「え…なまえさん!?」
「うん。久しぶり」


20代になって大分様になってきたけど、あどけなさや素朴さを失わない若きボンゴレボス沢田綱吉。彼の事は可愛いし好きだけど、ザンザスが嫌がるので仕事でも必要最低限の接触しかしてこなかった。しかし今は奴の好き嫌いなぞ知ったこっちゃない。
ヴァリアーの隊服ではなく、普通のスーツ姿な私が珍しいのか、綱吉はしばらく目をぱちくりさせていたけど、ハッと我に帰り慌てて席を薦めた。執務机から立ち上がろうとする彼に、それには及ばないと手で制し、代わりに差し出したのは持ち込んだ封筒。彼は首を傾げながら受け取り、とりあえず中身を確認した。文面を読み進めるにつれて眉をひそめていく。


「なんです?これ」
「人事異動願い」


最初はボンゴレを抜けようと思った。けど、考えてみればマフィアというものは裏切りや脱退を許さない。抜けようもんなら殺されてしまう。命がなくなっては元も子もないので、ボンゴレの他所の部署に、とにかくヴァリアーではない所へ異動しようと決めたのだった。


「これって俺が受け取るものなんですか?」
「だってうちのドカスが受け取ってくれそうにないんだもん」
「それでも無理ですよ。一応ボンゴレですけど、俺はヴァリアーの人事権に干渉出来ないことになってるんです」
「大丈夫。あまりにも度の越えた労働条件を盾にして圧力かけちゃえば」
「そんな無茶苦茶な。そもそも何で移る必要があるんです?だってなまえさんは…」
「ああ、別れたの」
「ええっ!?」


素っ頓狂な声を上げ、机を叩きながら立ち上がってくる。びっくりしすぎだ。


「そうか。だからさっき…。なるほどなぁ」
「なに?」
「あ、や、なんでもないです。とにかくこれ、受理できません。っていうかしたくありません」
「ちょ、何でよ」
「ザンザスに殺されます。俺まだ死にたくないですから」
「大丈夫よ。あなたその昔あいつをめためたにしたじゃない。プライドへし折ってくれたじゃない。もっと自信を持ちなさい!」
「それとこれとは別です。それに今はもう怪しいですよ。ザンザス所か、守護者のみんなより弱くなってるかもしれない」


綱吉はふう、とため息つきながら、上等な革椅子に沈み込んだ。どうやら大分お疲れ気味のようだ。
執務机には大量の書類が乗っていた。毎日こんなものに埋もれていたら、そりゃあ腕も鈍るだろう。しかし私の知るかぎり、今現在奴に太刀打ちできるのはこの子だけ、指示ができるのもこの子だけ。いつもは偉そうに命令するのを嫌がるが、こういう時に使わないで一体何の権力だろう。ここは一つ、私のためにそいつを行使してくれないものだろうか。私をヴァリアーの荒れた土から引っこ抜き、養分豊富な花壇へ植え替えてくれないものか。
積まれた書類を何枚かつまんで軽く笑って見せる。


「こういうの得意だよ。ここで使ってくれない?」
「…知ってます。俺だって喉から手が出るほど欲しいし、ずっとザンザスは羨ましいなぁと思ってました。でもやっぱり遠慮しときます」
「じゃあボンゴレ抜けさせて。命の保証付きで」
「俺の命が保証されません」
「ねえ、あなた何か勘違いしてるよ。ザンザスがそこまで私に執着するはずないじゃない。あいつは来る者拒んで去る者追わない、逆らう者を蹴散らす時のみ重い腰を上げる奴だよ」
「そういうことはよく理解してるのに、どうして肝心な所がわからないかなぁ。ザンザスに嫌われてる俺にだって筒抜けなのに」
「わけわかんない事言ってないで私の頼みを聴き入れなさい」
「俺一応偉い人なんだけど…」
「聴き入れてくださいお願いします」
「うーん、あっちが良いって言ったらね。…ほら。やっと来たみたいだ」


苦笑しながら遠くを見遣る綱吉。私の向こう側を見ているようだけど、振り返ってみても閉じられたドアがあるだけだ。他には何もない。
首を傾げて綱吉に視線を戻した時だった。遠方から、なにやらがやがやと騒がしい音がする。それは段々と近づいてきた。


(おいテメー!アポも無しにいきなり押し行ってくんじゃねぇ!)
(うるせぇ。カスが俺に指図するな)
(んだとぉ!?)
(てめえらに用はねえ。あいつはどこだ)
(あいつ?ちょ、そっちは十代目の――!)


