※現パロ歳の差 続きもの


ハロウィンが終わってまだ間もないというのに街は次第にクリスマスを意識し始め、百貨店もモールも商店街も変わり身早くグッズを売り始める。仕事終わり、晩ごはんの買い出しついでにお店を回って飾りつけに使えそうなモノを物色した。個人的にクリスマスは大好きだ。付き合いが古くなって毎年のイベントが珍しくなくなってきたのと、社会人になってお互い忙しいせいもあって恋人とは近年ゆっくり過ごせないでいるけれども無駄にキラキラして浮かれた街を歩くだけでも気分が上がる。一通り買い物を終えると再び職場に戻った。明日は定休日だけど今夜はカットの練習のために泊まりこむつもりで店長にも許可をとってある。コンビニで買ったあつあつのおでんを楽しみに美容院まで戻ると、店の植え込みの前で黒い影がうずくまっていた。



「あの……大丈夫ですか?」



道の端でいまにも倒れそうな人を屈んで覗き込む。もう夜も遅いというのにどう見ても未成年の男の子が、口元に手を当てて胸を押さえていた。見たことない顔、うちの客ではなさそう。もう一度声をかけると相手は答える余裕なく、うめき声をあげて胃の中のものをその場で吐き出して。これはいかんと慌てて店に入ってタオルをとってきた。少年の口許に差し出すと手を弾かれる。



「……いらねー。あっち行けよ」

「あっちて言われても、ここ私の職場。店の前で子どもに倒れられても困るし」



本音をはっきり物申してしまうのは好意を拒否されたからではなくただの性格だ。相手は汚れた口許を拭いながら「退けばいいんだろ」と言って立ち上がるがどう見ても強がりで、案の定腰が上がらずふらついたのを慌てて支えた。華奢に見えるがわたしよりは背丈がある男の子の着ている学ランはこの近辺の学校のものではない。よく見ると顔はあちこち痣だらけ、唇は切れて出血してるし。



「喧嘩?」

「関係ねーだろ」

「お家の人と連絡取れる?」

「ムリ」

「家の電話番号は?」

「なんで教えなきゃいけないの」

「じゃあ救急車呼ぼうか。あと警察に……」



これは通りがかりの大人として適切な判断だと思う。が、携帯を取り出すとフラフラのくせにどこにそんな力があるのかというくらいの勢いで胸倉を捕まれた。



「したら殺す」

「でも、きみ未成年でしょ?」

「関係ない。とにかく家や警察呼んだらあんたのこと殺すから」

「…………」



口角の下がった口許に頑固っていうより大人の言いなりにならない絶対のプライドみたいなものを感じて、あーこの子死んでも言うこときかないなって思った。かといって放り投げるのも人として。誰かに相談したかったけど携帯つついたら勘違いされそうだし、仕方なく腕を引っ張って店の中に引きずり込んだ。




「救急箱とってくるからそこ座ってて」

「……あんた、なんなの?」

「きみこそなんなの。名前は?」

「言わねーよ。知らない大人に」

「じゃあ私も、知らない子には名乗らない」

「…………」



諦めたのか面倒くさくなったのか少年はそれ以上何も言わず、救急箱をとって戻ると案外素直にソファに座ってた。素人なので消毒と絆創膏くらいしかできないけど一応やれるだけはやった。頬の内出血がひどくて見るからに痛々しい様だけど肌は綺麗だしもとは随分整った顔立ちをしている。せっかくイケメンなのに殴られてボロボロになるとか大損じゃないか。膝立ちになって髪をめくりながら頭部に出血がないかも確認しておく。うん、頭は打ってなさそうだな。腰を下ろして箱を閉じた。



「よし、これで気が済んだ」

「は?」

「もう行っていいよ」

「意味わかんねーんだけど」

「だって親にも公共機関にも連絡するなっていうから。でも放っとけないじゃん。とりあえず手当てだけでもできたから私は満足した。これ以上できることは何もないからもう好きにしていいよ」

「…………」

「そもそも動くのがしんどいなら、ここで少し休んでいってもいいけど。どうせ私一晩ここにいるから」

「で?」

「で、って?」

「あんたに何の得があんの?」

「得?」

「オレに見返り求めないわけ?」

「お礼言ってくれるの?」

「言わねーけど」

「じゃあお金?いらないよ」

「持ってねーし」

「あ、そう」

「でも態度で示すくらいはできる」

「どうやって?」



一体この子は何が言いたいのだろうと、本気で見当つかなくて問い返すと赤の他人の境界線を軽く越えるほど急接近されてビビった。なめらかにソファの上に押し倒されてしまいってちょっと待て待て待て待て!!



