私の彼氏はとても素敵な人です。さらっさらの黒髪に切れ長の瞳。口や鼻や眉などのあらゆるパーツ、それらをくくる頬のラインに至るまで、すべてが完璧に整っている見目麗しい美少年なのです。その上頭もよく責任感も強い。並盛の秩序のために日夜身を削って戦う彼はまさにみんなの守護神です。私にとっても神様です。そんな彼とお付き合いができている私はとても恵まれている。一大決心ののちに告白して、あろうことかオーケーをいただいたときはもう、それはもう、天にも昇る心地でありました。
けれどもそんな彼にも、なんというかその、唯一の欠点というか、改善点というか、“こうしてほしいなぁ”とちょっとだけ望むところがありまして。私のような分際が神様にそんなことを申しあげるなどおこがましいとも思うのですけれども、本当に、ささやかなお願いが一つだけあるのです。それというのも、彼は愛情表現とやらをまったくしてくださらないのです。きっと性格上苦手なのだと思います。今時のちゃらちゃらした男子生徒と違って真面目なお方ですから、中学生らしい清いお付き合いを心がけているのだと思います。その精神はとても立派だと思いますがやはり、なんというかこう、ちょっと真面目すぎるのではと思うのです。
私は未だに彼と1日1時間以上過ごしたことはございません。いつも会うのは朝と昼と放課後、場所は決まって応接室。朝はおはようございますの挨拶に、お昼は休憩時間をおそれ多くもご一緒させていただき、放課後はさようならの挨拶に赴く。それだけです。一緒に帰るべく待とうとしても、「邪魔だから帰って」と言われてしまいます。きっと私を待たせてはいけないと思い、あえて冷たく突き放していらっしゃるのでしょう。そのお心遣いは尊いのですが、雲雀さんは万事私への応対がこんな感じでして、毎日毎日つっけんどんな態度を取られますとさすがのわたしも『本当に彼女なのかしら…』と疑ってしまいます。その他、二人で外出したことも、手を繋いだことも、ましてやキキキキキスなんて論外です。付き合ってからこちら甘い雰囲気になったことがない。コーヒーで例えるなら、彼はいつも微々々々々々々糖なのでした。これではもはや無糖です。せめて微々糖、いや微糖、いやいや贅沢を言わせていただけるのなら糖がほしい。糖をください。ぜひとも甘くしていただきたい
。恋する女の子なら、誰だってそう願うと思うのです。
どうしたらいいものかと考えあぐね、藁にもすがる思いで雑誌を買い漁ってみました。毎晩こっそり恋愛特集のページを読みふけり、男女のいろはを学習します。正直寝不足になりましたが、これも雲雀さんと糖分のためと思えばへっちゃらです。恋する女の子は大変です。
1週間かけて読破したのち、私が参考にしようと思ったのは『押してダメなら引いてみな』というフレーズでした。理由は短くてわかりやすいからです。というわけで、早速実行してみたわけですが。


「雲雀さん」
「なに」
「別れてください」
「いいよ」
「ちょっ」


即答、即答です。なんの未練もためらいもなく、一瞬にして私との縁を断ち切ってしまわれたのですがこれはどういうことでしょう。私はてっきり「待って。いきなりどうしたのそんなこと言わないで。僕が悪かったなら謝るよだから考えて直してくれないか」云々と、慌てる雲雀さんを期待していたのですけれども、なぜだか私が慌てる側に立ってしまっているわけで。


「待って、お待ちになって!ちっともよくありません。どうか別れるなんて言わないで」
「君が言い出したんだよ」
「ごめんなさい。本当にごめんなさい。ほんの出来心だったんです。私が悪うございました。だからどうか捨てないでください」
「必死だね」
「お願いしますうううう」
「どうして急にそんなこと言い出したの」


書類から目を離さずに雲雀さんは問われました。
そうですね、もっともな疑問です。ですが話せばあまりにも長く、忙しい雲雀さんのお手を煩わせてしまいます。なので私は、過程を大幅に削って簡潔に答えました。


「糖がほしかったんです」
「意味がわからない」
「そこをなんとかご理解ください」
「無茶言うね」
「雲雀さんならできるって私信じてますから」
「その台詞は使う場面が違うと思うよ」
「場面など関係ありません。私はいついかなるときもあなたを信じていますから!」
「拳を握りながら力説されてもね」


結局、話が通じない私を雲雀さんは『疲れている』と解釈されました。それと先ほどの糖分発言をからめて、イコール『疲れているから糖分が必要』という結論に至ったらしく。
草壁さんが用意していたコーヒーの、ソーサーにちょこんとおまけされていたシュガースティックを「はい」と渡してくださったのでした。


