貴方に優しい明日でありますように
「リリー! 僕の女神!」 「こっちに来ないで、ポッター!」
恥ずかしげもなく愛を語る男、ジェームズ・ポッター。それを嫌そうな顔をしながらも少し頬を赤らめている女、リリー・エバンズ。 人が多く集まる大広間で繰り広げられるその光景は、毎日毎日飽きることなく行われる。
「………、」 「リーリス様?」 「……なんでもないわ」
取り巻きの一人の呼ぶ声に首を振り、私は授業へ向かう。その後ろからは自称友人達が半歩から着いてきた。
私の名前はリーリス・マールヴォロ・リドル。かの有名な闇の帝王――ヴォルデモートの血の繋がった娘である。そのことはスリザリンの中でも親が死喰い人、かつ闇の帝王から余程の信頼がある者の子どもでなければ知りえないことだ。故にスリザリン寮以外の寮でこのことを知る人物は、ただの一人もいないだろう。
闇の帝王の前の名前――本名を知る人物など、きっとこの世界では私と、ここの校長しかいないはずだ。
「………あ、」
広い廊下でセブルス・スネイプが悪戯仕掛け人なる者達にいじめられていた。ジェームズ・ポッターはつい先ほどまで、大広間で大々的な愛の告白をしていたはずなのに……。もちろん、あの“裏切り者”と呼ばれるシリウス・ブラックも。
私はハァ、と短く息を吐いてその場に近寄る。カツン、カツン、と鳴る足音はこの広い廊下にはよく響いた。
「……君は…」 「………!」 「…初めまして、ミスター・ポッター、ミスター・ブラック」
恭しく礼をすると、ブラックはギクリと肩を強張らせた。スリザリンだからか、それとも私のことを少なからず母親から聞いているのか。 だが、そんなことはどうだっていい。
「その者を離しなさい」 「まさかあのリドルが、こんなスニベルスを助けるなんて! どういう風の吹き回しだい?」 「あら、同じ寮の人間を助けるのに理由なんているの?」 「……そうだね、君もあのスリザリンだもんね」
冷たい声が肌に突き刺さる。ズキン、と痛む胸を知らぬふりして、セブルス・スネイプの腕を掴む。杖を一振りして綺麗にしてやれば、彼は驚いた目を私に向けた。
「それじゃあ、失礼するわ」
来た時と同様にカツン、カツン、と足音を鳴らして歩く。取り巻きの者達が「流石リーリス様!」だとか「やっぱりあいつらは野蛮だな」だとか言っているものを全て無視すると、セブルス・スネイプが口を開いた。
「なぜ、助けた」 「おい、リーリス様に助けていただいた挙句にその言い方は――」 「いいわ。……それで、なに?」
文句を言う者を止めて先を促すと、彼は少し口籠りながらもさっきと同じことを口にした。
「なぜ、助けたんだ」 「……さっきも言ったでしょう? 『同じ寮の人間を助けるのに理由がいるの?』」
逆に尋ねると、セブルス・スネイプは目を見開いたあとホッとしたように肩の力を抜いた。
そうして、ホグワーツでの生活も今日で最後になった。なるべく穏便に過ごしたからか、父が危惧していたダンブルドアとの接触もなかった。
「……ミス・リドル」 「………ダンブルドア、校長…」
だが、そう事が済むわけがなかったのだ。 ダンブルドアはスーッと後ろから現れたかと思えば、キラキラとアイスブルーの瞳を輝かせながら私を呼んだ。 大広間から少し離れた廊下。なぜか人っ子一人いない。
「…お主のことは、結局何一つわからなかった」 「…嘘ですよね? 貴方は知っているはずです。私のファミリーネームを貴方は誰よりもよく知り、誰よりも深く関わったから」 「……そうじゃ。だがリーリス・マールヴォロ・リドルという人物を、わしは何一つ知らなんだ。トムのように優等生として振る舞うでもなく、かといって問題児のように振る舞うでもなく、あくまで“普通”に生活を送る君を」