まさか、まさかまさかまさかと思っていたら、勢いよく蹴破られた執務室の扉。現れたのは全く予想通りの人物で、久しぶりに見る顔はいつもの五倍くらい凄みがあっておっかない。思わず背中に冷や汗が流れた。相変わらず自己流な服装だが、今日はどちらかといえば着崩しているというよりは乱れているという感じだ。何をそんなに急いでいたのだろう。正直、再びこの顔を見たら一発ぶち込まないでいられる自信はなかった。案の定、今の私には怯えよりも殺意の方が勝っている。すかさずホルスターから引き抜いた銃を構えたら、やや遅れて抜いたにも関わらず、奴も私と同時にぴたりと銃を構えた。仮にも組織の頂点に立つ人の部屋で、殺気を膨らませながら睨み合う男女。ザンザスの後ろに警戒している獄寺くんの顔が見えた。綱吉に害が及ぶのを危惧したのだろう。しかし綱吉は黙って首を降った。静観しろ、という合図だ。
ここまで人様に迷惑をかけているそもそもの原因が、痴情のもつれだというのだから情けない。けれど今さら後には引けない。


「何の用?その面二度と見たくなかったんだけど」
「出ていけ」
「は…?」
「今すぐ出ていけ」
「はあ?」


で て い け ?
まさかまたこの台詞を聞くことになろうとは思いもしなかった。出ていけというのはこの部屋からという意味だろうか。でもここはこいつの部屋じゃない。馬鹿か。それともヴァリアーだけではなく、ボンゴレからも出ていけという意味か。だとしたらこいつ頭おかしい。だから、今まさにそうしようとしてたじゃないか。やっぱ馬鹿だ。


「いきなり何なの」
「今すぐこの部屋から出ろ。そして本来在るべき場所へ戻れ」
「在るべき場所ってどこよ。もうあんたに命令される謂れはないし」
「ふざけんな。テメェがほったらかした仕事はまだ残ってんだぞ」
「それもとはと言えばあんたがやらなきゃいけないやつだからね。っていうか出てけって言ったのそっちじゃん」
「いちいち真に受けてんじゃねえよ。本気かそうでないかくらい汲み取れ」
「あんたが本気じゃなかろうが私は本気で腹立ててんだよ。どうせいつかはこうなる運命だったの。あんたに言われなくてもそのうち出てったわよ」
「いちいち口答えすんじゃねえ。今ならまだ許してやる。これからも俺が使ってやるっつってんだ。お前は大人しく従ってりゃいいんだよ」
「何が使ってやるよ偉そうに。私はあんたの家政婦でも唱婦でも奴隷でもないの。私は私なの。私だけの私なの。誰にもこき使われる理由はないの」
「俺の配下だろうが。命令して何が悪い」
「それ先週までの話ね。もう辞めたから部下じゃない」
「俺は認めてねぇ」
「それはそっちの都合。私には関係ない」


ザンザスの傷痕がじわじわと広がっていく。ブチ切れる寸前らしいが知ったことか。キレそうなのはお互い様、ここまできたらなるようになれだ。
再び廊下が騒がしくなる。不穏な空気に気付いた綱吉の守護者達と、ザンザスに追いてけぼりにでもされたのか、息を切らしたスクアーロ達までもが今更ながらにやって来た。くそ、絶対あいつだ。電話切った後で私がここに来ると予想を付けて、ザンザス寄越しやがったのは。絶対に後で丸坊主にしてやる。
わらわらと、欝陶しいことこの上ない外野は、殺し合う寸前の私たちを見て目を丸くしていた。しかし入口を陣取っているザンザスは、そんな彼等など目に入っていないらしい。ドスの聞いた声で言い募ってくる。


