とりあえずその日はボンゴレ系列外のホテルに泊まった。生憎と一生遊んで暮らせるだけの金はあるのだ。高級職に就きながら、使う暇がなくて持て余されていた給料が積もり積もって利子までついている。この際暫くのんびりしよう。退屈になったら再就職先考えよう。いい男も見つけよう。あんなにずるずる関係を保とうとしていたわりに、今は不思議とすっきりしていた。捨てられる前に見放してやったという優越感があるからかもしれない。心の底からせいせいして、寧ろ気分がよかった。

しかしあれから元同僚達からのリターンコールが絶えない。


(ねえ、とにかく一旦帰ってきなさいよ。別れるにしても辞めるにしても、もっとちゃんとした形で終わらせないと)
(形も何も、向こうは出ていけと言いこっちは分かったと返した。そこでもうけりはついてるの。ちゃんと終わってるの)
(あーんもう!そんなに意地張らないで)
(意地なんか張ってない。せいせいしてる)
(…もう愛してないの?)
(愛してないというか、嫌いなの)
(嘘おっしゃい。子供の頃からの付き合いなんでしょう?そんなある日突然嫌いになれるわけないじゃない)
(それがなれたんだから不思議よね)


ルッスーリアはため息をつきながら電話を切った。

翌日はベルだった。


(お前早く帰れよ。一昨日からボスの機嫌悪くてマジおっかねーんだけど)
(そんなんいつもじゃん)
(お前が出てったせいでオレ達すげー大変なんだぜ。仕事が全部こっちに回ってきてさぁ、今隊員全員が端末相手にひーひーしてんの)
(それを私は一人でやってきたんだよ。それなのにベルはサボってくれてたよね。ツケが回ってきたんじゃん?いい気味ー)
(お前マジふざけんな。他人事みたいに言いやがって。つーかお前のせいだろ、ボスがいつも以上にご乱心なのは。なのに止めてくれるはずの誰かさんはいねーし)
(スクアーロがいるじゃん)
(あーあの人ね、お前引き止めるのに失敗して戻ってきた途端に半殺しにされた。さっきやっと意識戻ったよ)
(なら尚更戻りたくない。私に怒ってると知りながらのこのこ顔なんか出したら今度は私が殺される)
(んー。あれは怒ってるっつーか、)


ベルが何かを言いかけたけど、結局最後まで聞けなかった。
一人抜け駆けして書類整理をほうり出していたらしく、部下達が呼び戻しに来て「お願いですからお戻りください」「もうオレやだ活字見たくない」「しかしボスから言い渡された時刻までもう猶予がありません。もし間に合わなければ俺達みんな殺されてしまいます…!」「どうせ無理だってあんな量。できっこねーから諦めようぜ」「先程病室からスクアーロ隊長が戻られたので希望はあります!とにかくお戻りを!」とかなんとかいう会話が聞こえてきた。
駄々をこねながらもベルは部下達に強制的に連れていかれ、電話は切られた。

次の日はフランだった。
何故か電話の向こうはやかましく、ヴァリアー隊員達の悲鳴ややたら陶器類が壊れる音がした。


(宴会?)
(違いますー。怒りんぼのボスが暴れてる音ですー)
(大変だね)
(いい加減機嫌治して帰ってきてくださいよー。センパイいないと寂しいですー)
(可愛い事言ってもダメだから。あんた仕事増えるのが嫌なだけでしょ)
(チッ)
(おま、今舌打ちしただろ)
(…ボス…っ!お…をた…に!)
(お…つけぇ……ぐあっ!)
(あー。隊長がまた気を失った)
(あんた見てないで何とかしなよ。いい加減死人が出るよ)
(嫌ですよー。ボスの精神安定剤がない今は何やったって無駄でしょ。痛いだけですー)
(あいつクスリなんかやってないよ)
(もー。どうして分からないんですかねー。ボスにはセンパイがいないとダメなんですよー)
(んなわけないじゃん。私そんな影響力ないよ)
(センパイって頭いい癖にそういうとこ――いだっ!)
(お前傍観者気取ってんじゃねーよ。一人だけ無傷とかぜってー許さねーから)
(何すんだよこの堕王子地獄に堕ち、)


