくさんの人々が集まっていた。その中でもひときわ存在感を放っているのはネプチューンとしらほし、そして王子達だ。



「え〜〜ん、ルフィ様達本当にもう行ってしまわれるのですか!? せっかくお友達になれましたのに…。せめてあと1日…いえ1週間、いいえ1年だけ!!」



ルフィを手のひらに乗せて大声で泣くしらほしに、ルフィは眉を吊り上げて口を開いた。



「お前は最初から最後まで泣いてんな、よわほし」

「も…申し訳ございません、泣き虫やめます。ひっく、ひっく……」

「ああ…!夢にまで見た魚人島の人魚姫が…、おれ達の出航に涙してくれる日が来ようとは…!! おれも1年くらいここに住みてェな〜〜!!!」



サンジはどうやらいつも通りに戻り、目だけでなく煙草の日までハート型になっている。

そうして一同が思い思いに話す中、シアンはフカボシと話していた。



「ありがとうございました、シアンさん」

「だから、もうお礼は言いですってば」

「まだまだ言い足りません」



笑うフカボシ。シアンもつられて笑った。

最後に、とシアンは魚人島をぐるりと見渡す。七色に輝く虹、ふわりふわりと浮かぶシャボン、淡い色に染まる珊瑚――…。



「……やっぱり、」

「?」



見終えたシアンはフカボシと目を合わせ、ニッと細めた。キラキラ輝くその笑顔は、かつて見たものと全く一緒だった。



魚人島ここは、素敵な国ですね!!」



――ああ、やはり貴女には敵わない

フカボシはじわりと目に涙を滲ませ、深々と頭を下げたのだった。












「あ、ナミ!『新世界』で使う“記録指針ログポース”もらったの?」

「あんたのお兄さん…ほんとにあんたと一緒に過ごしてきたの…?」



シクシク涙を流すナミ。どうやら、一番危険な指針をルフィに見られたらしい。そういう好奇心旺盛なところは相変わらずか、とナミを励ましながら思う。



「シアン」

「ん?なに、ゾロ」

「赤髪はどれに行ったんだ?」

「シャンクス?シャンクスは、」
「ダメだ、言うな!!」



バッと口を抑えられ、喋れなくなる。ルフィが後ろからシアンの口を塞いだらしく、その顔は少し怒ってもいるようだ。

何をそんなに怒っているんだ、と逆にこっちが怒りたくなるのを堪えながら目で「なに?」と尋ねると、ルフィは声を荒くして答えた。



「シャンクスの進路なんて関係ねェ!おれはおれの進みたいところへ行く!!」

「〜〜〜っ、だから、ゾロはただ単にシャンクスがどれに進んだのか知りたかっただけでしょ!? おバカ!」

「なにィ!? そうだったのかゾロ!!」



ルフィの矛先はゾロへ。けれどゾロはもう興味が薄れたのか、それともただルフィが面倒なのか、曖昧に返事をしながらルフィを物の見事に躱していた。


それから数分。別れの時はやってきた。



「ジンベエ!!」

「………………」



ルフィに名前を呼ばれたジンベエは、しかし何も喋らず、ただコクンと頷いた。ルフィにはそれだけでよかった。満足げにルフィも応え、声を張り上げた。



「よし、帆を張れェ〜〜!!! 出航するぞォ〜〜!!!」

「またな、『魚人島』〜〜!!!」




わああああ、とたくさんの声援に包まれながら、船は出航した。シアンも最後にジンベエと目を交わして頷き合った。そんな中、突然船が大きく揺れたかと思えば、いつの間にかしらほしが船に片手を掛けていた。



「ルフィ様、いつかまたお会い…お会いできましたなら…!!」

「おわ〜〜、よわほし!!」

「しらほしちゃ〜〜〜ん!!」



しらほしの言葉に耳を傾けるシアン。その表情はひどく柔らかい。

しらほしとは友達だ。けれど自由を許されなかったしらほしとは、こうして外でなど到底会えなかった。それを可能にしたのが――ルフィだ。

つまるところ、シアンもルフィに感謝していたのだ。どういう経緯があってしらほしを城から連れ出したのかは知らないが、それでも、しらほしが自身の母であるオトヒメの墓に連れて行ってくれたことは、シアンにとっても嬉しいことだった。



