「空が青いなぁ」
「…………」
「ねえ、スクアーロ?」
「…………」


壁も天井もない、もとは立派な建築物だった跡地。瓦礫に腰掛け、額に手を当てながら深く深く肩を落としているスクアーロに、そんな嫌味を言ってみる。自分でも意地が悪いと思いうけど、つい言わずにはいられない。
もともとここの豪奢な景観はあまり好きじゃなかった。いつか、無駄に派手で、実用性のない装飾品をこっそり売り払い、儲けたお金でもう少しシンプルな外観に改築でもしようと思っていた。それなのに、どこぞの迷惑部隊のカップルが、改築どころか新築しなければならない大惨事を引き起こしてくれた。マフィアともなれば痴話喧嘩も命懸けだ。


(今からそっちにうちの馬鹿女が行く。テメェは絶対に余計な事すんじゃねえぞ)


ザンザスから俺にコンタクトをとってくるなんて珍しいこともあるもんだなぁなんて思ったら、のっけからそれだけ言われて電話はすぐに切れてしまった。突然だし、前後は繋がらないし、まったく意味不明だったし、とてつもなく嫌な予感もした。なまえさんが姿を見せたときはその悪寒が最高潮。案の定ろくなことにならなかった。超直感なんて持ってても、後の事態を防げる力がなければ何の意味もない。
それにしても、ザンザスのあんな様子は初めて見た。元来口は悪いけど、いつもは黙って言うことを聞いていたなまえさんが彼に盾突くのも初めて見た。あの修羅場は、まるで嫁を連れ戻しに来た旦那という図だった。普通の恋人達と違うのは痴話喧嘩…いや、あれは夫婦喧嘩といった方が正しいかな。とにかく、喧嘩の規模や被害が桁違いだということ。でも頼むからそういうことは自分達のアジトでやってほしい。


「もういっその事結婚しちゃえばいいのに。そうしたらザンザスも落ち着くんじゃないかな」
「本人に言ってやれぇ。俺はもう知らねぇ」
「どっちにしろ、なまえさんにはこれからもザンザスのストッパーでいてもらわないと困る」
「そもそもボスがくだらねえことしやがるからいけねえんだ。なまえももうちょい本音を曝せば全部丸く収まるっつーのによぉ…」
「そこをうまく取り持つのがスクアーロの役目なんじゃないの」
「色事は専門外だぁ」
「でも二人の心情を一番理解してるのはスクアーロだよね」
「どっちも付き合い長えからなぁ」
「スクアーロ頑張れ」
「他人事だと思いやがって」
「思ってないよ。現に俺達も、というか俺達こそが一番の被害者なんだけど」
「…………」
「頑張って。頼むから」


いつまでも本人達に任せていたら、本部処かイタリア中のボンゴレ支部が壊れかねない。あんなに好き合っているのに、少なくとも周りにはそう見えるのに、あの二人は肝心なところで通じ合っていないのだから。


____________________________________
まるで暴力だ、と思うくらいに荒々しいセックスだった。どっちにしろ私は殺されるのかもしれない、それがボンゴレのアジトか、ベッドの上かという違いがあるだけで。
腹立たしいことに、こいつはいろんな意味で私の身体を知り尽くしている。私がどうやったら言うことをきくのかなんてお見通しだ。でも所詮知っているのは身体だけ、私の心中なんて一欠けらも理解していないし、きっと興味もないんだろう。心とは裏腹に、身体は嫌でも反応してしまう。快感のせいではなく、屈辱という意味でもうこのまま死んでしまいたいと思った。

そんな苦痛が何時間続いたのか。その後どれだけ眠り続けたのかはわからない。目覚めたら、二人はまだ裸のまま汚れたベッドに身を委ねていた。
ザンザスは私に背を向けるようにして眠っている。床に破り捨てられた衣服はもはや服ですらない。新調したばかりでひそかに気に入っていたというのに。仕方なくクローゼットから新しいものを適当に選んだ。愛用の服はみんな持って出たままだからマシなものがない。あれもこれも忌ま忌ましいことばかりだ。


「てめぇ、いい加減にしろよなぁ。また出てくつもりかぁ」


玄関に通じる通路を兼ねた部屋のソファで、長い足を投げ出すように腰掛けるスクアーロがいた。どこかくたびれているというか、ぐったりしている。まあ理由は分かり切っているけど。いつ帰って来たのかはわからないが、大変な目に遭ったんだろうということは見ればわかる。隊服のままということは、まさかボンゴレ本部から戻って一睡もしていないのか。
ここはヴァリアーのアジトを出るためには必ず通らなければならない。どうやら私の行動を見通して見張っていたらしい。