「あの、雲雀さん…」
「砂糖」
「はい、ええ、まあそうなんですが…」
「これでいいね」
「いえ、あの…」


全然よくねえ。
そう思った矢先、無情にも、お昼休み終了の合図がキンコンカンコンと鳴りました。強制終了。弁解の余地なくシャットダウンです。しかも追い討ちをかけるように、雲雀さんはこんなことを仰います。


「今日の放課後は来なくていいよ」
「なんと!?」
「見回りで留守にするから」


おおなんという。あまりにも思い通りにならない現実に、よよよと泣き崩れそうになりました。しかし雲雀さんの億劫そうな欠伸を見て、しばし考えを改めます。彼の目許にはうっすらと隈ができていました。きっと連日公務に追われ、ろくに寝ていないのでしょう。そういえば、最近並盛町では交通事故が多発していて、風紀委員会は常より見回りを強化しているのだとかなんとか。委員長である雲雀さんは彼らを束ねるため、私達市民の安全を守るため、睡眠時間を犠牲にしていらっしゃるのですね。おいたわしい!そんなこともわからず我が儘ばかり言っていた自分が恥ずかしいです。ああ私のばか!これでは彼女失格です。というわけで考えを改めまして、日本の妻を代表するかのように、今回は貞淑に雲雀さんのもとを辞したわけですけれども、やはり寂しいと思うのは致し方のないことでありまして。

午後の授業も呆気なく終わり、雲雀さんのご尊顔を拝めないままとぼとぼと帰り道につきました。充電ができなかったせいで、もれなく口から魂が抜けようとしておりましたが、前方に気になる人物が見えたので慌てて魂をするするとおさめます。


「六道骸さん」
「おや?…失礼ですが、前にもお会いしたことがありましたか?」
「いいえ。でも雲雀さんからお話を伺っておりましたので、一目でわかってしまいました」
「なるほど。貴女は雲雀恭弥のお知り合いですか」
「はい。おそれ多くもお付き合いをさせていただいております」
「…ほう?」


六道骸さんは不思議そうに首を傾げられました。


「初耳です。彼に特定の女子が居たとは」
「いいえそんな。誰もが知る驚きの事実です。きっと世界中の人々が知っているはずです」
「世界はどうか知りませんが、少なくとも隣町の僕は知りませんでしたね」


そんな…!雲雀さんほどの大物なら、彼女がいるだけで大変なスキャンダルになるはずだと思っていました。私はいつパパラッチが自宅の前に群がるのかと毎日危惧しておりましたのに。


「貴女はなんというか、ずいぶん変わった人ですね」
「恐れ入ります」
「雲雀恭弥も変わり者ですから、案外お似合いでしょう」
「六道さんもお噂通りの方ですね。雲雀さんからそのお人柄はかねがね」
「そうですか。例えば?」
「本当に頭に雑草が生えているんですね」
「クフフ。これはファッションですよ」
「そうなんですか?でも雲雀さんは…」
「雲雀恭弥には唯一弱点がある。それは美的センスの無さです。特にファッションに関してはてんでお話になりませんね」
「そんなことありません!彼は完璧な人です!」
「ではなぜ、彼はいつも制服姿なのですか?私服姿を見たことはありますか?」
「はっ…言われてみれば」
「ないでしょう。それは彼が自分の私服姿に自信がないからです。彼はプライドが高い。だから自分の欠点を公にしたくなくて、あえて毎日制服で通しているのです。それもアレンジ次第でセンスが問われるブレザーは避け、旧時代の学ランで」


私の頭に粋のよい雷が落ちました。六道さんの仰ることはいちいち理に適っています。
そうか、そうだったのですか。雲雀さんはセンスがないことを気にしていらっしゃるのですか。こうしてはいられない。


「どちらへ?」
「本屋へ!ファッション誌を買わなければ!」


そしてお勉強しなければ。私が雲雀さんのセンスとなるために…!
待っていてくださいね雲雀さん、すぐに流行とやらをマスターして、貴方を六道さんに負けないくらいの最先端ボーイにしてみせますから!

ああ、これでまた寝不足の日々が続くのでしょう。ですが雲雀さんの為ならそんなことはへっちゃらです。恋する女の子は強いのです。
「それでは彼によろしく」と言う六道さんとの別れもそこそこに、私は並盛町一大きな書店目指してまっしぐらです。それはもうまさに疾風のごとくというやつです。途中人にぶつかり、電柱にぶつかり、看板にぶつかりながらも走ります。あちこち打ち身だらけになりましたが、それでもめげずに私は走り続けました。今日の私は一味違います。違うつもりですけれど、さすがの私でも、トラックにぶつかれば普通の人間らしく吹き飛ばされてしまうわけでして。


「きゃあああ!」
「ひ、人が跳ねられた!誰か救急車!」
「おいきみ!大丈夫か!?おい!!」


親切な人達が私のもとへ駆け寄ってきてくださる。道路で倒れている私には彼らの足しか見えません。そして目的地である本屋さんの自動ドアも。
あとほんの十歩、たった十歩の距離だったのに。なんたる無念…!