「その時は…もう泣き虫卒業しておきますから…!! …また、楽しい“お散歩”に連れ出して下さいませ……!!」

「散歩〜〜?また母ちゃんの墓に行きてェのか?」



ルフィの問いに、しらほしは頭を横に振る。次は、墓ではなく、



「……今度はもっと遠くへ…!! 本物の『森』という場所へ!」

「そうか〜〜、お前海を出た事ねェんだもんな〜〜!よし、いいぞ。今度会ったら連れてってやるよ!」

「お約束を!」

「!」



伸ばされた小指に、ルフィは迷う事なく自身の小指を巻きつけた。これぞ、ゴム人間だからこそ為せる技。



「おお、任せとけ!! 約束だ!!」



けれど、旅に仲間は付き物。ましてや絆の深い麦わらの一味には、ルフィ一人で行かせるなどとは考えられなかった。



「ルフィ、それ私達にも責任ない?」

「ルフィさん!! 約束とは死んでも・・・・守るものですよ!?」



既に死んでいるブルックから言われれば、説得力も増すというもの。

気づけば一味全員がしらほしと小指を合わせていた。



「シアン様…」

「…シャンクスにも、伝えておくね」

「っはい!!」



今度は、タイヨウの下で一緒に散歩しよう

秘められたその想いは、これからの魚人島に深く響き渡っていくことだろう――。







「は〜〜、最高だった。マーメイド天国……」

「さァみんな、気持ち切り換えてね!! 海に出たら安全な場所なんてないわよ!! また暗黒の海を通るんだから!!」



楽しかった時間は、本当に夢のようだった。シアンも座り込みながら精一杯伸びをする。すると、ルフィがぼーっと船首に立ちながら前方を眺めていることに気づき、ゾロが声をかけた。



「………。…ここ上ったらよ…、シャンクスのいる海だ!!! …会いてェなァ」



素直なルフィの言葉に、シアンはくすりと笑って悪戯な笑みをルフィに向けた。



「フーシャ村にいたときはいっつもシャンクスに反抗してたくせにィ〜〜?」

「うっせェ!それはシャンクスが船に乗せてくれなかったからだ!!」



プンスカと後ろを振り向いて怒るルフィだが、そこで目に映った仲間達に自然と頬が緩む。



「…シャンクスの船に乗ってたら、こんなイイ仲間には会えなかったけどな!!」



ストレートなルフィの言葉に、仲間達は皆照れて顔を赤くした。



「なーなー、連れてってくれよーシャンクスー!」

「あァん?ダメだダメだ!他を当たれ」

「なんでだよ!シアンは乗ってるじゃねェか!!」

「シアンはいいのー。てか乗ってないとおれが無理、死ぬ」

「シャンクスはほんとケチだな!! いいもん!だったらおれだって、シャンクスに負けねェ仲間を見つけてやるんだからな!!」




そうだ。その時からか。

ルフィに惹かれ始めたのは。
自分の船長よりも、輝いて見えたのは。



「この海底を抜けたら!! 世界最強の海だ…!!!」

「やっとだな…。全部斬ってやる」

「待ってて下さいラブーン。あと半周!!」

「いいわよ、どこへでも連れてったげる!!」

「そうさ、サニー号なら行ける!!」

「好きなだけケガしろ、みんな!!」

「食う事にはおれが困らせねェ!!」

「海の戦士も乗ってるしなァ!!!」

「フフ…」

「いろいろ教えたげるよ!何てったって新世界で過ごした年の方が多いんだから!!」



各々の想いを口にしていく。そしてやっぱり最後を締めるのは、



「行くぞ野郎共ォ〜〜〜!!! 『新世界』へ〜〜〜!!!!」

「「「ウオオオオオ〜〜〜〜!!!!」」」




ルフィのいつもの台詞に、一味全員が吠える。

その声色は、やる気に満ちていた。








back