音駒高校からのお誘いで、梟谷グループの合宿に参加することになった烏野高校。
日向と影山のコンビに意見の食い違いがあったせいでなんだかギクシャクとした雰囲気が漂う。しかし、烏野バレー部マネージャーでもあり、月島の彼女でもあるなまえはそんなギクシャクとした雰囲気なぞ知らぬ存ぜぬ。持ち前のマイペースさを発揮して部活を乗り切り、二週間の時間を経て再び長期合宿が行われようとしていた。


「ひーとっかちゃん!」
「わ! なまえちゃん! ごごごごめん! 私ぼーっとしてて…」
「いいようそんなの。それより、スコアお願いね」
「あ、うん! 了解っス!」
「んじゃ、私ドリンクとかの用意してくるー」


谷地に手を振ったなまえは車に積んでおいたクーラーボックスを取りに行く。ジメジメとした暑さから吹き出る汗を拭いながらクーラーボックスを体育館の中へと運び、ドリンクを作ってゆく。その後またボトルをクーラーボックスの中にしまうと、ちょうど月島の手が木兎のアタックに弾かれた所を見た。


「あ、痛そう……」


密かに顔を歪めたなまえはアイスノンの準備に取り掛かる。そんな雑務をこなしているとピピーッ! と試合の終わりを告げる笛の音が響いた。結果は25対12で梟谷の勝ち。烏野にはペナルティが待ち受けていた。


「今回のペナルティはキツそうだねぇ」
「裏山の坂道をダッシュだっけ?」
「日向とかは体力有り余ってそうだけどね」
「ふふ、清子さんもそう思います?」


ペナルティから帰ってきた選手達にドリンクを渡す。谷地は山口に渡した後月島にも渡そうとする。


「あ、はい。月島くん」
「ドーモ」


ダルそうに受け取った月島に谷地は違和感を感じる。これだけ一生懸命な人達がいると、どうしても月島のような“何となく部活をしている人”というのは目立ってしまう。


「……なまえちゃん」
「んー? あれ、仁花ちゃんどした?」
「月島くんの事なんだけど…」
「蛍くん?」
「なんか…その、上手く言えないんだけど…」


あの、その、と挙動不審になる谷地に、なまえは笑って頭を撫でた。


「だーいじょうぶ。蛍くんの事なら心配いらないよ」


にこっと笑うなまえに、谷地は「うん!」と大きく頷いた。なまえの言葉は抽象的で何の根拠もないけれど、何故かなまえが言うなら、と絶対的な安心感を覚える。
それから烏野は見事全敗。数え切れない程ペナルティをこなしたのであった。


「あ、ツッキー!」


練習が終わり、自主練に励む選手達。なまえは谷地と共にビブスやタオルなどの片付けに勤しんでいたが、山口の月島を呼ぶ声が聞こえ、ふと意識をそちらへ向ける。


「今からサーブやるんだけど、ツッキーは、」
「僕は風呂入って寝るから」
「そ…そっか…あの、」
「何?」
「…ツッキーは何か…自主練とかしないのかなと思って…」


頬を掻きながら月島に尋ねれば、月島は山口を見ずに淡々と答えた。


「練習なんて嫌って程やってるじゃん。ガムシャラにやればいいってモンじゃないでしょ」
「そ、そうだね…。…そう…なんだけどさ…」


そこまで言われればもう何も言えず、山口は少し顔を俯けた。月島はそんな山口を気にせずに靴を持って体育館から出て行ってしまった。
そんな一部始終を見ていたなまえは、山口に何を言うでもなく先に行ってしまった谷地を追いかけようと再び歩き出した。


「んー……」


何か考えるような素振りを見せながら。







合宿二日目。
昨晩、マネージャー陣と騒いでいたなまえは寝不足に襲われながらも準備を進める。


「ふぁぁ…あ、蛍くん。おはよー」
「なまえ…おはよう」
「眠いねぇ。今日も一日頑張ろうねー」


ぽん、と月島の背中を軽く叩くと、月島はほんの少しの動揺を見せた。小さな小さな動揺。きっと他の人なら見逃していたかもしれないそれを、なまえはきっちりと拾い上げた。


「蛍くん?」
「…僕……」


何を言えばいいのか分からない。
そんな迷子の子どもみたいな表情でなまえを見下ろす月島に、なまえはニンマリと目を細めた。


「深呼吸しましょう」
「………、」
「蛍くんはね、とーってもかっこよくて、私の自慢です」
「…何それ……」
「たとえ蛍くんが、自分で『かっこ悪い』って思ってるところがあったとしても、私にとっては『全部かっこよく』なるのです」


固く握り締められた月島の手をすくい上げ、にぎにぎと解す。まるで凝り固まった月島の心を解かすように。


「だーいじょうぶ。そんなに悩まなくても、なんとかなるから!」
「…なんとかなるって、その根拠は?」
「私が今までなんとかなってきたから、だいじょーぶ!」
「ふはっ、能天気…」


馬鹿みたいな会話。だけど、月島はずっとずっと聞きたかったのだ。なまえの『だいじょうぶ』を。何故かこれを聞けば、自然と『大丈夫』なように思えるから。


「なんとかならなかったら?」
「私がなんとかする」
「なまえに? 無理デショ」
「ふふふ〜、それができちゃうんだなあ」
「…期待しないで待っとくネ」
「あ、ひどい」


漸く通常運転に戻ってきた月島に、なまえはほっと一息ついた。――きっと、蛍くんはこの合宿で変わる。そんな予兆めいた事を思いながら朝ご飯の支度をしに月島に別れを告げた。

――何度目かのペナルティが終わり、やっと休憩が入った。森然高校の父兄の方からスイカの差し入れを頂き、みんなペロリと平らげていく。そんな中、月島だけは一切れ食べただけでもうどこかへ行ってしまった。


「………、」


そんな月島の後ろ姿を見送ると、突然音駒の主将――黒尾が烏野メンバーに向かって謝ってきた。


「…昨日、お宅のメガネ君の機嫌損ねちゃったかもしんない」
「え??」


なかなかに聞き捨てならない話に、なまえもスイカを食べながら一緒になって聞くことに。
どうやら『そのままだと日向に負けちゃうよ』と、挑発に日向を出したらしい。


「あっ、ソレ関係あるかわかんないスけど、うちの姉ちゃんが…」


田中が思い出したように口にした内容は、澤村達にとって衝撃の事実だった。


「えっ、…小さな巨人と同じチームに、月島の兄貴が!?」
「………」


結局なまえは何も言わず、スイカのゴミを片付けて練習に戻った。
変わり始めている。そんな空気を感じながら、なまえはそっと月島へと目を向けたのだった。