何がいけなかったんだろう。
朝、ハーマイオニーに起こされても起きれずに1限目に遅刻したこと? 魔法薬学の授業中に居眠りしたこと? 悪戯と称して大広間のゴブレットに辛味の強いスパイスを仕込んでおいたこと? ――ああもう、思い当たる節がありすぎる!
でも、でもね、だからって……、


これはないでしょーー!!


眼前に広がる大海原。その海上を箒に乗って浮いているなまえは真っ青な空に向かって叫んだ。何もかもが分からない。
悪夢のような飛行訓練が終わって、愛用中の箒(唯一なまえの言うことを聞いてくれる箒)を誰にも取られない場所に隠そうとして一つの小屋に入った瞬間、足場がなくなって真っ逆さま。パニック状態の中箒で浮いて、今現在――海の上をただふわふわと漂っている。


「長く生きてきたけど…こんなこと初めてだよ……どうなってんの…!」


箒を持ってて良かった。持っていなかったら今頃海の中だと思うとゾッとする。そこでハッとあることを思い出し、腰辺りを弄る。


「…良かった、杖はある…」


ベルトの中に杖が収まっているのを確認し、とりあえず一息吐く。杖さえあれば何とかなると思っているなまえは、このまま浮いているだけじゃあ何も進展しないと辺りを見渡す。こんな広い大海原だ、船の一隻や二隻見つかるだろう。


「マグルにこんな魔女っ子の姿を見られたら…うぅん、ま、何とかなるか」


今の時代よりももっと昔、マグルから迫害を受けたことは何度もあった。辛かった、苦しかった。マグルなんて、って思ったことも一度や二度じゃない。だけどそんな中でも優しくしてくれたマグルの人達だっていたから、なまえはマグルを完全には嫌いになれなかった。


「お? 船だ!」


ライオンの様な船首に、はためく帆と旗には麦わら帽子を被った髑髏マークが描かれていた。それを見ただけで分かる。あの船が“海賊船”だということは。


「どうしよう…海賊は流石にな…。下手したら殺されそう」


「ウゥン…」と唸りながら目を閉じて悩んでいると、突然ガシッと何かに箒を掴まれた。あっと思った瞬間箒ごと身体が引っ張られる――海賊船の元へ。


「ちょ、うそうそうそ、嘘ォ!!」


――ドカン!
身体を襲った打撃に一瞬息が詰まるが、大した怪我もせずなんとか無事だった。が、生理的な涙で滲む視界をぼんやりと眺めていると、まさしくこの海賊船のメンバーであろう人達が皆一様に此方を見ていた。


「ここここ、こっち見たァ!!」
「ああ悪霊退散悪霊退散…!!」
「ギャー!! 私幽霊って苦手でして! ……目なんてないんですけども」
「あんた達うっさい!!」


目の前で繰り広げられる漫才の様なやり取りを呆然と見つめる。すると麦わら帽子を被った男がひょいっと現れた。その帽子と先ほどの海賊旗に書かれていた髑髏とを頭の中で見比べ、勝手にこの男が船長だと決めつけるが、まさしく当たりだった。


「なァ!」
「は、はい」
「何で浮いてたんだ!?」


よりによって聞くことそれかよ!!
なまえは身構えていた自分にため息を吐き、箒をルフィに見せた。


「魔女が箒に乗るのは当たり前でしょう」
「魔女ォ!? お前、魔女なのか!?」
「はい」
『『『ええぇぇぇ!!?』』』


やはりマグルだったのか。この広い大海原に、叫び声が響いた。
驚く船員を他所に、ルフィは目をキラキラさせてなまえに話しかける。今までのマグルとは違った反応に、なまえもついつい気を許してしまう。


「魔女なら何か魔法が使えたりするのか!?」
「もちろんですよ! 見ます?」
「見る!!」
「んー…なら何がいいですかねぇ。あ、エイビス


簡単な魔法の呪文を唱える。すると杖先から無数の鳥が現れる。ピチチチ! と甲高い声で鳴く鳥達は真っ青な空に向かってその羽を広げながら羽ばたいていった。


「スッゲ〜〜〜!! 鳥が出たぞ!!」
「こんなのは簡単ですよ。他にも攻撃的な魔法や防御に特化した呪文とかたくさんあるんですから!」
「いいなァ、おれも魔法使いてェ」
「……無理じゃないですか? だって貴方、マグルでしょう?」
「まぐる?」
「魔法を使えない非魔法族の人の事です。……で、」


ス、と目を細めたなまえはまた杖を振った。今度は呪文を唱えずに。
すると今にも刀を抜こうとしていたゾロの身体が後ろに吹っ飛んだ。ガシャァン! と大きな物音を立てながら倒れたゾロは、面白そうに口角を釣り上げた。


「へェ…ただもんじゃねェな」
ゾローーー!!? お前大丈夫か!?」
「レディに何しようとしてたんだこのクソマリモ!!」
「なァ! 今のも魔法か!?」
「はい。……敵意には敵意を。この意味が分かりますよね?」


ニコリと笑いながらルフィに問うと、ルフィは「ん?」と首を傾げたがすぐに満面の笑みを浮かべ、


「おれはモンキー・D・ルフィ!海賊王になる男だ!」
「王って…また大きく出ましたね。私はなまえ、なまえ・みょうじです」
「みょうじ? 変わった名前だなァ」
「なまえが名前ですよ。てことは…貴方はルフィがお名前ですか?」
「おう!」


仲良く自己紹介なんてしちゃってる我らが船長に、ナミはため息を吐きながらルフィの耳を引っ張り、なまえから離れさせる。


「イテェ! いきなり何すんだよナミ!!」
このバカ! 得体の知れない相手と何楽しくお喋りなんてしてるの!?」
「知らなくねェよ! あいつ魔女だぞ、魔女!」
「だから何……」


