錐ちゃんへ:4い | ナノ
>>約束はいらない
秋の、月がよく映える日に、喜八郎の掘った蛸壺で月見をする。
そんな奇妙な会合も四年目で、歩を進めようとした足がメリメリと沈む感覚がすると、もうそんな時期かと冷静に考えてしまう。その日になると、喜八郎は飛切り見つけにくい蛸壺を用意するのだ。
カラン、カラン。
穴の最奥に辿り着くと、どこかで合図が鳴った。しばらすると、穴の入り口から、ひょっこりと喜八郎がこちらを覗き込んだ。
「滝を落としても、つまんないなぁ」
「馴れってやつだ、気にするな」
「…ふぅん」
大層不服である、と言いたげなため息をされると、相手が喜八郎であってもと少し心苦しい。と、万人に自慢出来るほど慈愛に満ちた心に満たされていたのも露知らず。「とうっ」喜八郎はまっ逆さまに墜落してきた。
「そうそう、そういう顔が好き」
「知るか!…まったくお前は、何を考えてるんだ」
「なぁんにも」
「なぁるほど」
綾部喜八郎とは、こういう奴だった。何も考えず話すのが吉なのだ。
あんなに奇怪千万な落下をしたのに、屁でもない様子で持ってきた茶菓子を用意する喜八郎を一瞥し、ため息。はぁ。ここは一つ、私が大人にならなければならないのだ。
「委員会の残りだけど」
「お前、いつか立花先輩に吹き飛ばされるぞ」
「もう何回も飛ばされてるし、すぐターコちゃんの所へ避難できるになったよ」
なんて、長屋でしている会話と差ほど変わらない雑談を交えつつ、真上の穴から覗く真ん丸な月を眺む。喜八郎が持ってきた菓子はどれも絶品だった。
うちの委員会でも、茶会なぞの穏やかな活動をしたいものだ。
知らぬ間に、この時期が楽しみになっていた。
喜八郎がこの次期になると、見つけにくく、かつ地獄の底のように深い穴を何個も掘っていることは立花先輩から聞いた。
こいつも、この日を楽しみにしてくれているんだろうか。
「昨日、この蛸壺ちゃんの親子兄弟諸々を掘っている時に、善法寺先輩が出歩いてて大変だったんだから」
「片っ端から落ちていって、か」
「そうそう。でもね、」
このこは死守したよ。
いとおしそうに地面を撫でる喜八郎は生き生きした目をしている。相変わらずだなぁ、と思う。
もしかして代わり映えしないのは、お互い様なのかもしれない。
「で、私はその守り抜いた蛸壺ちゃんに落ちてしまったんだな」
「滝は変な所で優しいからねぇ」
おい、そんな生き生きした目で私を見るな。
「好きで落ちてるんじゃないぞ」
「この時期にになったら毎晩散歩してるのは、落ちたいからじゃないんだね」
どうやら、お見通しらしい。喜八郎のくせに、とは言わなかった。
お互い、楽しみにしていた月夜なのだ。口喧嘩なんて野暮なことをするより、他愛ない話で菓子を平らげる方が愉しいと互いが知っている。
なにせ、四年間この日を欠かしたことはないから。
私が何も言い返さないことに初めは驚愕し、そのあと、喜八郎は笑った。
「そんな滝ちゃんのために、来年は、この二倍の質を誇る蛸壺ちゃんを用意するよ」
「余計なお世話だ」
毎日顔を合わせているのに、この日を両方が大切にしているとは、なんだか馬鹿みたいで私も笑った。
今年の月も、例に劣らず美しい。
来年のこの日も、また、なお綺のように麗しく輝いているんだろうか。今から楽しみだった。
隣で、ぽかぁんと口を開けた同輩も、そう思っているに違いない。
錐ちゃんへ!
遅くなりました、4いです…時間がかかったわりに…すいません…見栄えのない出来ですが受け取ってやって下さい。
改めて、リクエストありがとうございました^^
下から、入らなかった、この話に至るまでの一年の時の4いの構想を。
この習慣?が始まったのは、滝が綾部の蛸壺に引っ掛かったのがきっかけ。なかなか見つからない場所で落ちたせいで、誰も助けてくれないし蛸壺は一年が掘ったと思えないほど深い。結局、穴から出られないまま夜になる。
ついには泣き出してしまった滝を、夜の穴掘りを開始していた綾部が発見。
「おやまぁ、自称学年一番の平滝夜叉丸が僕のターコちゃんの中で泣いてる」
「あ、あやべきはちろう!」
そして助けようとした綾部も落下。穴抜け用の縄も持っていなくて、途方に暮れる2人。どうしようかと見上げると、穴の入り口からは綺麗な真ん丸の月が空から切り取られたかのように輝いていた。見とれる2人。
精神的に弱ってた滝がポツリポツリと毎日の不安(いつまでもうまくいかない実技や、ついていけない委員会のこと)を話し出す。綾部はふざけながらも、ちゃんと聞いて遠回しに励ます。疲れが回った2人は、倒れるように眠りに落ちる。
結局、鍛練中だった三年生(潮江七松中在家)に助けられて一件落着。
その日から微妙に仲良しになった滝と綾部、という長い妄想でした。
ここまで読んで下さった方へ、ありがとうございました。