「一般校の見学?」


ぱちぱちと目を瞬かせたのはプリンシパルの一人、みょうじなまえ。彼女のアリスは植物操作。あらゆる植物を操ることが出来るのだ。


「そう。アリス学園で育ってきた僕達はあまりにも世間を知らないからね、一般の高校に見学しに行くことになったんだ」
「へぇ…。それって誰が行くの?」
「プリンシパルの僕達が行くんだよ。あんまり人数が多いと相手方にも迷惑だからね」


櫻野はにこりと笑う。この場に集まっているプリンシパルは、櫻野、今井昴、静音、殿内、棗、なまえの6人だ。棗は面倒臭そうにクッと眉を顰め、息を吐く。


「めんどくせぇ……」
「棗ー?行かないなんて言わないよね?」
「……チッ…」


にこにこと笑いながらも拒否権なんて与えないなまえに、棗は舌打ちをしながらもそれ以上何も言わなかった。
そんな二人を見ながら、殿内はそわそわと目を泳がせながら何かを決意したかのように拳をぎゅっと握りしめた。







晴れ晴れとした青空の下、みんなは学園の正門に集まった。引率の先生は鳴海らしく、眩い金髪をこれでもかというほど輝かせていた。


「鳴海先生が引率かぁー」
「僕じゃご不満かな?」
「どっちかと言えば岬ちゃんのが良かった。だって鳴海先生だとなんかしたらすぐにフェロモンの餌食だもん…」


植物を操るなまえにとって、岬のアリスとはとても相性が良い。そのため事あるごとに温室へ足を運んでいるのだ。しかし鳴海とはあまり接点がなく、あるとすれば授業か、何かをやらかした時のお説教として関わる程度だ。


「ふふふー、ならあんまり悪戯しちゃダメだよー?…ところで、殿内くんはまだかな」
「…あれ、ほんとだ。昴、殿は?」
「僕が知っていると思うか?」
「思わなーい!ったく…あいつ忘れてんじゃないの?」
「なまえ、口が悪いわよ。それから…殿内なら来ないんじゃないかしら」


静音は眼鏡をクイっと直し、溜め息を吐いた。どうやら殿内が女性と一緒に歩いているところを見たらしい。


「……殿内にも困ったものだな」


櫻野は諦めた声色で呟くと、鳴海に「行きましょう」と促した。鳴海もそれに頷き、みんなを車に乗せて自身は運転席へ。助手席には昴が乗っていた。


「棗、楽しみだねぇ」
「別に」
「もう、もうちょっと話にノッてきてよ。私初めてなんだよ?学園の外に出るの」


窓の外を眺めるその瞳はキラキラとしていて、まるで小さな子どものようだ。しかし、なまえは3歳の頃にアリス学園に来て以来、一度も学園の外に出たことがなかったのだ。会いたいと思う家族もいないため、あまり外に感心を持たなかったのだが、やはりもう高校生。興味は人一倍あった。


「あ、見てー!人がいっぱいいる!」
「当たり前だろ」
「冷たいなあ…。ねぇ秀一、あれなに?」
「ん?あれは…ファストフード店だね。手軽に食べられる飲食店だよ」
「へぇ……すごい…」


窓におでこをぺたりと付け、目に入るお店に感動を表す。そんななまえに櫻野はくすりと笑った。
そうして車を走らせて小一時間。ある高校の前で車は止まった。


「はーいみんな着いたよ」
「鳴海先生ありがとー」
「はいはい。ほら降りて降りて」


鳴海に促され、車から降りる。目の前に立ちそびえる学校は、自分たちの学校とは似ても似つかなかった。


「ここが…普通の高校…」
「青道高校。この学校は野球部が有名みたいだ」
「野球…あ、知ってる。高校野球ってやつでしょう?」


おしゃべりはここまで。鳴海の引率の元、一行は制服を正して青道高校へ踏み入れた(棗はなかなか制服を正さなかったため、なまえが無理やり正した)。


「今日はお昼までみたいだね」
「どうしてお昼まで?」
「僕達の為だよ。午後からは野球部の練習風景を見せてくれるみたいだ」


ふうん、となまえは相槌を打ちながら廊下から教室の中を見つめる。あまりにもきょろきょろしているなまえに、棗は見兼ねてグイッとその手を引っ張った。


「わ、棗?」
「ぶつかるぞ、バカ」
「…バカは余計ですー」


今にも昴の背中にぶつかりそうだった事に気付き、なまえは顔を赤くしながらも手はそのままに棗の発言に一言ツッコんだ。


「あ、チャイムが鳴った」


あれから幾つかの教室で授業風景を眺めて時間を過ごした。クラスはいきなりの美形集団にびっくりしていて、授業そっちのけでチラチラと眺めては顔を赤くしていたのだが、本人達は知らぬ顔。特に興味を示さずに授業内容を聞き入っていた。