そこまで言いかけて、ナミは諦めたように項垂れる。ルフィの目は口ほどに語る。そんな目が訴えているのは、


「あいつ、おれの仲間にする!」


それを聞いた一味は即座に皆同じ事を思った。


『『『(あぁ、もう止められない……)』』』


ガクリと項垂れた船員に「ニシシッ!」と笑ってみせると、ルフィは帽子を手で押さえながらなまえの元へ。チョッパーやウソップは、ゾロが吹き飛ばされた事がまだ怖いらしく恐怖に震えている。


「やめてくれよルフィ! おれそんな怖ェ奴嫌だ!!」
「そうだそうだ! だいたいお前、まだ魔女かどうかも怪しいんだぞ!?」
「でも魔法使ってたぞ?」
「いや、だからそれはだなァ……!!」


必死になってルフィを止めるが、なかなか止まらない。もうここまで来たら何をどうしても止まらないのは一味全員が経験済みだ。
ナミは深いため息を吐いて、外に設置してある椅子に座る。続いてロビンも向かい側に座り、持っていた本をパラリと開いた。


「あの子も大変ね。うちの船長に見つかっちゃって」
「大変なのは私達よ!! 魔女よ魔女! もう…一体どうなってるわけ…!?」
「でも…ものの例えとして“魔女”という言葉は使われてきたけど、本物の“魔女”は今までで一人も会ったことがないわ。あの子がもしそうなら……私も少し興味があるわ」
「ロビンまで!? やめてよ〜!」


そんな会話をするナミとロビンの元へ、スペシャルデザートを持ってくるサンジが現れるのだがそれはさて置き。
下では既にルフィによるルフィの為の勧誘が行われていた。


「頼むよ〜! な、いいだろ?」
「よくない!だいたい私は海賊になる気なんてこれっぽっちもないし、帰らなきゃいけないんだから!」


最初は敬語を使っていたなまえだが、最早ルフィ相手には必要ないと判断したのか砕けた話し方でことごとくルフィの勧誘を断っていた。


「帰る? そういやあお前、どっから来たんだ?」
「ホグワーツ魔法魔術学校……って言っても、マグルなら知らないで当然だよ」
「うん、知らねェ」
「おれも」
「おれもっ!」


その場に何故かウソップとチョッパーもいるのだが、もう二人はそこまで怯えてはいなかった。……ルフィの背中に隠れてはいるが。
そんな二人の反応をチラリと盗み見したなまえは、この現状をどう打破しようと悩む。そもそも、ここは一体どこなのか。


「私も聞きたいことがあるんだけど…」
「なんだ?」
「ここはどこ?」
「グランドラインだ」
「グランド…ライン? 何それ…そう言うんじゃなくて、海賊なら…あ、カリブとか?」
「かりぶー? 何だそれ。グランドラインはグランドラインじゃねェか」
「や、だからそれが意味わからないの。じゃあ…もっと大きな海洋で言ってくれる?」
「??」
「………ちょっと待って」


ルフィはちょっとオツムがよろしくないのかもしれないと思ったなまえは、その後ろにいるウソップとチョッパーにまた同じ事を尋ねる。だが、結果は同じ。またも『グランドライン』と言われてしまう。


「だからグランドラインってどこ……」


すると、ローブのポケットが急にもぞもぞと動いた。それを間近で見たチョッパーは「ギャーーー!!」と叫び走り回るが、なまえはそれどころではなかった。
急いでポケットに手を突っ込み、すくい上げるように手のひらに乗せる。そこにいたのは真っ白な蛇だった。


「サリン!!」
「シャー!(酷いよなまえ様ー!ぼくの事忘れるなんてー!)」
「あああ! ごめんごめん! ほんっとごめん! ……じゃなくて! 飛行訓練にまで着いてきてたの!? それはやめなさいっていつも言ってるでしょ!?」
「シャー…(だって……っでも! 着いてきてなかったら、ぼく今ここにいないよー?)」
「う……そう、だよね…ごめん」
「シャー!(ん! …で、なまえ様ももう気づいてるんでしょー? それなのに、気づいてないフリは良くないよー)」


白蛇のサリン。それはなまえのペットだ。二年生の時から連れて行くようになったのだが、このサリン、実はものすごい甘えたで主人のなまえを溺愛している。その甘えっぷりはもう、すごい。食事、トイレ、入浴、そして授業中とどこへ行くにも一緒。流石に飛行訓練は危ないからとなまえが禁止にしたのだが、それを聞き入れる程サリンはいい子ではない。


「なんだァそれ? 蛇?」
「え、あ、うん。私のペットっていうか…家族なの」
「お前、蛇の言葉が分かるのか!?」
「あーっと…チョッパーくん、だっけ? うん、分かるよ。君にも分かるの?」
「おれは生き物の言葉は分かるから……」
「そっかそっか」


今の出来事で少しばかり緊張が解けたのか、チョッパーはルフィの後ろからちょこちょこ…と出てきて、そろ〜っとサリンに触れる。サリンは主人以外に触れられる事を嫌っているため、それを尻尾で撃退しようとしたのだが、今それをしてしまえばなまえの存在が悪くなると瞬時に判断し、大人しくチョッパーの手(蹄)を受け入れた。

そんなサリンの様子を見ながら、なまえはやっと諦めを決意した。ここで知らない知らないと駄々を捏ねていても、何の解決にもならない。ならば、もう全てを受け入れるしかない。
何百年と生きてきたなまえだからこそ、断言できるのだ。


「グランドラインなんてものは、私の世界・・・・には存在しない」


馬鹿みたいに広い大海原を背に、なまえは麦わらの一味に向かって断言した。
――認めようじゃないか。ここは、私の知らない世界だという事を。