「結局あの後どうなったの?」
「散々だ。それしか出てこねぇ」
「そう。ご愁傷さま」
「ふざけんなぁ!もう絶対ぇ行かせねえかんなぁ」
「なに。番犬?」
「うるせぇ。ちょっとそこに座れ」
「なんでよ」
「いい話聞かせてやる」
「今あいつの名前出したらぶっ殺すよ」
「聞けばその怒りもちったあ収まるだろうぜぇ」


そんなこと絶対に有り得ない、と、沸々と怒りを煮えたぎらせる私に、スクアーロは黙って酒杯を差し出した。しばらくそれを見つめた後、結局ため息をついて大人しく着席することにする。正直、素面でいられる気分ではなかったのだ。
ルビーのように真っ赤でとろりとしたその液体は、私の一番好きな銘柄だった。見かけが毒々しくて知人は皆悪趣味だと言うが、味は保証できる。そういえばこれを飲み始めたきっかけは、真紅の色が誰かさんの瞳の色とよく似ているな、と、目に止まったからだった気がする。どこまでも私の今までにはザンザスが付き纏っていく。


「お前、ボスに縁談があったの知ってたかぁ?」
「そんなの昔から腐るほどあった。最近はどうか知らないけど」
「ある日を境にぱったり止まっちまったらしいぜぇ」
「へえ。なんでまた」
「そう思うだろぉ?あいつは九代目の息子だからなぁ。地位目当て、財力目当て、中にはボス個人を本当に慕ってやがった令嬢も多かったっつうのに」
「悪趣味よね」
「う゛おぉい、お前はその筆頭だろうがよ」
「今は後悔しまくりよ」
「それでも高い競争率には違いねえんだぜぇ?」
「たぶんみんな、顔とか雰囲気でああ素敵って思ってんのよ。笑える冗談よね。本性知ったら絶対逃げ出すに決まってる」
「でもお前は逃げ出さなかったじゃねえかぁ」


それから、焼けるように刺激的な酒を飲み交わしながら、スクアーロは聞きもしないことを勝手にぺらぺらと語り出してくれた。
数ある縁談話にザンザスが乗り気になることはなかった。結婚自体興味がなかったのだろう。むしろ束縛されるのが嫌いな王者さまは、家庭を持つなんざごめんだとでも思っていたに違いない。彼には、好きな時に好きな女を選べるような、気楽で自由な立場の方が性に合っている。少なくとも私はそう解釈していた。だからそっちの方面ではあまり心配はしていなかったのだ。
とにかく、どんなに薦められても奴は絶対に首を縦に振らなかった。しかしいつぞやか、あまりに頑なな態度を貫くザンザスに、九代目がふと尋ねたらしい。誰か他に結婚を考えているお嬢さんでもいるのか、と。彼としては、政略結婚云々よりもただ純粋に息子に身を固めてもらいたかったのだろう。それについてザンザスははっきりとしたイエス・ノーの返答はしなかった。そのかわり、判りやすく捻くれた答えを返したらしい。


「判りやすく捻くれた?」
「『あいつとならしてやってもいい』…だとよ」
「…あいつって誰よ」
「お前以外に誰がいるんだよ」
「なんでスクアーロにそんな事がわかんの」
「見てりゃわかるだろぉ」
「…………」


それ以来、ザンザスへの縁談は九代目が断り続けているのだという。彼が引退した後は、十代目が同じように取り計らっている。
…あれ、なんだか頭がこんがらがってきた。私のザンザス評とえらく違う気がする。


「…わかんない」
「なまえ」
「だって私、愛してるなんて言われた事ない」
「あいつがそんなこっ恥ずかしい単語口にできるわけねえだろ」
「結婚ほのめかされたこともない」
「別に無理に結婚する必要はねえ。どうせずっと一緒にいるんなら同じことだ」
「じゃあ、あの愛人の多さは何」
「当て付けだろぉ。お前にどう思われてんのか、いまいち確信がなかったんだと思うぜぇ」
「はあ?」
「お前こそあいつに愛してるなんて言ったことねえだろ」
「ない。『うざってぇ』とか『くだらねぇ』とか言われるのがオチだもん」
「あいつが愛人囲っても興味なさそうにしてやがったし」
「興味ないわけないじゃん。でも言ったって何がどうなるわけでもないし、干渉しようもんならうるせぇとか何とか言ってぶん殴られるだけじゃん」
「まあ多少はなぁ。それにしても限度っつうもんがあるだろ。あんなに無関心貫かれたらこいつ本当に俺の事好いてんのかって思うぜぇ、俺でもなぁ」


