結局浴衣は着ていくことにした。おかげで履き慣れない下駄で黒曜までとことこ歩く羽目になり、足は痛いわ時間はかかるわでちょっと後悔した。しかし待ち合わせ場所で骸さんを見つけるとそれらは全部吹っ飛んだ。だだだだだだって骸さんも浴衣を着てるから!ちょうかっこいいっていうか笑いかけてきたうわあああ!


「遅れてすみませんでした」
「平気ですよ。今来たところですから」
「遅えんだよ、つかおめーが来るとか聞いてな、ぎゃ、ほげ!」


台詞の途中だった城島君は骸さんが笑顔のまま繰り出したパンチによりひっくり返った。その名の通り犬のようにきゃいんきゃいんと地べたで悶絶している城島君は残念なのか可哀想なのか可愛いのかよくわからない。そんな彼を無視し、骸さんは微笑をたたえたまま行きましょうかと促してくる。柿本君は眼鏡の位置を直しながらため息をつくのみ。もしかしていつもこうなんだろうか。つか骸さん強えな。


「何か食べたいものはありますか」
「俺たこ焼き食いたいれす!」
「お前には聞いていません」
「今日の骸さんいつにも増して冷たいびょん!」
「…犬、空気読もう」
「ばかじゃねえの柿ピー。空気は吸うもんだし。ばかじゃねえの」
「馬鹿はお前だよ」
「んだともっぺん言ってみろ」
「馬鹿はお前だよ」
「言い直してんじゃねえびょん!」


後ろで二人がやいやいと口論を始めたがやはりそれもいつものことらしい。骸さんはまったく気にもせず、後ろを振り向きもせず、適当に見つけた露店で綿飴を2つ買って1つをわたしにくれた。


「あの、お金」
「結構です」
「いやでも」
「こういう時は遠慮なく男に払わせるものですよ」
「…いただきます」
「どうぞ」


いろんな意味で甘い綿飴になってしまった。こういうことには慣れていなくて、いちいちどう返していいかわからない。どういう反応が普通なのだろう。つくづく兄が恨めしい。とりあえず骸さん達が映らないようにドアップの綿飴を写メって兄に送っておいた。

時間はあっという間に過ぎた。城島君はよく食べたし柿本君はよく遊んだ。後者はゲームが好きらしく、射的や輪投げで次々と景品を取っていくものだから屋台のおじさん達はみんな泣いていた。泣く子も黙らせる不良と聞いたけど、こうしているとどこにでもいる普通の少年に見える。ただ骸さんだけはやっぱり大人びていて、そんな二人を後ろから見ているだけだった。もともとそういうポジションが好きらしい。自分が主体ではなく、ちょっと離れた場所から仲間を眺められる位置が。本人は自覚がないのかもしれないが、楽しそうな二人を見ているときの彼の口元は少し綻ぶ。口では冷たく突き放しているようなのに、実はすごく大切に想っているのかもしれない。表に出すのが苦手なのか、それともわざとそう見せているのかはわからない。わかっているのは、いくら冷たくされても柿本君と城島君は決して彼から離れようとしないこと。それだけで骸さんがどういう人なのかがわかる気がした。


「腹いっぱいだびょん…」
「だから言っただろ、食いすぎだって」
「うるせえ」
「もう見るものがありませんね」
「どっか行きましょうよ骸さん。ゲーセンとか」
「ちょっと待てば花火が見れるけど」
「そんなもん見ても楽しくねえ」
「風情ないな」


三人が談義している間にちらっと携帯を確認する。もう少しで帰らなきゃいけない。おまけに「門限は守れ」という念押しメールまで入ってる。


「なまえさん?」


名前を呼ばれて慌てて携帯をしまう。


「どうかしましたか」
「いいえ何でも。あれ、あの二人は?」
「りんご飴を食べ損ねたとかで買いに行きました」


まだ食べるんだ。すごいな男の子は。


「戻るまでどこかに座っていましょう。散々引っ張り回したので疲れたでしょう」
「いえ、そんな、全然大丈夫です」
「こういう場ではすぐ調子に乗るんです」
「楽しいからですよ」
「本当は二人で来たかったんですが…」


え?と首を傾げたときだった。いきなり大音量で並盛校歌が流れだして思わず肩がはねた。随分挙動不審を演じた挙げ句、発信源が自分の携帯だと知ってものすごく恥ずかしくなった。


「この曲は…」
「すみません、ちょっと…!」


あんまりその話題に触れてほしくなくて、骸さんに背を向けて急いで離れた。いい加減いつまでも流れる校歌を止めるや、つまり電話に出るやすぐに叫んだ。


「お兄ちゃん!!」
『今どこ』
「勝手に携帯いじらないでよ!着メロ変えんな!」
『いい歌でしょ』
「恥ずかしいわ!」


こいつ音量まで設定したな。「人混みがうるさくて鳴っても気づかなかった〜」という言い訳をさせないために。用意周到なやつめ。


『今神社の入り口にいる』
「え、嘘」
『1分以内に来て。帰るよ』
「待って、1分じゃ無理」
『待たない』
「待ってってば!」
『待たない。同じことを何度も言わせるな』
「だから無理って」


プチッツーツー。
有無を言わさず切られた電話。むしろわたしの血管の方が切れそうなんだが。


「クソ兄貴…!」
「なまえさん」


びっくりして振り向くと骸さんがいた。やばい今の毒吐き聞かれただろうか。聞かれてたらどうしよう女のくせに口が悪いとか思われてたら。いやでも本当に呟き程度だったし周りは人が多くて騒がしいから――。


「なまえさんでもそんなこと言うんですね」


聞かれてた。終わった。わたし死んだ。
かなりショックだけど落ち込んでる暇もない。言われた通り早く行かないともっとひどいことになる。


「御家族からですか?」
「はい。もう帰らないと」
「そうですか。でもその前に少し話が」


聞き終わる前にまたもや携帯が鳴った。恥ずかしいくらい大音量の並盛校歌。しかも今度は2番といういらん設定。
おのれバカ兄貴!