ブチッツーツーツー。

うん、ザンザスが暴れながら他の幹部をぼっこぼこにしている光景を一人遠巻きに眺めていたフランを、ベルが道連れにしたと見た。携帯は自ら切ったのかベルが壊したのか、はたまたザンザスに壊されたのか。神のみぞ知ることである。

とにかく欝陶しかったので、ヴァリアー関係者はみんな着信拒否と設定してしばらくは静かになった。しかしカッカしていた気持ちが大分落ち着いてきたある日の事。ホテルのプールを貸し切り、チェアに寝そべってうとうとしていたら久しぶりに携帯が鳴った。ディスプレイには知らない番号。
とりあえず出てみた。
レヴィだった。


(ボスに盾突くのも大概にしろ。この阿婆擦れ)
(死ねよブサメン)
(とにかく貴様が悪いのだ。貴様のせいでボスはひどくお加減が悪そうだ。おいたわしくて見ていられん…!この際仕方がない。貴様の事はは気にくわんが今すぐ戻って看病して差し上げろ!)
(あんた私を呼び戻そうとしてるの?喧嘩売ってんの?どっち?何が看病だよ。私はあいつのメイドじゃないっつーの)
(笑わせるな。いい年した貴様が猫耳ミニスカメイド服を着て絶対領域をちらつかせるなど反吐が出る)
(誰もそこまで言ってない)
(大体、貴様などがボスに相手にされるだけでも感謝しなければならないものを、自分だけを見てくれなければ嫌だと駄々をこねるなぞおこがましいにもほどがある!自分の顔をよく見てものを言え)
(お前が見ろ。そして落ち込め。っていうかいつ私が駄々をこねた?)
(あの方は常に正しいのだ。あの方のされることに間違いはない。つまり必然的に悪いのは貴様であり、俺にはそれで十分――)


話が長くなりそうなので通話を切って壁に携帯を投げ付けた。表面に傷がついた。ムカつく。
ええい忌ま忌ましい。奴にはプライベート用の携番は教えていなかったというのに、一体誰が許可なく教えやがったのか。あいつは話が通じないから好きじゃないのに。

それから何時間も鬼のように鳴る電話にうんざりし、電源を切って放置すること三日。すっかり機嫌がよくなり、暇だったので電源を入れて知り合いからのメールをチェックしていく中、一通のメールに目が止まる。
返信をするとすぐに返答が来た。電話だった。


「お疲れー」
「お前今どこにいやがる」
「聞いてどうするつもり?」
「連れ戻すに決まってんだろうがぁ」
「あのさぁ、もういい加減放っといてくれないかな。人が足りないなら新しい幹部補充すればいい話じゃん。なんなら私が見つけてきてあげようか。ザンザスのカスはどうでもいいけどスクアーロ大変でしょ」
「元凶のてめえが言うな」
「私じゃないし。悪いの向こうだし」
「まあお前の気持ちもわかる。今まで散々我慢してきたのも知ってる。寧ろ俺はよく耐えてきた方だと思うぜぇ」


こういう所が他の奴らとスクアーロの違いだと思う。こいつとは学生時代からの付き合いだが、あの頃からお互いザンザスの傍若無人さに忍の一字で耐えてきた、いわば同志だ。だから私はスクアーロと他の幹部には一線を画している部分がある。


「でもなぁ、あいつにはやっぱお前が必要なんだよ。わかってんだろぉ?」
「いや、わからないけど」
「はあぁ……あのなぁ。あいつがどうでもいい女を20年以上側に置いとくはずねえだろうがぁ。その時点でお前は特別なんだよ」
「悪いけどそんなん実感した覚えないから」


