10月31日。

それは、悪戯仕掛け人にとって最大のイベントがある日だった。





目覚ましも鳴らないうちからなまえはそろっと起き上がり、同室の子を起こさないように手早く準備する。ドレッサーで自分の格好を最終確認したら、きちんと杖を持った事を確かめて談話室へ降りた。


「フレッド、ジョージ!おはよ!」
「「おはようなまえ!」」


燃えるような赤毛がチャームポイントの双子は、女子寮から降りてきたなまえに同時に挨拶をする。まだ日も昇らぬ時間に集まる3人は、どう考えても不自然だった。

3人は暖炉の前で丸まった羊皮紙を広げ、一つ一つ指を差しながら丁寧に確認していく。


「この時はまだ先生達は確実に来れないから、次の場所まで行くにはここの隠し通路を使えば大丈夫だ」
「で、廊下に出た瞬間にフレッドがこれを投げつける、と」
「そうそう。俺がそれを投げた隙にジョージが例のアレを仕掛けて、」
「なまえが最後に仕上げる!」
「完璧ね!」


くすくすと笑い合う3人は、用が済んだ羊皮紙を丸めてしっかりとしまった。万が一にもこの羊皮紙を落としてしまえば、今日の計画は全て台無しだからだ。

そうこうしているうちに、徐々に人が集まりだした。もう朝食の時間だ。


「あら、なまえ?フレッドにジョージも…おはよう、3人して何をしているの?」
「ハーマイオニー、おはよう」


ふわり、と笑うなまえは先ほどまでの悪戯な表情は綺麗さっぱり消えていた。そう、なまえは双子と同じ悪戯仕掛け人だが、今年入ってきた一年生はまだそのことを知らないのだ。
隠している理由は簡単、そっちの方が面白いから、というなんとも馬鹿げた理由だ。けれど誰一人それに気づく素振りを見せないのだから、恐ろしいものだ。


「(ふふっ、やっとこの日が来た!イイコちゃんは疲れるわね、やっぱり)」


優等生を演じきっていたなまえは、その仮面を取ることが出来る今日をずっと前から心待ちにしていたのだ。
親友のアリシアやアンジェリーナは呆れた顔をして、何度もなんどもなまえの本性をバラそうとしていたが、それも今日まで。


「なまえ、そろそろ大広間に行くぞ」
「間に合わなくなっちまう」
「うん、分かった」
「今日はフレッドとジョージと朝ごはんを食べるの?」


いつもアリシア達と食べるなまえに疑問を持ったハーマイオニーは素直に尋ねる。一瞬ギクリと肩を跳ねさせたが、すぐになんでもない顔をして頷いた。


「えぇ。2人がどうしてもって言うから」


その台詞にハーマイオニーはじとりとした目で双子を見やる。しかし2人にその目は痛くも痒くも無かったらしく、大袈裟にショックを受けたフリをした。


「じゃあね、ハーマイオニー」


綺麗な微笑みは、これから悪戯をする人には到底思えない。ハーマイオニーも疑うことなく手を振った。


「相変わらずハーマイオニーは鋭い…!」
「ヒヤヒヤするぜ、まったく…」
「お、結構集まってるな」


大広間には予想以上に人が集まっていた。今回、この朝食の場で悪戯のターゲットになる人物は数人いる。
きょろきょろと辺りを見渡すと、そのターゲット全員がこの場に居ることが分かった。


「全員いるね」
「あぁ。まずはアイツからだ!」
「でもお菓子持ってたらどうしよう…?」
「バカだな、アイツは朝はお菓子を持ってないんだ。持ってたとしても昼から」
「えっ、それほんと!? …なんでそんな事知ってるの、ジョージ?」
「事前調査は完璧だ」
「さっすが!相棒!」


