「よっ」
「ディーノ?」
「うん。久しぶりだな」


放課後のことである。何日も学校を休んでいたはずのディーノが大きなバイクに跨がって校門前を陣取っていた。まだまだ成長過程で背も幅も足りない彼に400tのヨーロピアンはまだ早いんじゃないだろうか。


「何してんの?」
「なまえのこと待ってたんだよ」
「なんで?」
「いやなんでって…オレ彼氏だよな?」
「うん」
「理由なんていらなくねえか?」
「携帯にも出ずメールも返さず、何の前触れもなく数日間彼女を放置するような彼氏だけどね」
「…ごめん」
「まあいいけど。どうせまたリボーンさんと修行にでも行ってたんでしょ?」


長袖を着てるから中はわからないけれど、見える限りの肌には傷やら絆創膏やら包帯やらをつけていて、なんというかもう全体的に痛々しい。とくに顔はひどい。


「修行…って言えば、そうかな。うん」
「とにかくそこ降りなよ。危ないよ」
「え?なんで」
「なんでって、うっかりアクセル回したら大変でしょ。すっ転げて怪我しちゃう」
「しねえよ」
「するよ。ディーノだもん」
「お前俺をなんだと思ってんだよ」
「へなちょこ」
「へなちょこって言うな!」
「そもそもなんでそんなものに乗ってるの」
「へへっ。かっこいいだろ?」


新品なんだぜ、と得意気に笑う。そんなぼろぼろの姿でドヤ顔されても全然格好よく見えないんだけどな。
まあでもバイク単品は格好いいと思うよ。さすがキャバッローネの御曹司、金を惜しまずいいものを選んだな。メタルブルーの装甲は陽光を受けてぴかぴかと輝いている。


「惜しむらくは乗り手がディーノであることか…」
「どういう意味だよ!」
「だって足ついてないじゃん」
「こ、これから成長するからいいんだよ!」
「乗れるの?」
「当たり前だろ。ここまで乗ってきたんだから」
「乗りこなせるの?」
「ばっちりだぜ」
「…ふーん」
「なんだよその明らかに信じてない目は」
「目は口ほどにものを言うってやつ」
「そうやっていつも俺をばかにしてるけど、今回はそうはいかないぜ。ほら乗れよ」
「……。は?」
「は、じゃねえよ。乗れって」
「どこに?」
「後ろ」
「ディーノの?」
「そう」
「なんで?」
「ドライブ」
「…ディーノが運転するの?」
「うん」
「やだ」
「なんでだよ!?」
「なんでもだよ。わたしまだ死にたくない」


ディーノが運転するバイクなんて冗談じゃない。この世でもっとも恐ろしい乗り物ランクベストスリーに入る勢いだ。ドジで弱くて失敗ばかりのこいつに命預けられるほどわたしは無謀ではない。とばっちりを受けて怪我をした経験は少なくないのだ。
しかしディーノは無駄にしつこい。粘り強いともいう。今回は大丈夫とかものすごく練習したから大丈夫とか絶対大丈夫とかやたら大丈夫を連呼強調してうるさい。よほど自信があるのだろう。あげく一途な忠犬のような瞳で「何かあってもオレが守るから!」とまで言われたらもう降参するしかない。へなちょこのくせにかっこいいこと言いやがって。なんだかんだ結局わたしはディーノには甘いのである。
ヘルメットを被って後部に座る。ため息をつくわたしとは反対にディーノは子どものようにうきうきしていた。何がそんなに嬉しいんだか。彼の両肩に手を置くと、ちがうちがう、と注意された。何が、と返すと、ディーノはわたしの両手を取って、ベルトを締めるように自分の腰に回させた。そして太陽のようにニカッと笑いかけてくる。


「白馬ならぬバイクの王子様ってか?」
「すんごいアホだけどね」
「可愛くないお姫様だなぁ」
「うるさい。さっさと行け」
「はいはい。仰せのままにいたしますよ」


かくて出発したディーノ号だったが、出だしからすってんころりんどんがらがっしゃん、という目も当てられないような事態にはならなかった。手順を間違えることなくエンジンをかけ、無事走り出しただけでも御の字なのに、ふらつくこともなく一直線に道を疾駆する。嘘だ。あのディーノがまさかそんな。カーブを曲がる際にわたしは身体を強張らせたが、ディーノは落ち着き払った態度で身体を傾かせ難なく角を曲がりきった。奇跡である。


「すごい!ミラクル!」
「な!だから言ったろ!?」
「うん!やるじゃん!ディーノのくせに!」
「くせには余計だっつの!」


エンジンや風の音に負けないような大声での会話である。もう一度すごいと言うとディーノはへへっと照れ笑いをした。
ヘルメットから零れでたディーノの金髪がきらきらと光っている。回した腕からディーノの体温を感じ、男の子の身体つきを感じた。女のわたしと違ってごつごつと固くて肩幅や背中が広い。見た目は細っこいくせにこうして近くで見て触ると案外しっかりしている。忘れかけていたけどやっぱり男の子なんだなぁと改めて思った。久しぶりにときめきみたいなものを感じたので、乙女心を発動して身体と身体の隙間がゼロになるくらいぎゅっとディーノの背にしがみついた。ディーノがうわっと声をあげる。