実際は8年ブランクがあるから10数年だ。しかしその間、あいつから愛情を感じさせられるような言葉を聞いた覚えはない。揺り篭を起こす結構前に「俺の女になれ」と言われて以来、わかりやすい態度を取られたことがない。今思えばあれも私の解釈違いだったのかな、と思えてしまう。あの時は浮かれて舞い上がっていたけど、実はただ単に自分の所有物になれ、もしくは俺の部下として一生付いてこいというニュアンスだったのかもしれない。わかりにくい。仕事の事ならあいつの考えてることも私に望んでいることもたいてい察しはつくが、こと恋愛関係に関しては、昔からあいつの思考形態はさっぱり読めなかった。
考えてみれば相当長い付き合いだ。それなのに未だ結婚話の一つも出ていないのだから、やはり私はその程度だったということ。
まあ元々あいつの関心が長続きすることに期待なんかしてなかった。一度でも選ばれたことに感謝しよう、例えすぐに飽きられても、ほんのつかの間夢を見られるならそれでいい…。なんて、自分でも健気だったなぁと思う。


「じゃあお前、一回今のザンザスの様子見てみろ。どうしようもねえくらい落ちてっぞ」
「嘘つけ。みんなに迷惑かけるくらい元気だったじゃん。あんた半殺しにされたんでしょ?」
「まさかお前が本当に出てくとは思わなかったんだよ。しかも何の音沙汰もねえし居場所もわからねぇ。このまま戻ってこなかったら…とか何とか考えてやけになってるだけだぁ」
「あんたどこぞのファミリーのお姫様みたいな能力でも持ってんの?ザンザスの心が読める代弁者ですか」
「長い付き合いだからわかる。加えて俺も男だからなぁ。あいつがなんであんな事してんのかも大体察しがつく」
「あんな事?」
「好きでもねぇ他所の女抱いてるだろぉ。ありゃお前への当て付けだ」
「はあ?当て付けってなによ。私そんな意地悪されるような事した覚えないんだけど」
「そうじゃねぇ。お前はなんも悪くねえが、少し冷めてやがる。そこが問題だな。あいつも素直になれねえだけで、本当はあんな事したいとは思っちゃいねえよ」
「なんか一人で納得してるとこ悪いんだけどさ。もっと端的にわかりやすく言ってくんないかな。スクアーロは全部理解してても私は無知だからね。そんな断片的な説明じゃ何が言いたいのかさっぱりわかんない」
「あ゛ーとにかく居場所を言え。迎えに行く。お前も俺と一緒なら帰りやすいだろぉ」


こいつは何か勘違いしている。私は別に「飛び出したのはいいものの本当はもう戻りたい、でもあんな事言った手前帰りづらいの」と悩んでるわけではない。意地でもプライドでもない。本当にヴァリアーなんかどうでもいいと思ってるだけだ。それがどうしてこいつを含め他の連中には分からないのか。


「スクアーロには悪いけど私もう本当に辞めるから。脱隊届け受け取ってくれるっていうなら居場所教えてあげる」
「なまえ!」
「じゃあ送るから受理してね。一応形式的にも切っとかないと他所のファミリーに入りたくても入れない」
「俺は絶対に受け取らねえぞ。ザンザスも認めねえはずだぁ」
「あっそう。じゃあもっと上の奴に受け取ってもらうからいいよ」
「な、なまえ待て!」
「ごめんね。あとはスクアーロ一人で頑張って。バイバイ」


強制的に電話を切った。
もう一つ、切らなければならない縁がある。

それからテーブルにつくこと数時間。真っ白だった紙面を文字で埋め尽くし封筒に入れると、化粧を直してスーツに着替える。未だ奴に殴られた顔の青い部分はファンデーションでごまかした。
コートを羽織り、ヒールをかつかつ鳴らしながらホテルをチェックアウトし、愛車で安全運転を心掛けながらボンゴレ本部まで快調に飛ばした。

ヴァリアーのボスが認めないなら、その上のボンゴレボスに認めさせればいいだけだ。


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