スクアーロが任務に向かってはや一週間。彼はヴァリアーでも高いポジションにいるにも関わらずかなり扱いがひどかった。しかし真面目な話、カスだクソだと罵られている彼がいないとヴァリアーが成り立たないのは純然たる事実である。


「ししっ、だっせー」
「同感ですー」
「うるさい」
「ボスへの忠誠心が足らんからこうなるのだ」
「これは忠誠心がどうとかいう問題じゃねーだろ。そもそもあんたらがちゃんと教えといてくれないから、」
「うわー責任転嫁ですか。みっともないですねーセンパイ何年幹部やってるんですー?」
「お前が言うなよ!っつーかお前が原因だろ!お前がちゃんと戦わないからこっちに被害がきたんだろ!」
「はいはい、そこまでね。怪我人なんだから大人しくしなきゃダメよ」


長期任務から帰ったらいつの間にか新しい仲間が増えていた。スクアーロ自らスカウトに赴いたという新人幹部のカエルことフラン。帰った途端彼と新しい任務に行けって、冗談だろこっちは何日も寝てなくてやっと休めると思ったのにィイって心の中で叫んだけど口には出さなかった。正確には出せなかった。だって相手がボスだもん言えるわけない。休みをくれ!とか給料上げろ!とかいつもは仕事しないくせに!とか不満も色々あるけど口が裂けても言えない。だってボスだもん。揺り篭とかリング争奪とか、ああいう重大でヴァリアーの存続にも関わっちゃうような作戦の方針はボスが決めるけど、普段のミッションはすべてスクアーロに一任している、と言えば聞こえはいいが要は押し付けである。他の幹部もやりたがらず見てみぬフリで、お陰でスクアーロは組織運営や作戦指揮という大まかな事から、隊員に支給される物品や果てはボスの飲食料の補給面まで担当して、よく身体壊さないよなぁと思うくらい働いている。
そんなスクアーロはわたしとすれ違いで遠くに行っており、わたしにはボスから直々に出動命令。でもそれが「今からこいつとどこそこへ行け」という簡潔過ぎて逆にわからない内容だった。せめて目的語を入れてくれよって思ったけどそれも飲み込んだ。元来寡黙なボスは必要以上に喋らない、それ以上言わないのなら言う必要がないということだ。だから素直にさ、眠気とか疲れとかをさ、我慢して行ったのにさ!任務地でまともに戦おうとしない新人庇って大怪我するなんてさ!しかもその新人はどんなに攻撃されても死なない身体でしたとかさァ!


「バカバカしくて涙出てくる…」
「自分のあほらしさに?」
「もうベル帰っててくれないかな。あんた見舞いに来てくれたんじゃないの?それとも馬鹿にしに来たの?」
「9割が笑いで1割が暇潰しかな」
「よーし今すぐ死んでくれ」
「ししっ、寝たきり役立たずに睨まれたって全然怖くねーから」
「っていうかさ、やっぱおかしいようちは。普通申し送りとかさ、必要な情報は下に提供するだろ」
「フランが不死身っつーのが必要な情報なわけ?」
「少なくともわたしは必要だよ」
「血も涙もないヴァリアー隊員のくせに仲間想いって、センパイここ向いてないんじゃないんですかー?」
「昨日今日入って来たばかりのぺーぺーにそんなこと言われる筋合いないんですけど」


生意気な後輩に言い返すけど本当はすごく心に突き刺さる。しょうがないんだよ。身体が勝手に動くんだよ。それで毎度毎度病院送りにされてちゃ世話ないけどね。
見舞いという名の冷やかし連中を追い返して、頭を枕に沈めた。静かになると余計ナーバスになる。やっぱり向いてなのかな。ヴァリアー辞めてボンゴレ本部に移動しようか。気風的に門外顧問グループとかキャバッローネの方が性に合ってる気がする。そんなことを前に冗談で言ってみたら、ディーノはいつでも来いよと言ってくれた。あれから何度入退院を繰り返したことか。それでもわたしはまだヴァリアーを辞められないでいる。
一時は死にかけたほどの重体は、完治にまだまだ時間がかかりそう。ああ痛い。全身が痛い。リハビリもきついんだろうなぁ…なんて考えているうちに、いつの間にか眠ってしまっていた。どれだけ経ったか、段々と現に戻りかけていくまどろみの中で、誰かが髪を優しく撫でている事に気付いた。


