黒の教団、本部。ここには世界中で起きた様々な怪奇事件やトラブルなどが情報として集まる。
その怪奇事件やトラブルの原因は、ひとえに“AKUMA”と呼ばれるもの。アクマは人間に紛れ、人間を殺し、レベルアップしていく。そんなアクマと戦う“エクソシスト”が教団には集っていた。


「あ、なまえ」
「リーバーさん」
「今すぐ室長室に来てくれるか?」
「はい」


沢山の書類を持ったリーバーの後を着いて行く。少し持とうかと声を掛けたが、これは俺の仕事だからとやんわりと断られた。
数分もしない内に着くと、そこには既に他のエクソシストが集まっていた。


「な、コムイ! まさか残りの一人って、」
「みょうじさんだよ」
「なんでさ!」
「文句は聞かない」


ラビの言葉をぴしゃりと遮ったコムイは、集まったエクソシスト達を見て改めて任務内容を言い出した。


「内容はそこに書いてある書類通り。まだアクマのレベルがどれくらいなのかは分かっていないし、大量発生しているらしい。レベル4の可能性もある、そこで今回はみんなで行ってきてほしいんだ」


まだ記憶に新しいレベル4を思い出し、アレン達は顔を歪ませる。それはなまえも同じだった。ギリ、と拳を強く握り、書類に書かれてある任務内容をこれでもかと言うほど読み込む。


「数はザッと数えただけでも50は超えてる。それほど大量のアクマがいるとなれば、イノセンスの存在も有り得るからね。そこは肝に銘じておいてほしい」
「要はアクマをぶっ壊して、あるかもわからないイノセンスを回収してこいって事だろう」
「…言い方は悪いけど、そうなるね」
「ハッ、ならさっさと行くぞ。いつまでもこんな所でグタグタしてられねぇ」


神田が書類をポケットに突っ込むと、早々に部屋から出て行く。慌ててリナリー、ラビ、アレンが「行ってきます!」と言ってから神田の後に続いて出て行くが、なまえだけはその場に残っていた。


「みょうじさん?」
「それだけの“可能性”があるならば、なぜ言わないんですか? ――“ノア”もいる可能性があるって」
「……やっぱり、君は賢いね」
「考えれば誰でも分かることです」
「…ノアがいる確率は極めて高い。でなければアクマがあんなに集まるはずないからね」


ようやっと本音を吐いたコムイになまえは笑った。いつもはサボリ魔のくせに、こういう時だけは真面目なんだから。
ふわりと微笑むなまえの顔を見たコムイは、驚きで声も出ない。それもそうだ。なまえの笑顔など見た事がないのだから。


「安心してください。私がいる限り、早々死ぬようなことはありませんよ」


それは傲慢でもなければ、虚言でもなかった。華奢な見た目で、リナリーより年下のように見える少女は、実は誰よりも強いのだから。
『死神』ということをカミングアウトしているなまえだが、己の実力はまだほんの少ししか出していない。故にコムイもまだ計り兼ねているのだ。この少女の本当の実力を。


「では、失礼します」


丁寧な礼をしたなまえは走って神田達がいるであろう地下水路を目指す。途中で義骸を脱ぎ、死神姿になりながら。


「おせぇ!」
「すみません」


神田の第一声に少し申し訳なさそうに謝るが、罪悪感は感じられない。それもそうだ。なまえは最終確認を行っていたのだから。これから命を賭した戦いが行われるであろうというのに、最低限の確認は行わなければ確実に負け、命を落とす。情報とはそれくらい大事なのだ。
その後、列車に揺られて数十分。目的地に着いた。列車から降りるとそこはもう荒れ果てた街へと化していた。


「ひどい……」
「アクマはどこに…」


そう言ってアレンが自身の目で確認しようと辺りを見渡すが、どこにもアクマの気配は感じられない。可笑しい。ここはアクマが大量発生していた場所だ。なのにどうして一体もいない?
ラビがそう思った瞬間、なまえは刀を抜いてラビの前に出た。


「っ………重っ…!」
「な、」
ぼーっとするな! ここは戦場よ!!


どうやら本気で驚いたラビは目を見開いて目の前にある黒い背中を見つめる。自分達とは違う服装を身に纏ったなまえは、団服よりも確実に似合っていた。
なまえの張り上げた声が響くが、生憎周りには依然としてアクマはいない。いるのは今なまえが相手にしているアクマだけだ。そんな状態で緊張感が保てるはずもなく、


「…あのアクマだけみたいですね」
「そうね。……ラビ、大丈夫?」
「あ、あぁ…。大丈夫さ」
「………」


何故、誰も感じなかったアクマの気配をなまえは感じ取れたのか。それも死神だからと片付けられれば終わりだが、神田はどこか腑に落ちなかった。
レベル2だったアクマをすぐに片付けたなまえだが、緊張感のないアレン達を見て顔を青ざめた。何故武器を構えていない。何故そんな悠長にしてられる。――周りに敵があんなにいるのに。


「なんで……っ、燃ゆり灰となれ、『炎珠』!!