「いい加減にしねえとマジで殺すぞ」
「殺ってみな。道連れにしてやるから」
「寝言を抜かすな。テメェみたいなカスに俺が殺れるか」
「そのカスに義務を全部押し付けて、我らがボス様は真昼間からベッドの中でお励みになってたのよね。ヴァリアーのボスって本当いいご身分」
「ハッ、嫉妬か?お前にもちったあ可愛いげがあったもんだな」
「よっぽど愉快な頭の構造してんのね。あんたを嫌いな私がどうやったら嫉妬なんてできるの?なに自惚れてんの?馬鹿なの?」
「テメェ…おちょくんのも大概にしろよ。人が下手に出てりゃあいい気になりやがって!!」
「下手?どこが!?自分の不品行棚に上げて踏ん反り返ってんのはそっちだろーが。部下がいなきゃ満足に組織運営もできない位なら、いっそヴァリアーのボスなんか辞めてしまえこの無能!!」


外野から「うわぁ…」とか「ザンザスが二人いる…」とかいう声が聞こえる。失敬な。確かに口は悪いが私はこいつと違って常識も人の心も持っている。
とうとう勘忍袋の緒が切れたザンザスは、額に青筋が浮きまくって今にも血管が破裂しそうだ。はん、いい気味だ。そのまま破裂して脳内出血でもすればいいのに。


「このクソアマ…!!」
「う゛お゛ぉい、やめろボス!こんなとこで暴れんなぁ!」
「うるせぇ!引っ込んでろ!!」
「ボス!俺に任せてくれ、必ずやあの女を跪かせてやります!」
「レヴィ!テメェは黙ってろぉ!!」


端から外野無視のザンザスが銃を乱射した。かろうじて避けたものの、僅かに頬を掠めて頬に傷をこさえしまった。クソッこいつ顔狙いやがった。つくづくありえない。
頭にきてこちらも応戦する。殺すつもりでやらなければ私が殺される。もはや悪い意味でお互いしか見えていない二人、ザンザスは怒りで我を忘れてるし私は死なないようにするので精一杯。周囲の状況に気を配る余裕なんてない。綱吉やスクアーロがなんか叫んでいた、気がしなくもない。その程度の認識しかできなかった。

久しぶりに暴れた。おそらく向こうもそうだろう。鬱憤を晴らすかの如く殺し合いを展開する私達。たまらないのは周りの人間、特にボンゴレサイドだろう。壁や床はことごとく吹っ飛ばされ、ボンゴレボスの執務室一帯、つまり中枢一画がほぼ全壊したのだから。

勝負は最初から見えていた。私がザンザスに勝てるはずがない。爆煙で一瞬奴の姿を見失った際に隙を生んでしまった。無論ザンザスがそれを逃すはずもなく。
目の前に突然手が伸びてきたと思ったら、首を鷲掴まれて後方へ思いきり吹っ飛んだ。どうやらザンザスが虎のように飛び掛かって来たらしい。辛うじて頭を浮かせて衝撃から守ったが、したたかに背中を打ち付けてしまった。咳込みようにも首を絞められて息が出来ない。苦しい。死ぬ。所謂マウントポジション状態で、片手で首を、片手で銃を突き付けられ全く身動きができない。憤怒の形相で睨むザンザスは、まるで獲物を押さえ付けているライオンのようだ。
ああこのまま死ぬのか、最期に見るのがこいつの顔なんて私の人生マジありえない…と、なかば意識を手放しそうになったとき、なぜか呼吸が許された。
なぜか、あいつが手を緩めたから。


