赤のクランと青のクランの激突は、一度や二度ではない。その証拠に、今夜も二つのクランは互いの戦力を前に睨み合っていた。
その中にセプター4に所属しているみょうじなまえはいた。サーベルを腰に差し、宗像と淡島、伏見の後ろにいながらも、目は赤のクランに釘付けだった。正確に言えば赤のクラン全体ではない。周防の斜め後ろに立ち、ニヒルな笑みを浮かべているニット帽をかぶった男――八田美咲を見ていた。まだ八田はなまえに気づいていない。だが気づくのも時間の問題だった。


「総員、抜刀」


宗像の刺すような声が鼓膜を揺らす。なまえは秋山から順に抜刀していくのを聞きながらも八田から目を離すことはなかった。
そして日高が抜刀したのを聞き取ると、なまえも続くようにサーベルに手をかけた。――瞬間、八田の目が見開かれる。


「みょうじ、抜刀」


いつ、どんな時だって、最後に抜刀するのはなまえだった。Aから順番なはずのそれを覆す存在。だからこそ八田も気づくのが遅れたのだ。


「なまえ……?」


こんなに遠くにいても八田の声が聞こえる自分に苦笑し、やがてサーベルを眼前に構えた。


「宗像、抜刀」


綺麗な声が響く。この声に惚れてしまったのだと、どこか言い訳じみたことを考えながらなまえは高く、高く、宙を舞った。


「おい! お前なんでここにいやがる!」
「しょうがないでしょー? 室長の命令なんだから」
「今すぐ帰れ!」
「いやだ!」


戦闘が始まった瞬間、八田は自慢のスケボーに乗りながらなまえの前へと降り立つ。そして手に持っていたバットを肩にかけながら、必死になまえを説得していた。
しかしなまえは聞く耳を持たず、ついつい適当な返事をしてしまう。そんななまえをぐいっと横から抱きしめたのは、口元に笑みを浮かばせた伏見だった。


「ふっ、伏見さん!」
「お前はあっち行って、秋山の援護をして来い。こいつは俺がやる」
「おいコラ猿!! いきなり出てきて勝手なこと言ってんじゃねぇ!! テメェがどっか行きやがれ!!」
「んだよ、こんなところで彼女といちゃつくつもりかよ? ミサキィ!!」


スッと取り出した暗器を八田めがけて投げつける。八田はそれをバットで払い、グワッとスケボーで伏見に飛びかかった。


「いつまでなまえに触ってんだよ猿!!」
「嫉妬深い男は嫌われるぞ、ミサキィ!!」


激しいバトルが繰り広げられるが、忘れてもらっては困るのは未だになまえが伏見に抱えられているということ。当の本人も(さすがに彼氏(八田)の前でこれは!)と身を捩るが簡単に伏見に抑えられていた。


「伏見さん! 離してください!」
「チッ…耳元でうっせぇな…」
「そう思うんなら……ぅわッ!?」


ふわり、と体が宙に舞う。伏見が唐突になまえを離したのだ。ひゅううと下に下に落下していくなまえは、グッと体に力を入れて足に青の力を溜めた。すると軽やかに足が地上に着き、なまえはなんとか血みどろの未来を避けたのだった。


「あンの鬼畜上司め…! いつか痛い目見せてやる…!」


そんなこんなで今夜も閉幕。鎮目町には平和な夜が舞い戻ってきた。
セプター4も吠舞羅もそれぞれの領地へ帰ろうとした時、八田がなまえの体を抱き上げ、「尊さん、草薙さん、十束さん! お先失礼しやす!」と言いのけてそのままボードで走り去ってしまった。


「――やっくん」
「………」
「…やっくんってば」
「………」


ゴーッ、というスケボーが走る音が辺りに響く。なまえは八田の名前を呼ぶが、八田は一切反応せずにそのまま突っ切った。
着いた先はなまえの部屋があるマンション。ゆっくりと停車したスケボーになまえは八田の腕から降りようとしたが、八田がそれを阻止するようにぎゅっと抱く力を強めた。


「…やっくん?」


小さく、小さく名前を呼ぶ。すると、八田はなまえの肩口にそっと額を乗せた。


「…かっこワリィ……」


震える声でそう言った八田に、なまえもハテナを飛ばすしかない。一体全体、何をどう考えたらかっこ悪いのか、なまえには分からなかった。


「分かってんだよ。なまえは青服で、猿はお前の上司だって。――でも、分かってても、猿が、他の青服の奴らがなまえに触れるだけで…嫉妬で狂いそうになる…!」


初めて吐露されたそれに、なまえは軽く目を瞠った。普段八田は女相手にはとても初心で、こういう類の話をしたことなど一度もなかったのだ。


「………」
「っ、なまえ!?」


不意に、なまえは八田の頭を抱え込むように抱きしめた。いきなりのことで戸惑う八田だが、先ほどから自分を驚かせていたのは八田の方だとなまえは気にせず口を開いた。


「私には、やっくんだけだよ。青も赤も関係ない、けど……私はやっくんのその赤、好きだよ」
「…これは尊さんの赤だ。俺のじゃねぇ」
「やっくんのだよ。たとえ周防尊の赤のおかげでやっくんが赤の異能の力を操れていても、もうそれはやっくんの赤。――私の大好きな、やっくんの赤だよ」


だから安心して。なまえは今度は下から八田の顔を覗き込むようにしゃがむ。目に映った八田の表情は、真っ赤で泣きそうだった。


「私は、ずっとずっとやっくんが好きだから」


にぱっと、花のような笑顔が咲く。こんなに自分を想っていてくれている目の前の彼女が愛しくて、愛しくて。八田は恥ずかしさなんて忘れて衝動のままになまえをぎゅうっと強く掻き抱いた。
この腕の中にある温もりを、守りたい。
八田はグス、と鼻をすすって「おれも…」と、耳元に口を寄せて囁いた。


「俺も、なまえが好きだ」


なかなか言わない八田からのその言葉に、なまえは夜中ということも忘れてその場で泣きじゃくったのだった。







「あっ、榎本さん! これやっときました!」
「え、あ、ありがと…」


その日、屯所の中は異様な空気に包まれていた。
なまえの様子が可笑しいのだ。屯所ではあまり笑顔など浮かべないなまえなのに、今日はその愛らしい笑顔を惜しみなく見せつけている。


「あーっと…どうしたの?なまえ」
「道明寺さん? どうしたって…何が…」
「いや、なんか花飛んでるから…」
「……っ!」


途端にボンッ! と顔を真っ赤にさせたなまえ。これは本格的にやばいと誰もが思ったその時、小さな小さな声が目の前の女から発せられた。


「…好きな人が、『好き』って言ってくれたから…」


ぼそぼそと聞こえるか聞こえないかくらいの声量で話すなまえは、もじもじとそう言った後「じ、じゃあ、私見回り行ってきます!」と顔を赤くしたまま逃げ去った。


「……え、」
「好きって言われただけであんなのって…」
「「「(なまえかわいい……っ…)」」」


その日、顔を赤くしながら悶絶しているセプター4がいたとかいないとか。
そんなことを知らないなまえは、今日も秩序を胸に走り回る。

――胸の奥底に“赤”を灯して。