なまえは昔から自分に全く執着を見せなかった。愛を口にすることもなく、ねだることもなく、ただ黙って自分の側に控えて言うことを聞いていた。それはそれで気楽だが、その代わり何を考えてるのかがさっぱりわからない。たまには自分に向けて、燃え上がるような感情をぶつけてきてもいいんじゃねえのか。何だか自分ばかり好きでいるみたいで癪に障る。かといって、俺を好きかなんて確認するような真似なんざプライドが許さない。だからなまえに見せ付けるようにわざと他の女を抱いてきた。それなのに、あいつはどうでもよさそうに仕事仕事と、まるで仕事に恋しているかのようにそればかり。たまに怒ったかと思えばそれも仕事絡み。ふざけんな、何だあの女。むしゃくしゃしてまた他の女を抱く。なまえに文句言われる、女ではなく仕事絡みで。そしてまたむしゃくしゃ。ループ。
延々とそれを繰り返してもう何年経っただろうか。こうなるともうどうでもよくなってきた。俺に興味がないなら、俺のものにならないのなら、もういっそのことどこへなりと消えてしまえばいい。だから出ていけと言う。しかしなまえはまだここに居て、自分の側から離れない。やっぱり少なからず俺に執着はしているのかと、安堵している自分に気付く。そんな女々しい自分のプライドに傷がつき、また腹が立つ。また紛らわせようとする。ループ。その繰り返し。
そうして、気がつけば出会ってから十数年経ってしまった。結局、お互いが肝心なところで交わらないまま、十数年も。

スクアーロが、淡々とザンザスの心境を代弁していくのを聞いていたけど、たまらなくなって最後はもういいからやめてと訴えていた。いつの間にかお酒を飲むのも忘れていた。
酒杯片手に、頭を抱え込むようにして座るのは、スクアーロに涙を見られたくなかったからだ。でもきっとバレている。こいつは昔から、私とあいつの事を一番理解していたのだから。
事実、私が知る由もなかったザンザスの心をちゃんと理解していた。ばかたれ。早く言えよ、そういう大事な事は。おかげで十数年も無駄にしたじゃないか。まったく良い大人が二人して情けない。
ザンザスは私の心をうまく把握できずに試し続け、私は既製のザンザス像を信じ込んでそれ以上知ろうともしなかった。交わらないはずだ。わかり合えるはずがない。
つまり、要するに、これはアレか。お互いすれ違っていたとかいうベタなパターンだったわけなのか。なんてあほくさい結論。

しかし、まあ、なんというか。


「やることが幼稚というか…。やっぱガキだ、あいつ」
「わかったら今すぐ部屋に戻れ。俺を寝かせろ。あいつの機嫌を治せそしてヴァリアーを平和にしろ」


暗殺部隊のくせにいまさら平和も何もあったもんかとごねる私を、あ゛ーわかったわかった文句は全部片付いた後でなとかなんとか、明らか適当に言いくるめながら、スクアーロはザンザスの眠る部屋まで引きずった後に私を放り投げた。全く、昨今の男どもは人の話を聞かない奴ばっかりだ。
多少騒がしかったにも関わらず、相変わらずザンザスは背中を向けて寝ている、ような気がしたけどあれは多分起きていると思う。確信はないけど、何となくそう思った。
近づいて、そろそろと布団に潜り込む。不思議と、今は広くて傷だらけの背中に嫌悪感は感じない。こんな事言ったら確実殺されそうだけど、むしろ可愛いというか、愛しいとさえ思えた。
しばらく考えて、考えて、結構たっぷりと悩んだ末に、沈黙を貫く背中に話し掛けてみた。


「ねえ」
「…………」
「ザンザス」
「…………」
「起きてるんでしょ?」
「…………」
「羽引っこ抜くよ」
「るせぇよ。なんだ」
「昔言ったよね」
「…あ?」
「俺の女になれって」
「…………」
「あれはさ、具体的にどういう意味だったの」
「…………」