「なにやってんの!?」

「なにって、しねーの?」

「なにを!?」

「それオレに言わせる?」

「いやいやいや!待ってくれ、何か誤解があると思うんだ」

「誤解?」



少年はふざけているわけでもなく至って正気、本気で首を傾げていた。



「大人の女がオレを助けてくれんのって、セックスしたいからじゃねーの?」

「…………」



あーなるほど。今までそういう……なるほどなぁ。この子のことはまったく知らないけどその短い人生を一部垣間見たような気がした。どんな大人と接してきたのかも。相手の胸元に手を当ててゆっくりと起き上がると一定の距離を保って少年の体ももとの座位姿勢に戻っていく。



「そういうのは求めてないから」

「じゃあどういうの?」

「べつに何もいらないし」

「ただの親切ってやつ?オレそういうの一番虫唾が走る」

「知ったこっちゃないよ。私の勝手でしたことだし、それをきみがどう思おうときみの勝手」

「…………。あんた、オレが会ったことないタイプの大人だわ」

「逆に子どもにセックス求める大人にばっか会ってるってどうなの?」

「つかさあ、よく道端の不良に声かけられるね?普通スルーするじゃん」

「へえ、不良なんだ」

「オレのこと怖くないわけ?」

「なんで?私そんな人見知りじゃないし」

「オレよく他人から怖いとか気味悪いとか言われんだよね」

「喧嘩ばっかしてるからじゃないの」

「それは否定しねーけど」

「もっとおっかない不良を知ってるから、たいていの人間は怖いとか思わない」



箱を持って立ち上がると、物珍しい生き物を見るような視線が追っかけてくる。



「……ねえ、あんたが本当に親切ならさ」

「なに?」

「今晩ここにいてもいい?」



甘えるというより交渉してくるような子どもの目を見返してちょっと考えた。ここは家に帰りなさいと送り出すのがベスト、こっちは助けるつもりでも見ず知らずの子どもを一晩泊めたら下手すりゃ犯罪者扱いされる。私の保身を見抜いたのか少年は先回りして情報を補足してきた。



「一応言っとくけど、バカ息子が帰ってこないからって心配するような両親じゃないし、誘拐だなんだってあんたを訴えるようなこともしないよ」

「うーん」

「オレが家に帰らないのなんてしょっちゅう、つか帰る方が珍しいし、親はどっちもオレに興味ねーから」

「なんで帰らないの?」

「帰りたくないから」

「理由聞いてもいい?」

「あんま言いたくない。どうしてもってんなら仕方なく話すけど」



愛の醒めた、もしくは最初から存在しない夫婦の間にいる愛されていない子ども。珍しくない、よくある話。かくいう自分もそうだったから。本当はよくないんだろうけどもうなんか面倒くさくなってきたからまあいっかーって熟慮を放り投げた私は大人失格かもしれない。



「じゃあ、ラーメン食べに行こう」

「じゃあってどゆこと?」

「いいじゃん。食べたくなった。寒いし」

「あんた突拍子ないよね」

「一人でコンビニ飯食べる気分じゃなくなったんだよ」

「いいけどオレ金ないよ」

「そこは奢りますとも。大人ですから」



美容院のドアを開けるとアンティークもののベルがからからとくぐもった音で鳴る。少年は「こんな大人見たことない」とさっきとよく似た台詞をごちて、寒さに首をすくめながら私の三歩後ろをついてきた。



「ね、戻ったらさ、ちょっとシャンプーさせてよ。きみの髪さらさらしててすごい綺麗。触りたい」

「軽く変態発言じゃね?」

「ごめんね髪フェチなもんで。あとカットの練習も付き合って」

「あんた美容師になって何年?」

「まだ一年経ってない」

「客の髪切ったことは?」

「ない。切らせてもらえるのは三年目から」

「ヤダ。ぜってー下手じゃん」

「やる気なら人一倍あるから」

「なあ美容師って技術職だよな?」

「やる気なら人一倍あるから!!」

「……マジでこんな大人初めてなんだけど」



2019/12/28
ベルの誕生日にもクリスマスにも間に合わなかった懺悔をここに
続きます

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