「本当にごめんなさい。また今度!」
「待、なまえさん!」


珍しく焦ったような骸さんの声、話とやらを聞きたいのは山々だったけどこれ以上ぐずぐずしていたら短気な兄が待ちかねてここまで来てしまう。そして骸さんと鉢合わせる最悪なシナリオ。だめだ、だめだめそれはだめ。ぼこぼこにされた骸さんから「もう会わない」と言われるくらいなら、こんな失礼な形で帰ってしまう方がまだいい。
もうあんな思いはしたくない。

神社の入り口に寄せたバイクにまたがったまま不機嫌丸出しな兄。しかしそれを遥かに上回るくらい不機嫌丸出しなわたし。兄は形のいい眉をわずかにひそめた。


「遅い」
「…………」
「なんか言うことないの」
「…お兄ちゃんのばか」
「なんでそうなる」
「ちょっとくらい融通聞かせてくれてもいいじゃん!ばか!」
「行きたいって言うから行かせてあげたし、護衛もつけなかったし、たいがい望みは聞いてあげたでしょ」
「…………」
「何が気に入らないの。わがままだね」


ちょっとイラッときてしまった。なにがと言われたらなにもかもと言ってやりたい。だいたい遊びに行くのになんで親ではなく兄に許可をとらねばならんのか。なんでこんなに窮屈な思いをせねばならんのか。ここらでちょっと言い返してやりたい思った。しかし予想外な声がわたしの思考を遮り、それどころではなくなってしまう。


「なまえさん」
「えっ…!」
「……」
「おや?」
「…ちょっと」
「雲雀恭弥ではないですか」
「なんで君がここに」
「それはこちらの台詞です。ここは黒曜ですよ」
「……。ねえ、どういうこと」


兄がわたしを見た。相変わらず不機嫌丸出しだが、さっきとは違い明らかに剣呑な顔つきである。
軽く頭がパニクってとっさに言い訳が思いつかない。というか二人が顔見知りだったなんて知らなかった。兄のこの顔を見る限りかなり仲がよろしくないようだ。最悪である。


「やはりあなたの血縁でしたか」
「なんできみが妹と居るの」
「まあ、並盛に雲雀なんて名字の家系が2つもあるわけないでしょうね」
「質問に答えろ」
「おやおや、なにをそんなに怒っているのです?」
「答えろ」


兄が質問を重ねるごとに殺気が増していく。殺気が増していくごとにわたしは怖くなり、首が縮む。
骸さんは困り顔で肩をすくめた。


「鈍いですね。察しがつきませんか」
「予想が当たってほしくない」
「では喜んでその期待を壊してあげましょう。僕たちは今まで一緒にいました。これでどうです?」


最悪だ。骸さんもあまり兄を快く思ってないようで、その言い方にはトゲがある。わざとかどうかわからないけど、決して嘘ではないがその言い方じゃ誤解を招いてしまう。兄の怒りを買ってしまう。
心の中で何度もやめてと唱えているのに、状況は悪くなっていくばかりだ。兄の空気は一気に冷たくなった。目付きも。凶悪な獣がゆっくりと牙を研いでいく。


「何が目的」
「何がとは?」
「とぼけるな。僕への当てつけで妹に近づいたんだろ」
「言いがかりも甚だしい」
「利用しようとした」
「なににです?」
「きみはそういう人間だ」
「さっきから随分失礼ですね」
「自分が善人だとでも言う気かい」
「まさか」
「きみみたいな人間が何の取り柄もないなまえに近づくわけがない」
「それは妹さんに失礼では?」
「話をそらすな」
「違うと言っても信用しないでしょうね」
「しないね」
「面倒な人ですねえ」
「過去から学ぶものは多いからね」
「はいはい、そうです。きみを陥れるために近づきました。これで満足ですか?」


骸さんが言い終わるのと兄が殴りかかるの、どちらが先だったかわからない。今までわたしの隣にいた兄が、気がついたら骸さんの目の前にいた。思わず首を竦めたくなるような鈍い殴打の音、そして背中から石垣にぶち当たった骸さんの細い身体。いつ見ても見慣れない、泣きそうになる光景。彼の受けた痛みを想像しただけで申し訳なさと後悔が押し寄せてくる。
そして、これだけじゃ終わらないのだ。いつも。一発で済んだ試しなどない。兄は骸さんの胸ぐらをつかみ、気のすむまで殴り続けた。戦闘狂いの兄の“気のすむまで”は常人のそれとはレベルがちがう。もうやめてと何回も叫んだ。背中にもすがりついた。でも止まらない。最後には見ていられなくて地面に膝をついて耳を塞いでいた。まるで悪夢みたい。早く終わればいいのに、早く、早く、早く。

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