この人の目は、なんでも見透かしてそうだ。昔、父がよくダンブルドアに対してマイナスな言葉ばかり吐いていたから、私自身ダンブルドアにあまりいいイメージは持っていなかった。 だけど、この人なら――…。
「…私は、ミドルネームにマールヴォロを、ファミリーネームにリドルを持つ唯一の者です。……母はいません、父が殺しましたから。そしてその父は――」
一つ呼吸をして、まっすぐにダンブルドアの瞳を見つめて全ての、いや、ダンブルドア以外の全ての魔法使い、マグルが恐れる名前を堂々と口にした。
「今現在、“ヴォルデモート卿”として君臨している闇の帝王です」
ゆるり、ダンブルドアの瞳が緩んだ。ああ、この人は私の本当の意思を分かってくれたんだ。
「死喰い人としての印は、生まれた瞬間に父に施されました」 「…なぜ、わしに話してくれたのか聞いても?」 「……貴方が、『私』を知らないと言ったからです」 「それだけかね?」 「………、はい」
すると、カタン、と物音がして私はその方を見つめるが何もない。誰かが透明マントを使って聞いていたのだろうか。 今までの話なら別にいい。きっと『私がヴォルデモート卿の信者』として認識してくれただろうから。重要なのはここからだ。私はサッと杖を振って防音呪文をかけた。
「ここから先は、他言無用でお願いします」 「……約束しよう」
すべてを話し終えた私の顔は、きっと晴れ晴れとしていただろう。
・ ・ ・
――1981年10月31日 ゴドリックの谷
「…やるのよ、リーリス。チャンスは一度、そう……たった一度よ」
今日は予言に出てきたポッター夫妻を殺害する日だ。父であるヴォルデモートはギラギラと赤い目を光らせながら、ピーター・ペティグリューの裏切りによって明かされた夫妻の家があるゴドリックの谷に自ら赴いていた。 私は屋敷で待っているように言われたが、わがままを言って無理やり連れてきてもらったのだ。
「父さま…」 「リーリス、しんどくないか?」 「えぇ、大丈夫よ。父さまこそ…」 「私は大丈夫だ。この時をどれほど待ったか…」
ぎゅ、と抱きしめられるその温もりは暖かい。私はこれからの自分の行動を思い出し、ぽろりと涙を流した。 いきなりの事で驚いた父はさらにぎゅうぎゅうと抱きしめる力を強めて、甘い声色で「どうした?」「怖いか? 大丈夫だ、父さまがいるぞ」とまるで幼子をあやすように囁いてくれる。
私は無駄に首を横に振ることしかできなくて、もっと涙が溢れた。
「父さま、とうさま……っ!」 「なんだ? リーリス」 「…っ、私は、誰よりも、何よりも、父さまを愛してるわ…! だから、だから――」 「分かっている。私だって、この世の全てにおいてリーリスより大事なものなど存在しない」
ごめんなさい、とはどうしても言えなかった。
そして、その瞬間は訪れた。
「逃げるんだ! リリー! ハリーを連れて、早く!!」 「いやよ、ジェームズ!!」 「っ……リドル、やっぱり君も所詮は死喰い人だったんだね…。あの時、ホグワーツの最後の日にダンブルドアに言っていたのは空耳なんかじゃなかった!」
遠慮なく憎悪の感情をぶつけてくるジェームズ・ポッター。また痛む心臓。 その隙を狙った父さまは、杖先をジェームズ・ポッターに向けた。そして――…。
「アバダ・ケダブラ」
父さまの呪文を唱える声が、やけに大きく聞こえた。ジェームズ・ポッターが倒れる、それよりも早く父さまが倒れた。
「ガハッ……! なに…、」 「我が君…!」
私は父さまに向けていた杖を、周りにいる死喰い人達に向けて無言呪文を放つ。ポッター達は目をこれでもかというくらいに見開いて私を見た。 彼のハシバミ色の目に、私が映っている。それだけで、幸福が私の内に満ちてゆく。
「なん、で……。ヴォルデモートは、君の…父親だろう…?」