棗はやっと鳴ったチャイムに閉じていた目を開けて、くああ、と欠伸を一つ。普段は授業なんてサボってばかりの棗にとって、これ以上ないくらいの退屈な時間だったらしい。


「ここの範囲は私達終わってるわね」
「あぁ、一週間前くらいにやったな」
「鳴海せんせ、お昼はどうするんですか?」


静音と昴の会話を他所に、なまえはお腹に手を当てながら尋ねた。


「ふっふっふ〜、じゃじゃーん!」


取り出したのは大きな重箱。どうやら学園から持ってきていたようだ。その重箱を見た瞬間、なまえは目を輝かせながら手を上げて喜んだ。


「ぃやった!静音知ってた!?」
「ふふ、みんな知ってるわよ」
「え……?」
「なまえ、昨日すぐに部屋から出て行ったでしょ?その後に言っていたのよ」
「……うそだ」


よっぽとショッキングだったなまえは、頼みの綱とでも言いたげに棗に聞いた。


「棗は!知ってた!?」
「…知ってた」
「………」


チーン、と項垂れるなまえ。しかしもうどうでもいいのか、「どこで食べるの!」とワクワクした表情で秀一に詰め寄った。


「屋上に行こうかなって。屋上には野球部の人達がいるらしくてね、午後からは野球部を見に行くからちょうど挨拶も出来るしね」
「ほうほう。屋上!私屋上って初めて!」
「つかここにいる奴ら全員初めてだろ」
「棗は一言多いの!」
「ところで日向、その手をそろそろ離せ」
「……嫌」
「……離せ」
「何ー?昴も繋ぎたいの?」


ニマニマと笑いながらなまえは昴の手を強引に繋いだ。これでお揃い!と言いながらなまえは鳴海の背中を追いかける。昴の顔が赤くなっていた事なんて気付かずに。


「じゃあ、開けるよ」
「お願いします」


ガチャリ、とドアの開く音が聞こえた。なまえはワクワクと逸る気持ちを抑えながら、屋上に足を一歩踏み入れた。
サァァ…と吹き抜ける風、晴天の青空。そんな自然を一気に感じて、なまえはほう、と息を吐いた。


「なまえ、そろそろ戻っておいで」
「!…ご、ごめん、秀一」
「いいよ。植物を操るなまえにとって、ここはよっぽど気持ちいいんだね」
「うん……最高だよ」


なまえのうっとりした表情に、櫻野は思わず口元を手で押さえた。今、確実に顔が赤いと自分でも分かったのだ。

――そうして、既に集まっていた野球部のメンバーと合流した一行は、まずは自己紹介をすることに。


「あれ、野球部ってこれだけなの?もっと多いイメージがあったけど……」
「この場に集まったのはレギュラー陣だけです」
「あ、そうなんですか!」
「はい。俺は野球部の主将を務めている3年の結城哲、どうぞよろしくお願いします」
「3年生なら敬語はいらないですよ?私達と同い年…ですよね?」


そこまでの自信はないのか、隣にいた櫻野と目を合わせると、櫻野は綺麗な微笑みを携えながら頷いた。


「初めまして。僕は高等部3年の櫻野秀一。よろしくね」
「同じく3年、今井昴だ。よろしく」
「同じく3年生のみょうじなまえです、よろしくお願いします!」
「同じく3年の山之内静音よ、よろしくね」


3年生の放つ輝きに、沢村は目を腕で覆って騒がしくしながらも耐えていた。そんな沢村を降谷はただ見つめながらもぐもぐとお弁当を食べている。

その後も順調に自己紹介は進んでいき、沢村の番になった。


「俺は1年の沢村栄純と申しやす!! よろしくお願いしやす!!」
「(うるさ…)1年降谷暁。よろしくお願いします…」
「同じく1年の小湊春市です。よろしくお願いします」


沢村のあまりのうるささに棗は顔を顰めたが、なまえに無言で叩かれたため溜め息を吐きながらも口を開いた。


「初等部B組、日向棗」
「しょ、初等部ぅ!? なんで小学生がここに!?」
「沢村、お前ちょっと黙っとけよ!」
「な、何するんすかモッチ先輩!俺はただ純粋な質問を〜!」


倉持にプロレス技をかけられる沢村。野球部は「またか」というような目で見守っていたが、なかなか終わらないそのやり取りについに棗がキレた。


「テメェら……」


今にも火をつけそうな棗の雰囲気に、なまえが咄嗟にアリスを使った。
手のひらから伸びた蔦が棗を拘束する。ギチギチという音が微かに聞こえるが、それほど強く締め付けてはいない。


「なーつーめー?大人しく座っとこうね?」


でないと、鳴海先生のフェロモン浴びせられちゃうよ

最後の言葉だけはコソッと言うと、棗は赤い瞳を閉じて舌打ちをしたが、苛立ちは治ったのだろう、肩の力を抜いて座り直した。そんな棗にホッと安心したなまえはアリスを解いた。


「い、今のは……」
「あ、」


そこでやっと気づく、野球部の人達の目。なまえはやってしまった、とでも言いたげに声を漏らした。