「わ、わ、やべ!」
「は!?え、なに!?」


安定していた走りが一気に崩れ、車体が急に左右にぶれだした。タイヤが耳障りな音を立てる。序盤の頼もしさはどこへやら、ディーノは本来振り回すはずのハンドルに振り回されてあたふたと慌てふためいている。


「うわあああ!どうすりゃいいんだよなまえー!!」
「知らないよおおお!ブレーキはぁ!?」
「さっきからやってんだけど効かねえんだよおおお!」
「おいいいいい!!」


やっぱりディーノはどこまでもディーノだった。乗るんじゃなかったと後悔しても今更だ。ブレーキの効かないバイクは全速力を保ったまま走り続けて、私たちは横に倒れないようにバランスを保つので精一杯だった。整備されていない道を走っていたのも悪かった。もともとでこぼこしていた道の、特に石の出っ張った部分にタイヤが乗り上がってしまい、バイクは勢いよく宙に駆け上がる。わたしたちは二人仲良く座席から放り出された。無重力と同時に感じた恐怖、上がればあとはもう落ちるのみだ。地面に衝突したときの痛みを先に予想してしまい寒気がした。そんなわたしの身体を誰かが空中で引き寄せる。ディーノである。一瞬目があったかと思うと、わたしはそのままディーノの胸に頭ごと抱きくるめられて視界が真っ暗になった。何も見えないままに身体は落下し、どすんという鈍い振動を感じた。でも痛みはない。地面とわたしの間でクッションの役割を果たしてくれたディーノのおかげで。


「…ディーノ?」
「…………」
「ディーノ!」
「……う、」


慌てて起き上がって彼を見る。二度目の呼びかけでうめき声が返ってきた。一度目に返事がなくて心臓が止まるかと思ったけど、どうやらうまく頭は避けたようだ。慎重に身体を触ってみたけど骨も折れていない。落ち方がよかったんだろう、せいぜいが打ち身程度だ。よかった。


「なまえ…大丈夫…?」
「わたしより自分の心配してよ」
「やだ…なまえの心配する」
「ばか」


いてて、と起き上がろうとする彼をまだだめだと押さえつける。頭の下に腕を差し込んで血が上らないようにすると、お互いの顔が近づいた。目が合うとディーノはしゅんとして顔をそらす。


「…ごめんな。結局またミスっちまった」
「いいよ。約束通り守ってくれたし」
「全然よくない。やっぱダメだなオレ。あんだけ練習したのに…」
「もしかして休んでた理由ってそれ?」
「…うん」
「なんでそこまで」
「なまえが言ったんじゃねえか」
「わたし?」
「ん。2ケツしてるカップル見て“いいなぁ”って」
「…言ったっけ?」
「言ったよ」


全然覚えてない。たぶん無意識で呟いたんだろう。たったそれだけのためにぼろぼろになってまで練習してくれたのか。おばかさんだなぁ。
わたしはたぶん、ディーノのこういう一直線さが好きなんだな。


「あーあ。格好悪ぃ」
「そんなことないよ」
「いいよ慰めてくれなくても」
「なに拗ねてんの」
「半分はなまえのせいなんだからな」
「は?なんでよ」
「急にくっついてきたりするから」
「密着が嫌なら最初から乗せなきゃいいじゃん」
「ひっでえ。なまえが羨ましがってたからオレはだな」
「うんそうだね。ありがと。格好良かったよ」
「…おう」
「途中までは」
「よいしょしてから落とすのやめろよ」


ディーノの前髪を上げて、絆創膏が貼ってあるおでこにごめんとありがとうの意をこめて唇を落とした。とたん、緊張したようにディーノの身体が固くなる。ほんのりと頬が赤くなってて、可愛いなぁなんて微笑ましく思っていたら、


「…口にも欲しい」
「調子のんな」
「いてっ」


結構ちゃっかりしている彼氏を、とりあえず叩いておいた。





へなちょこライダー
(H ・ R)





あれから何年か経った後のこと。へなちょこと呼ばれていたディーノはいつしか跳ね馬という通り名で呼ばれていた。昔を知るわたしとしては信じられないくらいのビフォーアフターぶりを見せた彼は、今では立派にキャバッローネファミリーのボスを務めている。バイクに跨がったままちゃんと地面に足もつくようになった。


「でさぁ、冒険するつもりで行ってみたら、これがすっげー穴場でさ。景色はいいのに人は全然いなくて、これはもうなまえと来るっきゃないと思って」
「それはいいけど、まだ仕事中なんじゃないの?」
「息抜き、息抜き」
「またロマーリオさんに怒られるよ」
「いいだろ先のことは。ほら早く乗れって」
「ちっともよくない。わたしも怒られるんだよ。一応あっちのが上司だし」
「大丈夫。オレはそのまた上の上司だぜ」
「じゃあボス命令で無理やり連れていかれたって言うから」
「いいぜ。その代わり今日のなまえの時間は全部オレのもんな」
「泊まりがけ?」
「おう。もうホテルも予約してんだぜ。夜はまた別のお楽しみってことでな」
「言うようになったねぇ。背中にしがみついただけでコケてたくせに」
「ハハハ!懐かしいなぁ」
「(…成長したなぁ)」

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