鎮目町に店を構える、バー“HOMRA”。
今日も店内は明るい声に包まれていた。



「十束さん! これってどこから撮ったんスか!?」
「お、八田は目の付け所がいいねぇ。これは鎮目町からちょっと離れたところにある――」


十束が撮った写真をクランズマンのみんなで見ながら、一つ一つ説明する十束。八田なんかはいちいち大袈裟なくらい反応するもんだから、十束もいい気なって口がよく動く。
周防はカウンターに座りながら煙草を吸い、ぼーっとそのやり取りを眺める。猿比古は出入り口に一番近いソファーで寛いでいた。


「ん、アンナ。お待ちどーさん」
「ありがと、イズモ」


カウンターテーブルに置かれたオレンジジュースを受け取り、アンナは渇いた喉を潤そうとストローに口付ける。その様子を暫しの間見つめ、草薙はふと扉へと目を移した。


「遅いな……」


ぼそりと呟いた言葉は誰にも聞こえていない。そう思っていたのに、それは律儀に十束に拾われていた。


「もー、草薙さんもなまえさんの事になると過保護なんだから。確かにいつもよりちょっと遅いと思うけど…」
「ちょお俺、探してくるわ。ここ頼んだで、十束、尊」
「俺も行きましょうか!」
「八田ちゃんはここおって。ほら、伏見が退屈そうやで」


カウンターから出てきて扉へと向かう草薙。八田達からの誘いを断って扉へと手を掛けた瞬間、ガチャリと扉がひとりでに開いた。勿論開けたのは草薙ではない。


「……あ、」
「あれ、出雲くん。どこかお出かけ?」
「…はぁぁぁ……」
「な、なに!? 人の顔見てため息吐くのやめてよ!」


扉の外にいたのは、今正に探しに行こうとしていた自分の嫁、なまえ。大きな袋を手に持ったなまえは、突然ため息を吐きながらしゃがみこんだ草薙に軽く怒るが、草薙は安堵でいっぱいだった。


「何でこんな帰ってくんの遅かってん…」
「ん? あ、卵の特売してたから並んでたの。アンナちゃんこの前オムライス食べたいって言ってたから」
「あぁ、覚えとったん?」
「うん。あとは頼まれて来たものは全部買ってきたよー」


自然な流れで買い物袋を持った草薙に続いて中に入るなまえ。しかし、出入り口に近いソファーに座っていた伏見に気づき、慌てて袋の中からカップアイスを取り出した。


「はい、伏見くん」
「…? 何すか、これ」
「こないだ八田くんに取られてたでしょ? 買ってきたから食べてね」


常温に晒されていたせいで、カップアイスは汗をかいていた。ポタポタと落ちる滴を指先で拭い、伏見は大人しくアイスを食べ始めた。


「はい、千歳くんたちも食べてね」
「うわ! あざす!」


一番近くにいた千歳にアイスの入った袋を手渡すと、嬉しそうに受け取った千歳はさっそくアイス選びに勤しむ。
一つ一つ冷蔵庫に直していくと、なまえはあるお菓子を周防へと渡した。


「…なんだ、これ」
「ココアシガレット。最近尊くん、タバコの吸う量多いんだもん。身体壊しちゃうよ〜」


「はい、出雲くんも」と草薙にも渡すなまえ。「何で俺もやねん…」と周防を睨みながらココアシガレットを受け取った草薙は、口に咥えていたタバコを灰皿に押し付け、早速ココアシガレットをぽりぽりと食べ始めた。


「なまえさん! 何で俺も連れてってくれなかったんすか! 荷物持ちくらいするのに…」
「いつもおつかいして貰ってるからねぇ、八田くんもたまにはお休みしていいんだよ」


ふふ、と柔らかく笑うなまえに、八田は顔を赤くしながらお礼を言った。


「えー、ねぇなまえさん!」
「なあに? 多々良くん」
「俺にもココアシガレットないの?」
「多々良くんはタバコ吸ってないでしょ。あ、チョコビなら買ってきたよ」
「食べる〜!」


貰ったチョコビを早速開けて嬉しそうに頬張る十束は、一粒つまんでなまえの口元へ。きょとんとするなまえに、十束はヘラヘラと笑って「あーん、」と言った。


「なまえさんにもおすそわけ」
「ふふ、ありがとう。でも私は出雲くんから貰うから」


ポキリ、とココアシガレットを口で折ったなまえに、十束はやれやれとつまんでいたチョコビを口に放り投げた。


「相変わらずラブラブだねぇ、羨ましい。ね、キング」
「あ?」
「尊くんも彼女作ったらー? せっかくかっこいいのにもったいない」
「…るせぇ」
「か、彼女!? そんな、尊さんに、」
「八田さん、顔真っ赤ですぜ」
「うっせェ鎌本ォ!」


毎日見るやり取りに、なまえは目を細めた。最初は四人だった。自分と、周防と、草薙と、十束。それが今やこんなに人が増えて、まるで一つの家族のようになった“吠舞羅”。


「多々良くん」
「ん? なーに?」
「歌、うたってよ。聴きたいなぁ」
「しょーがないなあ。なまえさんの頼みなら断れないね」


ふふん、と得意げに胸を張った十束は立てかけていたギターを手に取り、ゆっくりと音を奏でてゆく。やがて柔らかな十束の歌声がバーに響き、柔らかな空気に包まれる。
周防もグラスを傾けながら、弾き語りをする十束に集まる八田達を眺める。その眉間には珍しく皺が無かった。


「……写真、増えたね」
「せやなぁ、十束がアホほど撮るからな。場所もなくなってきたし…」
「あ、あの尊くんちょっと笑ってる。レアショットだね」
「レアどころちゃうやろ、プレミアもんやで」
「あのアンナちゃんかわいい…今度また一緒にお出かけしちゃお」
「…ほどほどにしたれよ…」


十束の歌声をBGMに、ボードに貼られている写真を眺める草薙夫婦。愛しげに細められた眼差しは、いつまでもいつまでも写真に向けられていた。