「…スクアーロ」
「起こしたかぁ」
「おかえり」
「あ゛あ」


任務から帰って真っすぐ来てくれたのか。汗と埃まみれのコート姿のままだったけど、相変わらず無傷の彼は深い深いため息を一つ。


「お前よぉ、そのしょっちゅう怪我する癖はなんとかならねえのか。俺はいつも帰って来る度に心臓が止まりそうになるぜぇ」
「ごめんね」
「いや、俺も悪かった。お前にはちゃんと言っとかねえとまたこうなるって分かってたんだが、どうしても行かなきゃならなくなってなぁ」
「うん」
「ボスにちゃんと伝えろっつったのに…」
「また何か投げられた?」
「そんなとこだぁ」
「怪我してない?」
「人の事より自分の心配しろぉ」


くしゃくしゃと、今度は少し乱暴に撫でられる。
やっぱりわたしはヴァリアーには向いていないのかも。みんなはスクアーロがボスにどんな扱いをされても、ああまただって平然としてるけど、わたしは心配で心配でしょうがない。スクアーロが過労死してもおかしくない仕事量を与えられても、みんなはまあスクアーロだからって気にしないけど、わたしは彼が倒れてしまうんじゃないかって心配で、何十分の一かでも負担を減らすべく仕事の一部を引き受ける。
とどのつまり、わたしが何度死にかけようが周りから呆れられようが、ここでせっせと身を危険に曝すのはスクアーロの存在が果てしなく大きいわけで。


「…なぁ、もういっそのこと辞めちまってもいいんだぜぇ。新しい奴も入ったことだしよぉ」
「フランはマーモンの後任でしょ。これでやっとプラマイゼロじゃん。また幹部が減ったら多忙ヴァリアーに逆戻りだよ」
「そのお前は入院だろうが。結局同じじゃねえかぁ」
「ここでもできることはあるよ。書類仕事回して。幸い両手は無事だから」


またもや深いため息。ああ、スクアーロにまで呆れられた。そりゃそうだよね。任務行くたびに怪我して、これじゃ役に立つどころか迷惑だよね。それでもスクアーロの側にいたいわたしにはこうするしかないんだよって言いたかったけどやめた。重い女だと思われたくなかった。
でもわたしはよっぽど足手まといらしい。仕舞いにはスクアーロがこんな事まで言い出した。


「冗談抜きで、真面目に転職考えろ」
「…なにそれ。いくら恋人でもわたしの職種をあれこれ指図しないでほしい」
「恋人でもあり上司でもある。お前は本気で向いてねぇ」
「そんなの今更じゃん。それでも今まで生きてこられたし、任務を失敗したことも途中で放り出したこともないよ。…その後に死にかけるけど」
「これからもちゃんと生きていられるっつー保証がねぇ」
「じゃあ辞めてどうしろっていうの?他所へ行けって?それともマフィア自体辞めて表世界で真っ当に生きていけって?」
「例えば俺の嫁とか」
「あっそうスクアーロのよめ、…え?」


びっくりしすぎて勢いよく起き上がろうとしたら全身に激痛が走った。めっさ痛くて涙がでたけど、今はそれよりもっと泣きたい事柄がある。


「いったァア!…っ、ねえ、今なんて言った?」
「馬鹿かぁ!急に動くんじゃねぇ」
「違うでしょ!そんな事言ってないでしょ!」
「二度は言わねぇ」
「言え」
「んなことより早く治して退職願書け」
「もう一回言ってくれるまで絶対書かない」
「んなことより早く治して退職願書け」
「そっちじゃねえよ!さりげなく退職を強調すんな!」


言え言うかじゃあ辞めないいいや辞めろって病室でぎゃあぎゃあ騒いでいたらドクターがすっ飛んできて、病院で騒がないでくださいと二人して怒られた。いい年した大人二人が静かにしなさいと怒られるのはとても残念な図である。
次の日、退職届と婚姻届けの両方を持ってきたスクアーロは、未だ退職を渋るわたしの唇を強引に奪って、愛してるから仕事を辞めてその命を俺のためだけに捧げてくれとか言うもんだから、わたしは感動に流されるままサインすることになったのだった。





Pardon?

by アネモネ


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