その大きな手は私を導くために

彼の手は大きい。私が女で彼が男だから、それは当たり前の事かもしれないけれど、改めて握ってみるとその大きさに驚いた。彼はこの大きな手で剣を振るっている。自分の為だけじゃなくて、私たちと世界の為に。私は彼を見た。世界中を巡っているからだろう、少し焼けた肌。ふたつの瞳は青空にも海原にもよく似た青。それが描く、優しくもあり強くもある眼差し。金色の髪は吹き抜けていく風にさらさらと揺れて、小さな音を立てている。素直に「綺麗だな」と思った。そんな私の視線に気付いたのか、彼が私の方を見て「ん?」と首を傾げる。何でもないわ、と言って笑う私に彼は「そう?」とだけ言ってまた前を見た。彼が見る世界と、私が見る世界。それは全く同じ色を、全く同じ形をしているのだろうか?ガウル平原は今日も晴天で、走って行く風に花の香りが僅かに身を重ねている。私たちはコロニーの人々にモンスター退治やアイテムの収集を頼まれて、ここ巨神脚――ガウル平原にいるのだった。ガウル平原は何処までも広がる、緑の大地。世界中を回っている私たちだけれど、まだ十分な力がついたわけではない。だからこうやって時折下層部まで来て、人々からの依頼をこなしながら一歩一歩経験を積んでいくというわけだ。特に名を冠するモンスターとの戦いは私たちにとって重要で。今日もまた一体のそういったモンスターを倒した。私たちはのんびりとしてはいられないけれど、力が足りぬまま進むわけにも行かない、そこが難しいところだ。私はもう一度彼――シュルクを見る。視線は絡み合わない。遠い想いを胸に、私は傍らに、いた。

「昼食の準備が出来たわよ」、というカルナの一声で彼と私は現実へと引き戻される。カルナはコロニー6の衛生兵であった。治癒エーテルを専門とする彼女とシュルクと彼の親友ラインの三人が出会ったのは、ここガウル平原であったという。機神兵に蹂躙されたコロニーから子どもや老人を守って逃げた、という話は以前聞いた。彼女もまた辛い思いをしてきたのだ、それはいまここにいるみんながそうだけれど。私はシュルクと共に仲間たちの輪へと戻りながら、みんなを見る。シュルク、ライン、カルナ、お兄ちゃん。そしてメリア、リキ。大切な仲間だ。守るべき存在であり、共に戦う存在。カルナが私たちに昼食を渡す。コロニーで買っておいたパンに、肉と野菜を挟んだものを。それと、カップには熱々のスープ。湯気が立ち上るそれを口に運べば、深い味が広がる。食事を終えたらまた武器を振るう。それまでの僅かで穏やかな時を、私は大事にしたい。そう強く思う。そんな私たちの上空を猛禽だろうか、長い翼を持った鳥が飛んでいく。悠々と飛ぶそれは自由の象徴かのよう。だけれども本当にそうなのだろうか?小さな問いかけが胸の中でゆっくりと広がっていく。

昼食を終えて、少し休憩を挟んで、私は再び剣を手に取る。シュルクとメリアと一緒に、だ。シュルクはモナドを、メリアは錫杖を手に。次のターゲットはこの丘の先。シュルクもメリアも、とても真剣な目で歩いている。彼らから見た私も、そんな目をしているのだろうか。ふわふわと浮かび上がるそれを私は手を伸ばして取り、それからまた歩む。空は青い。どこまでも続く青に、無造作に置かれた白い雲。千切れたそれの先には、やはり青があって。足元をよく見ていなかった私は、突然転びそうになった。あっ、という声を発し、何とか体のバランスをとる私にシュルクが「大丈夫?」と手を差し伸べてくれた。私はその手を取る。先程思った通り、大きな手。そして、あたたかな手。私のことを導いてくれる、そんな手を。

「あ、ありがとう…」

彼に礼を言う私を、メリアもまた大きな目で見ている。心配そうな表情を浮かべて。

「少し躓いちゃっただけよ。ごめんね、ちゃんと足元見てなきゃ、ね」

私はふたりに微笑んで言った。上手く笑みを作れたと思う。それでもシュルクとメリアの顔から心配の色は消えない。私が機械化された肉体をしているから、だろう。私は普通のホムスではない。あの日。コロニー9が襲撃されたあの日に私は「それ」を失った。あの事があるから、だろう。シュルクもラインも、お兄ちゃんも、みんなが私を気にかけている。この身体で戦う道を選んだ私のことを。旅の途中で知り合ったメリアも、カルナも、リキも、だ。ハイエンターであるから実年齢の差があるけれど、ホムスに換算すると歳が近くなるメリアは特にそうだった。

「気をつけろ、フィオルン。そなたが怪我でもしたら――」
「うん、ごめんね。メリア」
「本当に大丈夫?」
「大丈夫よ、シュルク。シュルクが支えてくれたから」

ね、ともう一度笑う。メリアとシュルクは顔を見合わせてから、それからこくりと頷いた。もうすぐ、私たちが討ち倒すべきモンスターの出現ポイントだ。