ああ、やはり。 透明マントを使って聞いていたのは、ジェームズ・ポッターだったのか。そしてあともう一人、
「ジェームズ! リリー!」 「シリウス!!」
シリウス・ブラックも。
「は、…んだ、これ…。ヴォルデモートが倒れて……って、お前!!」 「待ってシリウス! ヴォルデモートを倒したのは……彼女、なんだ…」
その言葉で改めて実感する。私が、父さまを殺したのだと。 父さまと一緒にダイアゴン横丁へ行き、父さまと一緒に買いに行った杖で、私を愛してくれた父さまを、私が殺した。
「……祝言を言うのが遅れて、ごめんなさい。ミスター・ポッター、ミス・ポッター。――結婚、おめでとう」
この雰囲気で、なんて不釣り合いな言葉だろうか。それでも今しか言う時間はなかった。 私は何か言いたげなポッターやブラックを残して、父さまの遺体だけを魔法で浮かせて家から出る。
そしてそのまま姿現しで、ある場所へと移動した。
「……そろそろ来る頃じゃろうと思っておったよ」 「ありがとうございます、ダンブルドア校長。…姿現しが出来るようにして下さって」 「構わんよ。それより…泣きなさい。ここでは誰も見ておらん」 「……泣くことは、弱さです。それに、泣いたら…後悔、してしまいますから…」
父の遺体をそっと用意された台の上に置き、私は父さまの頬を撫でる。こうしてこの人の肌にゆっくりと触れたのは、いつ振りだろうか。 幼い頃は、父さまの膝の上でよく父さまの顔をもみじのような手でぺたぺたと触っていた気がする。
「…残りの死喰い人達も、任せてください。すぐに居場所などを記したものをお送り致します」 「……すまなんだ」 「いえ。…これが、私にできる唯一のことですから」
にこり。私は笑ってダンブルドアに頭を下げてホグワーツから去った。向かうはアルバニア。今まで父さまが隠れ家として使っていた私と父さまだけの家だ。
・ ・ ・
「ダンブルドア先生!!」 「…おぉ、来たかの。待っておったぞ」 「待ってたって……」
ジェームズ達はホグワーツまで箒に乗ってやって来た。リリーはハリーのために、と家に残っている。突然の来訪なのにダンブルドアは驚くことなくジェームズ達を迎え入れる。 キラキラしたブルーの瞳はいつも通りだ。なのに、どこか哀愁が漂っているのは気のせいだろうか。
「何があったのかは全て知っておる」 「は……? どうして――」 「彼女の計画は、数年前から立てられておったからじゃよ、ジェームズ」
ある部屋まで連れてこられると、ダンブルドアは杖を一振り。すると大きな台座がふわりと浮きながらやがてジェームズ達の目の前に降りた。 そこに寝かされている人物を見て、ジェームズも、シリウスも、リーマスも驚く。だって、その人物とは今まさに、先ほどまで死闘を繰り広げていた男なのだから。
「ヴォルデモート……!」 「なんでこいつの死体がここに…!?」
シリウスの疑問に答えるように、ダンブルドアは魔法で椅子を出した。それぞれに掛けるように言い、そして自身も椅子に深く座り込んだ。
「さて、わしはまず謝らねばならん。実はのう、ヴォルデモートがジェームズの元へ行くのは数年前から知っておったのじゃ」 「なっ…!!」 「しかし、それを告げなかったのは何故か。……頼まれたからじゃよ、それを教えてくれた彼女に」
そこまで言えば、聡いジェームズ達だ。すぐに誰のことか分かったらしい。
「リドル……」 「そうじゃ。お主らも聞いておった通り、彼女の父親はヴォルデモート…本当の名をトム・マールヴォロ・リドル。在学当時は優秀な生徒としてその名を馳せていた」
懐かしむように目を細めたダンブルドアは、三人を憂いの篩まで連れて行く。そして杖先で自身の頭から銀色の糸のようなものをスゥッと抜き、それを篩の中に浮かべた。
「さあ、見ておいで。これが真実じゃ」