果てさて、これで杞憂だったお菓子問題は解決した。3人で行くと怪しまれるので、ここはなまえに先に挨拶に行かせる事にした。


「おはよう、セドリック」
「あぁ、おはようなまえ。今日は早いね」
「んふふ、当たり前でしょう?さて、トリックオアトリート!」


瞳を細めて両手を広げたなまえは、ハロウィンお決まりの台詞を口にした。いきなりのことにセドリックはぱちぱちと目を瞬かせたが、すぐに思い出して頭を掻く。


「すっかり忘れてた…。まいったな、お菓子は寮だ」
「あら?あらら?なら…」


にひひ、と悪戯な笑みを浮かべたなまえはパン!と手を叩いた。どうやらその音が合図だったようで、どこからか小さな丸い玉がセドリックに向かって投げられた。


「悪戯をしなくちゃ!」


楽しそうにそう告げたなまえは、サッと杖を取り出してその球体に向かって振り下ろした。すると玉は割れてボワン…!とセドリックは真っ白い煙に包まれる。


「え、なに!?」
「さぁーて、セドリックは“何になる”のかな?」


焦らすような言い方に、ハッフルパフ生だけでなく他寮生も興味津々で悪戯現場を見てくる。教師達は皆額を押さえて唸る始末だ。

煙が晴れてセドリックの姿が見えると、悲鳴のような歓声のような声が上がった。当の本人はビクッと驚き、周りの視線が自分の頭の上にあることに気づき、そーっとそこを触れた。

――モフッ モフッ

「………猫、耳?」
「大正解!セドリックは猫さんになっちゃいましたー!」


「ちなみに尻尾付き!」と言えば、セドリックの尻尾は勝手にペシン、と椅子を叩いた。突然の事に驚くセドリックだが、流石に3年の付き合いだ。このような悪戯には慣れたようで、


「まったく…これはちゃんと戻るんだろうね?」
「あったりまえ!明日になったら消えるよ」
「はぁ…てことは、今日一日はこのままってことかい?」
「ん!」


満面の笑みで頷いたなまえに、セドリックはもう何も言えなかった。久々に公の場で堂々と悪戯が出来たことが嬉しいんだろう。すぐにその気持ちを察したセドリックは、やがて諦めたように笑んだのだった。


「じゃあね、セドリック。とっても似合ってるよ」


最後にパチン、とウィンクをしてからなまえはグリフィンドールの席まで戻る。すると、フレッドとジョージはハリー達に絡んでいた。ハリー達はまだ近づいてくるなまえには気づいていないようで、ジョージはなまえに目だけで合図を送ると、フレッドがハロウィンのお決まりの台詞を口にした。


「さあ、ハリー、ロニー坊や、ハーマイオニー、トリックオアトリート!」


にこにこと満面の笑みを浮かべるフレッドがそう口にすると、ロンだけが「(しまった!)」と言うような表情をする。昨年は家にこの双子がいなかったため、すっかり忘れていたようだ。
当然ハリーとハーマイオニーも、ホグワーツでこんな大掛かりにハロウィンをするだなんて思ってもみなかったらしく、お菓子なんて持ち合わせていない。

そんな3人の様子に、フレッドはニヤリと笑った。


「あれー?お菓子持ってねぇの?」
「それならば仕方がない!非常に心苦しいが…」
「「悪戯決行だ!!」」


その言葉を聞いたなまえは、素早くローブのポケットから二つのボールを取り出して3人の目の前に放り投げた。それを今度はフレッドとジョージが杖を取り出して魔法をかける。すると、先ほどのセドリックのように3人は煙に包まれた。


「(んふふ、さてさて…どうなるかなぁっ!)」


やがて煙が晴れると、ハーマイオニーはリスに、ハリーとロンはぴったりと隙間なくくっ付いていた。
その光景にフレッドとジョージとなまえは大喜びで成功のハイタッチを交わした。


「イェーイ!大成功!」
「夜な夜な開発して甲斐があったな!」
「動物シリーズはディゴリーで成功済みだったけど、ひっつきボールはまだだったもんな!」


ワァワァと喜ぶ3人に、ロン達は呆然としていた。無理もない。ハーマイオニーは何故か動物に、ハリーとロンは離れられなくなったのだから。


「ハーマイオニーはリスさんだね、可愛いよ」
「かわ、っなまえ!これは一体どういう事なの!? 貴女も関わったの!?」
「んー?うん!」


未だに頭がついていかないのか、混乱しているハーマイオニー達に向かって、なまえは「ソノーラス」と拡声呪文を使い、大広間に聞こえるように声高々と口を開いた。


「ホグワーツ一年生の皆様!わたくしはグリフィンドール生のなまえ・みょうじと申します。そして、」


何もない場所に、杖でサラサラと書き綴る。光の文字がキラキラと輝いていると、書き終えたなまえがその文字をふわり、ふわりと空高く浮かばせた。


「悪戯仕掛け人の一人で御座います」


“Magical Mischief Makers”悪戯仕掛け人

そう書かれた文字は、なまえの言葉とともにパァン!と弾けて大広間に光の雨を降らせた。
そしてハリー達3人に目を向けて、


「「「悪戯完了!!」」」


お決まりの台詞を言ってのけたのだった。