今までずっと聞くのが怖かった。他の女よりも多少特別であるのが私の唯一のより所だったのだ。それを否定されたら、私も単に都合のいい情婦の一人としての『女』だと言われたら、必死に立ち続けていた足を失うように、二度と立ち直れなくなりそうでずっと怖かった。

ザンザスは答えない。都合の悪いことにはいつも黙秘権を発動する。しかし今回はとても大事なことなので、何としても口を開かせなければならない。
肩に手を伸ばして仰向けにさせ、そろそろとはい上がりその上に跨ぐように、所謂馬乗り状態でその端正な顔を見下ろしてみる。私の好きな真紅色と視線がぶつかった。不愉快そうだったけど、ついさっきまでは散々この逆の状態でいじめられたのだ。少しくらいは仕返ししたいし、たまには私だって見下ろしてみたい。


「ねえ、答えは?」
「出ていくんじゃなかったのかよ」
「いってほしくないくせに」
「寝言を抜かすな」
「真面目に聞いてるんだからはぐらかさないでよ」
「…知るか」
「は?」
「忘れた。そんな昔のことなんざ覚えてねえよ」
「てめ…この期に及んでまだそんなこと言うか」
「あ?さっきまで下で喘いでたくせにやけに強気じゃねえか」
「今は私が上だし」


憎まれ口を叩きながら、逞しい身体中に残っている無数の傷痕を、意味もなく指先でなぞっていく。


「ザンザス」
「しつけえなテメェは。なんだっつうんだよ」
「…私、やっぱりあんたのことき――」


片腕で身体を支えるように起き上がり、すかさず伸びてきた片手に口を塞がれた。野性動物並の直感と反射神経なのは大したものだ。何故だか本当にこの単語がお嫌いらしいが、スクアーロからたまりまくっていた疑念をすべて解消された今はちゃんと理由がわかっている。わかっているからこそ言える、こいつはバカだ。ガキだ。今目の前にいるのは、ただ愛情表現が無限大に下手くそで、無駄にプライドの高いクソガキなのだ。それを踏まえて相手をすればいいだけなのだ。

続きをちゃんと聞いてほしくて、塞がれた手の内側を軽く嘗めた。眉間に少しシワが寄った。なにしてんだこいつ、とでも言いたげだ。口にあてがわれた大きな手にそっと自分の手を重ねて、出来るだけ優しく引きはがす。ザンザスはますます戸惑ったように眉をひそめた。面白いなぁこいつ。
また邪魔されては適わないので、手はそのまま絡めて封じさせてもらった。覗き込むようにゆっくりと顔を近づけて、こつん、と、額と額をぴったりくっつける。考えてみたら、今までこんな穏やかな接し方をしたことも、私が自分から彼に触れたこともなかったような気がする。欝陶しがられるのが嫌で、拒否されるのが怖くて、求められなければ動かなかった、臆病で可愛いげのない私も悪かったのだと今なら分かる。


「私、やっぱりあんたのこと嫌いになれそうにない」
「…意味がわからねぇ」
「嫌いになってもどうせまた好きになるってこと。おわかり?」
「バカにしてんのか」
「あんたね、私の貴重な告白をバカにされてると受け取るって、一体どういう了見よ」
「いきなりすぎんだよ。急に可愛ぶりやがって、逆に気持ち悪ィ」
「じゃあもう二度と言わない」
「ふざけんな。大体言うのが遅すぎる。もう三十路すぎたババアに言われてもちっとも嬉しくねぇ」
「いい加減にしろよコラ。言うに事欠いてババアとかお前がふざけんな。そんなん言ったらあんたなんかジジイだかんね」
「相変わらず口の悪い女だな」
「嫌ならさっさと捨てれば」
「テメェ、分かっててそういうこと言ってんだろ。カス鮫か誰かに余計な入れ知恵つけられたな」
「スクアーロに感謝こそすれ、怒ったりなんかしたらもう口利かないからね」
「やけに肩持つじゃねえか」
「おお珍しい。ザンザスが嫉妬してる」
「してねぇ」
「あはははは」
「笑うな!」


不機嫌になったザンザスに、生まれて初めて私からキスをした。
また服を脱がされて続きをした。
今度はそこまで痛くなかった。
ザンザスの機嫌はすぐによくなった。
























「おい」
「なに」
「もう二度と言うなよ」
「…ああ、うん。たぶんね」
「ふざけんな。殺すぞ」
「(やっぱこいつガキだ…)」

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