「…は、げほ、げほっ、!」

「訂正しろ」

「…げほ、う、…は、あ…っ!?」


むせび込む私に、早く訂正しろと怒鳴り付けてくるザンザス。
早くも何も、今の私を見てわからんのかなこいつは。息をするだけで精一杯な私が、満足に喋れるはずがないってわっかんないかな。つくづく己の都合だけで生きている勝手な野郎だと思う。


「て、いせいって、なに…!」
「すっとぼけんな。テメェが言いやがった許しがたい台詞だ」
「心当たり、ありすぎ、て、わかんな…」
「チッ」


忌ま忌ましげに舌打ちされた。ザンザスは自分の思い通りにならない事を嫌う。しかし何を求められているのかもわからないのだから答えようがないし、答えようとも思わない。寡黙なのはいいが、怒るくらいなら自分の望みくらいもっとストレートに言ってほしい。本当にわからない奴だ。
しかもさらに意味不明な事をしだした。何を考えているのか、馬乗り状態のままで私の服を剥き出したのだ。今までの流れで、このシチュエーションで、何でそんな行動に出るのかがわからない。
突発すぎてすぐに反応できなかった。スーツのボタンが弾け飛んでいく軌跡を目で追い、ブラウスの胸元が破れ引き裂かれる音を聞き、下着すら引きちぎられた辺りでようやく我に帰る。
ちょっと待てよ。何考えてんのこいつ、ここがどこだかわかってんのか。人が沢山いる場所で、つーかみんな瓦礫に埋もれて無事なのか怪しいけどまあ多分生きてるはずだし、建物はもはや原型を留めておらず上には青いお空が見えている。完璧人目のある屋外でそんなこと、こんな奴としたくない。


「ちょっと、何考えてんのよ!馬鹿じゃないの!?」
「うるせぇ!どうしても言う事聞かねえっつうなら身体に直接叩き込んでやる」
「さっきから意味わかんない!あんた何が言いたいの。何でそんなしつこいのよ!」
「だから戻れっつってんだろうがよ。馬鹿かテメェは」
「だから嫌だっつってんでしょ。話聞けよ。あんたのそういう所が嫌いなのよ!」
「このクソアマ!それを言うなっつってんだろうが!!」


じたばたと、あらん限りの力を振り絞って抵抗を続けていた足を止めた。
なんか今おかしかった。
今こいつなんて言った?


「もしかして、訂正しろってのは『嫌い』ってところ?」
「うるせえ」
「『無能』じゃなくて?」
「俺は無能じゃねぇ」
「私に嫌われて傷ついてんの?」
「黙れ」


この部分については否定してこない。
嫌いと口に出したのは三回だ。確か顔をぶん殴られたのも、激昂して銃をぶっ放されたのも、そのキーワードを言った後だったような気がする。余程お気に召さなかったらしい。しかし似合わない。見下されたり馬鹿にされたらすぐにキレる奴だが、他人に嫌われようがよく思われなかろうが、ハッそれがどうしたと鼻で笑って全く気にしない奴だ。だったはずだ。それなのに、いつの間にこんな繊細な心を持ち始めたのだろう。


「う゛おぉい!二人ともちゃんと生きて…って、お前ら何してんだぁ!」
「カス。俺は今すぐこいつを連れて帰る。後はお前が何とかしろ」
「え、なん…はあぁ゛!?」
「おら、立て」
「痛っ、ちょ、離してよ!」


自分達でめちゃくちゃにしておきながら、後の始末を被害者に押し付けて去ろうとする加害者達。いや、私は去りたくないんですけどね。
おそらく本部を壊滅させたせいでかなりややこしいことになるはずだが、スクアーロを避雷針に立てたザンザスは、本当に私を引きずりながら車に乗り込んでしまった。嫌だ嫌だふざけんなと抵抗する私を、時に怒鳴り、時に実力で黙らせながら、ヴァリアーの屋敷に連れ戻そうとする。まさかこんなに執着されているとは思わなかった。そこまでして女の所有権にこだわる奴だったっけな。
本当に、こいつは一体何を考えているんだろう。

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