うつ伏せで本屋さんに手を伸ばしながら、私はゆっくりと意識を手放していったのでした。



なんだかずっと闇の中でまどろんでいたような心地がします。泥のように柔らかく、生温かな闇の中に身を横たえていたような。全身から一本残らず神経を引っこ抜いたように、視覚も聴覚もその他あらゆる感覚が失われていました。
しかしどこからかポッ、ポッ、ポッ…という、一定のリズムを刻む無機質な音がこだまのように響いてきます。はて、この音はなんでしょう。その疑問をきっかけに、混沌にのまれていた私の意識や感覚は、段々と秩序を取り戻していきます。
浮上するように意識を取り戻してまず真っ先に見たのは、網膜を痛いくらい刺激する白い光でした。あまりの眩しさに直視できず、何度もまばたきをして少しずつ明るさに慣らしていく。やっと視力が落ち着いてまともに物を見ることができるようになったとき、思い出したように全身が痛み始めました。
いたた、いたい、なんでしょうこの痛み。泣きたくなるくらい痛いのですが。というかここはどこで私は何をしているのか。あまりにも刺激的な激痛に身を悶えたいところでしたが、どうやら私の身体は何かの器具に固定されているようで身動きが取れません。
そこでようやく、自分が病院のベッドの上に横たわっているのだと気づきます。そして痛覚の他にもう一つ、左手がなにかの温もりに包まれていることも。


「雲雀さん…?」


簡素なパイプ椅子に座って項垂れていたのはまさしくその人で。
顔は見えないけれど、あのさらっさらな黒髪はまごうことなき雲雀さんのものです。私が彼を身間違えるはずがない。
私の手を両手で包むように握っていた雲雀さんは、私が御名前を呼ぶと、ゆっくりと顔を上げられました。


「…あと1時間で眼を覚まさなければ、永遠に眠らせようと思っていたところだよ」
「そんな」
「冗談だよ。半分ね」


全然冗談に聞こえない声音だったんですけれども。本人も半分と言っちゃってますしね。つまりもう半分は本気だったということですよね。


「あの、雲雀さん…もしかして怒ってらっしゃいます?」
「うん」
「交通事故率を上げたから…?」
「ちがう。きみの頭の悪さ加減に」


えええええ。否定はしませんけれどもなにゆえ今このようなときにそこを指摘なさるのでしょう。普通こういうときは「無事でよかった…!」と涙ながらに感動してくれるはずなのでは。


「賢くないとは思っていたけど、まさかこうも頭がからっぽだとはね」
「面目ありません…」
「六道の冗談にひっかかって車に牽かれるなんて最悪すぎる」
「冗談!?」
「あたりまえでしょ」


どうやら六道氏は、どこかからか事故の噂をききつけてこの病室まで来たらしい。「まさかこんなことになるとはねぇ」と世間話の他人事のように経緯を語った彼を、雲雀さんは半殺しの刑に処して帰らせたそうです。


「だいたい僕は学校でしかきみと会ってない。いつも制服なのは当たり前だよ」
「はっ…言われてみれば」
「なにが一番腹立つって、そんな六道の与太話をきみが信じたことさ」
「そうですね。そういえば雲雀さん」
「流すな」
「さっきから左手に生温かい人肌の感触を感じているのですが、これはもしかしてもしかするといわゆるその」


包んでくれている雲雀さんの手をきゅっと握り返すと、雲雀さんはいつも以上の無表情でおっしゃいました。


「嫌なら離すよ」
「いいいいいやだなんてとんでもない。ぜひそのままで!というかもう一生離さないでください!」


興奮もあらわに言いました。きっと身体の自由がきいていたなら、魚のようにびったんびったん跳ねていたに違いないくらいの勢いです。そんな私のどこが面白かったのか、雲雀さんは呆れた感も混じらせながらくすりと、確かにくすりと微笑んだのでした。
胸がずっきゅんと撃たれたような衝撃。雲雀さんが笑っていらっしゃる…!おお今日はなんという良き日でしょう。事故にあったのは不運と不注意のたまものですが、まさか雲雀さんと!念願の!手を繋ぐことができるなんて!
相変わらずのツンケンぶりですが、それでも今日の雲雀さんにはいつにないくらいの甘さを感じます。というかそもそも私が事故にあったと聞いて駆けつけてくださったり、原因の六道さんをフルボッコにしてくださってるということはこれつまり愛。愛なのですね。愛以外考えられない。彼は確かに私を愛してくださっている。例え全身包帯ぐるぐる巻きにされた結果とはいえ、この怪我の功名に勝るものはございません。
ああ、やっぱり雲雀さんは無敵に素敵です。



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