華の金曜日。それはなまえとて例外ではなく、これが終わったら愛しい人に会えると思ったらニヤけずにはいられなかった。


「みょうじー、ニヤニヤすんのはいいけど手は止めんなよー」
「ニヤニヤしてません! ……え、あの、してましたか…?」
「気づいてないとかみょうじ大丈夫? 俺がそれやろうか?」
「余計な御世話です!」


仕事仲間の戸崎や田辺に心配(馬鹿とも言う)にされながらも与えられた役割をきちっとこなす。今は毎日放送されているお昼のバラエティー番組の収録中だ。こういうのはほとんど制御装置が活躍するため、人の手というのはあまり必要ない。


「んで? なんでそんなニヤニヤしてたの?」
「う……なに、田辺くんってばそんなに私のことが気になるの?」
「えー、だってみょうじが普段そんなニヤニヤしてることってなくね? そりゃー気になるわ、ね、戸崎さん!」
「超どうでもいい」
「ひどい!!」


コソコソとまったく詰まっていない会話を続けるが、なまえは話す気など毛頭なく、そのままその会話はおざなりとなった。
それから残りの番組もミス無く終わり、無事に仕事が終わった。


「ふぃ〜、終わったなー」
「じゃ、お先失礼します!」
「早!? え、早くね!?」
「お疲れ様ですー!」
「おー、お疲れー」


田辺のびっくり声なんて気にしてられない。なまえは挨拶をして急いでエレベーターに乗り、テレビ局から出て行く。駅に向かう足取りは軽く、その顔には待ちきれないとでも言いたげに笑みが溢れている。


「(はやく帰らなきゃ……)」


パンプスのヒールの音さえ煩わしい。今すぐ裸足になってなりふり構わず走りたい。
そんな思いをぐっと押し込めて早歩きで進んでいくと、後ろからプップー! とクラクションの音が響いた。条件反射でなまえは振り向くと、見慣れた車がそこにあった。


「は、え、」
「お疲れさん」
「か、一也!? なんで、え、」
「ほれ、乗りたまえ」
「わ、う……」


問答無用で車の中に連れ込まれ、なまえは目をぱちくりとさせる。そんななまえの驚いた表情に大変満足いったのか、御幸は眼鏡の奥にある瞳をニィ、と細めた。


「迎えに来ちった」
「い、いきなりびっくりしたじゃんか! しかも何でこんな大通りに…誰かに見られたらどうすんのさ!」
「しょうがないだろ〜? 早く会いたかったんだよ」


サラッと言われたその言葉に、なまえはボッと顔を赤くする。こいつはいつも恥ずかしい台詞をサラッと……、とじとーっとした目で運転中の御幸を見るが、御幸は依然として余裕な笑みを崩さない。


「離れてた時間が長かったんだから、今は出来るだけ一緒に居たいんだよ。せっかくのオフだぜ?」
「……ずるい」
「はっはっはっ! 何とでもどうぞ」


そう。あれから御幸はミミと完全に別れ、なまえに猛アタックしたのだ。再会してからというもの、碌に話もせずに身体だけ奪った御幸はそこからは再び付き合うまで手さえ繋がず、なまえの望むすべての事を叶えてきた。端から見ればもうドロドロに甘い御幸の溺愛っぷりに、倉持なんかはドン引きしたくらいだ。
そうした御幸に、最終的に折れたなまえが交際を受け入れ、今やこうしてラブラブカップルとなったのだ。


「晩ご飯出来てんぞ」
「わ、ほんと? 一也のご飯美味しいから好きなんだよね! ありがと」
「妻に尽くせる男ですから」
「まだ結婚してない!」
「なら今から…は無理だから、明日朝一に役所いこっか?」
「…なに、そのデリカシーのないプロポーズ」
「ははっ、うそうそ。プロポーズはもうちょっと待って。な?」
「…ふふ、待つのなら得意だよ、わたし」
「……そうだったな」


赤信号で待つ車の中。ハンドルを握っていない片方の手をなまえの手と絡めた御幸は、愛しげに最愛の彼女を見つめた。
目だけで語られるそれに照れくさくなったなまえは、うつむいて自分の膝に目をやるが、それを御幸が許さなかった。
ハンドルを握っていた手をなまえの頭の後ろに持って行き、そのままグイッと自分の方へ引き寄せる。突然のことに「わ!?」と情けない声が出たなまえの口は、御幸の唇に塞がれた。


「ん…っ」


口内を翻弄する御幸の舌に、なまえは目に涙を滲ませながら御幸を見て後悔した。こんなに愛を孕んだ瞳と目を合わせてしまえば、歯どめなんて効かなくなってしまうから。


「ん、っ…かず、や……!」
「……ふ、あま」
「っ……!」
「続きはお家帰ってからな?なまえチャン」
「〜〜〜っ、もう! 信号青だよ! 早く進んで!」
「照れ隠し? 可愛いねぇ」
「一也!!」


ふん! となまえは窓の外に顔を向ける。赤くなった顔を冷やそうと窓に額をつけ、光に包まれた街をぼんやりと見つめる。そんな窓に御幸が映ってそれもぼーっと見ていると、不意に御幸がなまえを見た。
窓に映る御幸と目があったなまえはわたわたと慌てながら、こっそりと御幸へと振り返る。


「……前、ちゃんと見て運転して」
「なまえが可愛くてつい」
「………かずや」
「はーいはい」


(帰ったら思う存分なまえを食ってやろ)なんて御幸が思っているなんて露知らず。なまえはシートベルトをぎゅっと握りしめて、また窓の外を眺めた。

その後、家に帰って御幸お手製のご飯を食べるよりも先に御幸に食べられた事は言うまでもない。


「……一也、ごはん」
「あっためるからちょっと待っててな〜」
「………一也、お茶」
「ん。氷は?」
「…いる」
「ほい……ん、どーぞ」
「……一也のばか」
「明日休みだしいーじゃん? それに『もっと』って強請って来たのはなまえ、ッウグ!?」
「ばかばかばか! 一也なんてもう知らない!」



顔を真っ赤にさせて怒るなまえ、それを宥めようと後ろからなまえを抱きしめる御幸。
こんな日常が、なまえには愛しくてたまらなかった。願わくば、いつまでもこんな毎日が続きますように。


「ん? どーした?」
「……なんでもない!」


今はただ、そう願うばかりです。