高町に侵入して余所見をしていたルフィが顔を殴られて血を流し、それを見たエースとシアンがブチ切れて殴りかかろうとするのをサボが止めたり。
山で大量に狩ってきた肉をみんなで山分けにしたり。
雪が降る中、ルフィが橋から落ちそうになって三人で必死にルフィを助けたり。
ガープに内緒でマキノと村長が会いに来て、沢山の服を置いていってくれたり。
なんの曇りのない笑顔を浮かべたガープが、サボ、エース、ルフィと組手をして投げ飛ばしたり。その際シアンは久しぶりのガープに舞い上がり、何時ぞやと同じ様にガープの肩に乗り頭にしがみついていたのだが。
「どくりつする」とそれぞれの頭文字入りで書かれた紙をそっと小屋に置き去り、大きな木の上にツギハギだらけの展望台のようなところで毎日を過ごしたり。
そんな“幸せ”な毎日が続くと、信じていた。信じていたのに――…、
「サボを返せよ!!! ブルージャム!!!」
ルフィが高そうな衣服に身を包んだ男に見下されながら、その後ろでサボを抱えてニヤニヤとした笑みを浮かべたブルージャムに向かって叫ぶ。
けれど、ルフィに返事したのはブルージャムではなく、高町に住む男――サボの父親だ。
「「返せ」とは意味のわからない事を。サボはウチの子だ!!! 子供が生んで貰った親の言いなりになるのは当然の義務!!!よくも貴様らサボをそそのかし、家出させたな!!
ゴミクズ共め、ウチの財産を狙っているのか!?」
「何だと!!?」
最後の言葉にカチンときたエースが声を荒げるが、すぐにブルージャムの手下に殴られ、血が飛ぶ。
その血がちょうどサボの父親の顔に飛び、持っていた真っ白なハンカチで血を拭う。汚らわしい、と蔑みながら。
「やめてくれよ!! そそのかされてなんかいねェ!! 自分の意志で家を出たんだ!!!」
「お前は黙っていろ!!!」
ピシャリとサボにそう言い放ち、サボの父親は海賊に後を任せようとする。ブルージャムも疎い敬語で了承の意を伝えるが、それを聞いたサボが止めるように「わかった」と口を開く。
「何がわかったんだ、サボ」
「やめろよサボ!!!」
エースの止める声すら聞かず、サボは震える体で父親に自分の想いを伝える。
「何でも言う通りにするよ…!! 言う通りにするから!!! この三人を傷つけるのだけは…、やめてくれ!!
お願いします…。…大切な…兄弟なんだ!!!」
苦しそうに言い切ったサボは、顔を俯かせながら三人に背を向けて歩き出す。父親も満足したのか、陽気に笑っている。
「…おい…!!? 行くなよ!!!」
「振り切れ!! おれ達なら大丈夫だ!!! 一緒に自由になるんだろ!!?」
「これで終わる気か!!?」
「サボ〜〜!!!」
深く被られた帽子で隠された瞳から、涙が流れる。それでもサボは歯をくいしばり、必死に嗚咽を出すまいとする。
『や、だ!サボ!行かないで!』
その時、今まで一度も言葉を発しなかった末っ子、シアンがここで初めてサボを引き止めた。
ゆらゆらと瞳を揺らすシアンの目には涙が溜まり、それは今にも頬を濡らしそうだ。
『「必ず海に出よう」って、そう言ったのサボだよ!! っ諦めないでよ、もっと、そばにいてよぉ…!』
ぎゅっと目を瞑ったせいで、溜まっていた涙が流れた。それでもシアンは口を閉じない。
『憧れるだけじゃあ、自由は手に入らないんだよ!!』
昔、ギャバンに教えられたその言葉をサボに投げかける。瞬間、海賊に無防備な腹を蹴られ、ポーンとまるでボールのように飛んで行ったシアン。
微かに咳き込む声で生きている事は分かったが、エース達、特にルフィにとってみればそれは怒りの導火線に火を付けたも同然だった。
「お前ェ!!」
「いいから!」
ルフィの怒声を止めたのは、サボだ。サボはぎゅっと拳を握り締め、まるで何かに耐えるように声を振り絞る。
「頼む…、もう、帰るから…。三人には、手を出さないでくれ…!」
懇願するようなサボに、父親はやれやれと困った様な仕草を見せて、その頼みを受け入れた。
そうして、サボはゴミ山から高町へと連れて行かれた。エースとルフィは、ただただ悔し涙を流すことしか出来なかった。
「っ!シアン、シアン!!」
ルフィはすぐに蹴り飛ばされたシアンの存在を思い出し、傷だらけな体に鞭を打って側に駆け寄る。エースもその後ろをついていくが、何処と無く放心状態なのは気の所為ではないだろう。
「シアン!しっかりしろ!シアン!!」
『…る、ふぃ…ゴホッ!ッ、さぼ、は…』
悔しそうにきゅっと眉間に皺を寄せたルフィを見て、シアンはふにゃりと泣きそうな顔を浮かべた。
守れなかった、また守られた。
『やだ、やだぁ!サボ!サボ!!』
「シアン…!」
『ゴホッゴホッ!っく、ふ、ぅぅ…っ』
本格的に泣き始めてしまったシアンを、ルフィは強く抱きしめ、自分も泣き叫んだ。
そんな二人の泣き声を、エースは最後まで聞き続けた。
ぽろりと一雫、涙を落として。
back