そんなダンブルドアの声とともに、三人は篩の中へと吸い込まれていった。
「ここから先は、他言無用でお願いします」 「……約束しよう」
ジェームズ達が居なくなった後、リーリスは防音呪文を張ってダンブルドアに頼んだ。そしてダンブルドアの頷きを見てから、再度その重苦しい口を開く。
「1981年の10月31日。この日に、私の父はポッター達を殺しに行くでしょう」 「……それは真かの?」 「はい。…私の母は、預言者でした。私も少なからずその血を引いていて、断片的に視ることが可能ですので、確かです」 「…それをわしに伝えて、どうするつもりかね?」 「……何も。ただ、お願いしたいことがあります」
ふ、と息を吐いたリーリスは、覚悟を決めたかのようにダンブルドアと目を合わせた。ヴォルデモートと同じ赤の目。なのに輝きは全く違う。
「その日、私は父を殺します」 「……なんじゃと、」 「ですので、ダンブルドア先生はこのホグワーツに姿現しが出来るようにして欲しいんです」 「なぜそのような…」 「……父が背を向けられる相手は、この世で私しかいませんから。そして先生には、父の埋葬をお願いしたいのです」
どうか、お願いします。 深く頭を下げたリーリスに、ダンブルドアは暫く黙った後、頷いた。リーリスはホッとしたように肩の力を抜き、「では、またお会いしましょう」と踵を返して歩く。その後ろ姿をダンブルドアは止めた。
「なぜ、君がトムを殺すのじゃ。トムは…ヴォルデモートは君の父君じゃろう」
どうしても、尋ねずにはいられなかった。この世で、たった一人の血を分けた親子なのに、たとえ父親が世界を闇へと包む魔法使いだとしても、それでも二人は親子なのだ。
「……私は、父を愛しています。父は、父さまは、私に惜しみない愛情を与えてくれました」
背を向けたまま淡々と答えるリーリスは、不意にダンブルドアの方へと振り返った。もう防音呪文は解いてあるが、ここには誰一人いなかった。そう、ジェームズ達も。
「ですが、好きな人の明日が約束されるのであれば、私はたとえ相手が父でも殺してみせます」 「……やはり、リーリス…お主は…」
ふわり。このホグワーツで、リーリスが初めて見せた本当の笑顔だった。
「あの人の為ならば、何も怖くありません。後悔もしません。だって、これくらいしか私に出来ることはありませんから」
少し涙を滲ませたリーリスに、ダンブルドアは堪らず聞いてしまった。確証を得たかったのかもしれない。まさか、まさか。
「お主は…ジェームズ・ポッターの事が好きなのかのう?」
出てきた名前に、リーリスは優しく瞳を細めた。
「――はい」
芯の通ったその返事をしてから、今度こそリーリスは去っていった。 残されたダンブルドアは無意識に己の長いひげを触る。
「まさか、トムが否定した“愛”が、トムを殺すことになるとは…」
たった一つの愛のために、父を殺す。たとえその愛した人と結ばれなくても。その人の明日のために、血を分けた親を殺すなど。
「……トム、お主の娘は…やはりお主に似ておる」
たったひとつの目的のために、誰かを殺す。それは、恐れられている闇の帝王ととてもよく似ていた。
「……――なんですか、これは…」 「それが、すべて。それが真実じゃ」 「うそだ!」
ジェームズは信じたくないと頭を振った。シリウスもリーマスも放心状態だ。なにせ今まで敵だと思っていた女が実は味方で、しかも親友のことが好きだったなど、いったい誰が信じられるか。
「彼女が父である闇の帝王を殺した動機は、すべてジェームズ、君のためだったのじゃよ」
――それから時は流れ、ハリー・ポッターはホグワーツの3年生になった。1年、2年と死喰い人の残党がハリーを狙って来たが、そのどれもをハリーは退けていた。 そんなある日、ハリーはダンブルドアに呼ばれて校長室にやって来た。