斬魄刀を始解してアレン達を囲むように炎の壁を作る。突然視界いっぱいの炎にアレン達も流石に慌て始めた。


「な、何があったんですか! なまえさん!」
「そうさ! 突然何やって、」
「黙れ」


アレンとラビを止めたのは神田だ。この異常な事態に彼は漸く舌打ちを一つした。
炎の外にいるなまえは大量のアクマを前に、クッと口角を上げる。アレン達が周りにいる大量のアクマに気づかなかった理由は後で考えるとして、今はこの窮地をどう切り抜けるかが重要だ。見たところレベル4はいないし、レベル3も少ない。


「…斬魄刀を使うまでもない、かな」


抜いていた刀を鞘に収める。するとアレン達を囲っていた炎の壁は一瞬にして消えた。クリアになった視界にアレン達もホッと息を吐くが、さっきまで一体もいなかったアクマがこれでもかと言うほどいて、また肩の力を強張らせた。


「なんで…さっきまで全然いなかったのに…!」
「黙れモヤシ。いなかったんじゃねぇよ」
「神田? どういうこと?」
「チッ……俺達が気づかなかったんだよ、このアクマにな」


まさしく正論。自分を客観視出来る神田だからこそその答えに行き着いたのだ。対するリナリー達はまだ分からないらしく、神田の言った言葉の意味を考える。


「気づかないって…こんなにいるのに!?」
「それは有り得ないさ! 俺達がどんだけエクソシストやってると思ってんだよ!」
「僕の目だって反応しなかった……」


自分達の力不足を否定する三人に、神田は煩わしそうに頭を掻いた。長いポニーテールが揺れる。その視線の先には、一人で戦う死神がいた。


「それがあの大量にいるアクマのうちのどれかの能力なんだろ。それに惑わされず、誰よりも先にアクマの存在に気づいたんだよ。アイツは」


指を矛の形にしたなまえは鬼道でアクマを倒していく。次々とやられていくアクマに、アレン達もイノセンスを解放した。これ以上なまえに負けるつもりも、足手纏いになるつもりもなかった。
そして始まった戦い。けれどどれだけ倒しても減らないアクマに痺れを切らしたなまえは、ふわりと浮いて詠唱を唱え始めた。


「散在する獣の骨、尖塔・紅晶・鋼鉄の車輪。 動けば風、止まれば空、槍打つ音色が虚城に満ちる――破道の六十三 雷吼炮!!


雷を帯びたエネルギーが一気に放出される。地上に向けて放たれたそれはアクマに見事直撃する。計算されて放たれた鬼道はアレン達に掠ることはなかった。


「嘘……」
「なんつー…」


リナリーとラビの驚く声を浴びながら、なまえは悠々と地上を見下ろす。
こんな所で、無駄足なんか踏んでられなかった。そんな思いから気づけば詠唱していたのだ。普段は詠唱破棄で鬼道放つことが多いなまえにとって、余程急いていたらしい。


「ほとんど片付きましたね…」
「そうさね…」
「待って」


気を抜いたアレンとラビに待ったをかけたのはなまえだ。もうアクマもほとんどいなくなったというのに、先程よりも目に力を入れて厳しい眼差しでどこか遠くを見ている。


「あの…なまえさん?」
「……破道の三十一 赤火砲


手のひらから放たれた火の玉は、なまえが見つめていた方へと飛んでいく。やがてドカァン! と大きな爆発音が辺り一面に響いた。


「いきなり何やってるの!?」
「いや…リナリー!」
「え、」
「っ……!」


リナリーがなまえの奇行に我慢ならなくなったらしく浮いているなまえへ吠えるが、それを止めたのはアレンだった。爆発のせいで煙に包まれている中、不意に殺気を感じてアレンは自身のイノセンスでリナリーを庇う。キィン! と弾いたのは銀色のナイフだった。


「ナイフ…!?」
「アレン君! 大丈夫!?」
「ぼ、僕は大丈夫です。リナリーこそ怪我は無いですか?」
「私もアレン君が庇ってくれたから…」
「――はーいはい、お喋りはそこまでにしてくれるかー?」


二人の会話を遮ったのは、どこか聞き覚えのある声だった。コツン、コツン、とこの戦場に似つかわしくない足音は徐々に近づいてきている。
煙が晴れない為、まったく状況が分からないなまえは相手が出てくるのを待つなんてそんな馬鹿らしい事はしなかった。スッ…と鞘から刀を抜き、ブンッと徐ろに振る。すると一気に煙が晴れ、その声の主を露わにした。


「うっそだろ? せっかくのかっこいい登場が台無しじゃん」
「生憎、そんな茶番には付き合ってられなくてね」


たった一振りで煙を晴らしたなまえは、依然として飄々とした態度を崩さず地上に降りた。


「何で…ノアがここに…!」
「そりゃーあんだけアクマがいたら誰かが命令出してるに決まってるっしょ。気づいてたのはそこの水色のお嬢さんだけみたいだけどね?」


ノア――ティキ・ミックは小さく笑うと、パチンと指を弾いた。その合図でどこからともなくアクマの大群がやって来る。その数約100以上。その数の多さにさすがの神田も息を詰まらせたが、


「炎珠」


決して大きく呟いた訳でもないのに、するりと耳に入り込んできた。瞬間、100以上いたアクマは一斉に爆発した。パラパラ…と降ってくる塵を鬱陶しそうに手で払いながら、なまえはニヒルな笑みを浮かべてティキを見やる。


「で、遊んでくれるの? ノアのオニーサン」


ピキッと苛ついた音が聞こえた気がした。平子直伝のこの表情はどうやらお気に召して貰えたらしい。