「パパ! それにシリウスも、ルーピン先生まで!」 「やあハリー! 元気かい?」
まさか父や叔父までいるとは思わなかったのだろう、ハリーは大袈裟に驚いてみせた。しかし、感動の再会もそこそこにダンブルドアはいきなり本題へと入った。
「死喰い人が漸く一掃出来たのじゃ」 「死喰い人が!? どうやって…」 「残ったすべての死喰い人のリストが届いてのう、闇払いを一斉に向かわせて今しがた終わったと連絡が入ったのじゃ」 「……先生、それってまさか…」 「そうじゃ」
ジェームズが顔を青くしてダンブルドアに尋ねる。ダンブルドアは間髪入れずに頷き、今でも目に焼き付いて離れない赤い瞳を思い出した。
「そのリストを送ってきてくれたリーリス・マールヴォロ・リドルは……先ほど、自決したそうじゃ」 「っ、なんで!!」
ジェームズはガタン!と立ち上がり、わなわなと握った拳を震えさせた。突然の父親の荒ぶりにハリーは驚き、ぎゅっとローブを握りしめた。
「どうして彼女が死ななくちゃならなかったんですか! 僕はまだ、彼女に、リドルに……リーリスに、何の礼もしていないのに…!!」 「……それが、彼女の立てた計画の結末だからじゃよ、ジェームズ」 「どういう…」 「言ったじゃろう。君の明日のために、と。彼女は、君の明日に自分は不必要だと思ったのじゃよ」 「そんな……っ! そんなの、どうして…!」
涙を浮かべたジェームズに、ダンブルドアは一枚の手紙を渡した。薄汚れたそれをジェームズは受け取り、差出人を見る。そこには信じ難い名前が書いてあった。
「リーリス・マールヴォロ・リドル…」 「彼女が最期に書いた手紙じゃ」
ジェームズは慌てて手紙を開く。破かないように、丁寧に、けれどもはやる気持ちを抑えることは出来なかった。 そこに書かれてあったのは、たった一行、たった一文。けれどもジェームズの涙を増長させるには十分だった。
《君に優しい、明日でありますように》
それは、闇の帝王の娘として生まれ、ホグワーツでスリザリン生から崇められ、グリフィンドール生やハッフルパフ生、レイブンクロー生から疎まれて生きてきたリーリスのたった一つの願いだった。 たとえ好きな人に蔑まれ、嫌われようとも、それでもその人の為にやり遂げた偉業は、今や魔法界やマグル界の平和へと繋がったのだ。
「……ほんとに君は…バカだよ…リーリス……」
くしゃり、と手紙を強く握ったジェームズは、自分を強く愛してくれたリーリスを想い、涙を流すのであった。
「…もう、手紙は読んだかしら」
リーリスはアルバニアの森の中、真っ青な空を見上げながら呟いた。すべての分霊箱を破壊するのはやはり骨が折れる。けれども、やり遂げなければならなかった。 こんなにも自分が一途だなんて。リーリスは自嘲気味に笑い、ホグワーツでの日々をゆったりと思い出す。
――想い人と会話をしたことなんて、数えるほどしかなかったけれど…それでも。
「私は、貴方に恋をしてよかったと思うわ。貴方に恋をしたから、こうして今の私があるのだから」
丸メガネのくしゃくしゃな髪をした彼を思い出し、くすりと笑った。そして、リーリスは右手に持っていた杖を高々と掲げる。
「……父さま、今、行きます」
ぽたり、ぽたり。 数年間堪えていた涙が、今やっとリーリスの瞳から流れ落ちる。地面を濡らすそれは止まることなく、まるで雨のように降り注いだ。
「――愛してるわ、ミスター・ポッター」
こんな時でも、名前で呼べやしない。 リーリスはそんな自分に涙交じりに笑い、そっと呪文を舌に乗せた。
「アバダ・ケダブラ」
ゆっくりと、身体が横たわる。 ドサリ、と音を立てながら地面に倒れたリーリスの顔は、何だか笑って見えた。
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