共に君とこの青空のしたで
あの戦いが終わり、どれほどの時が流れただろうか――シュルクは考える。自分を見下ろす青空はどこまでも高く、そして澄み切っていた。頬を撫でる風は鳥の羽毛のように柔らかい。シュルクは軍事区を出て、ダンバンとフィオルンの住む家を目指して歩き始めた。すれ違う人々はシュルクを見かけると会釈をしたり、挨拶をしてくる。シュルクもまたそれを受け止めて笑む。コロニー9は平和そのものだった。あの日――街が無数の機神兵と悲しみに埋もれた日の傷跡も癒えつつある。それだけではない。コロニー9は変わった。ホムス、ノポンだけでなくハイエンターや機神界人(マシーナ)の姿も見られるようになったのである。人々は協力し、手を取り合って生きている。シュルクはそんな彼らの姿を見ると、幸せな気持ちになる。世界を救った、と声に出すのは恥ずかしいけれど、自分の、自分たちの努力が結ばれたということをとても嬉しく思えるのだ。シュルクの金髪がさらさらと揺れ動く。すべてのものが、世界の片隅で生きる少年を優しく見つめていた。――もうすぐ、ダンバン邸だ。
「フィオルン」
シュルクは花壇に咲く花々に水を与えている少女の名を呼んだ。フィオルンと呼ばれた少女がくるりと体を動かし、シュルクのことを視界に入れる。少女はとても優しげな笑顔をしている。手には水が半分ほど入っている如雨露。シュルクも微笑んだ。フィオルン。彼女はシュルクの友人であり、かつて共に戦った仲間のひとりである。機神兵の侵攻によって両親を失った彼女は、兄であるダンバンとふたりで支えあいながら生きてきた。その為か、家庭的で大人びた印象を受ける。彼女はあの日、巨大な機神兵に貫かれ命を落としたと思われた。だが、実際は生きており「フェイス」のコアユニットとして組み込まれていた。身体の七割を機械化されていたという壮絶な過去を持つが、今の彼女の眼差しは幼い頃からさほど変わらぬものである。その後、彼女はリナーダという機神界人の名医によってかつての身体に戻ることができた。今の彼女はシュルクがモナドを握る前と同じ姿をしている。短かった髪も、大分伸びて、髪形もあの頃と酷似している。
「あれ?ラインは?」
フィオルンが首を傾げた。ラインというのはシュルクの親友である。短く刈り上げた赤い髪と大きくがっしりとした体の青年の名を聞いて、シュルクは答える。コロニーの防衛隊員としてテフラ洞窟で訓練を受けているのだ、と。するとフィオルンはそうなの、と頷いてから木で出来た重い扉に手をかける。扉が開くと、今度は少年に手招きし、彼を室内へと誘った。「ホムスの英雄」とも呼ばれたダンバンはいつも座る椅子に腰を下ろしていた。シュルクがやってきたことに気付くと、彼もまた穏やかな表情をシュルクへと向ける。彼と会うのは五日ぶりだ。二、三日前にシュルクがこの家を訪れたときはいなかった。その時のフィオルンの話によると、ダンバンは機神界人のヴァネアに用事があってコロニー6へ行っていたらしい。コロニー6は現存するもうひとつのホムスのコロニー。あの街は巨神の股間に位置し、巨大なエーテル採掘場の上にあった居住区が発展しコロニーになったという。しかしコロニー6もコロニー9のように機神界に襲われ、多くの犠牲者が出た。しかし今では復興が進みこの街同様、ハイエンターやノポン、機神界人も暮らす賑やかな地になっている。シュルクらと一緒に戦った女性、カルナの故郷でもある。そしてそのカルナとは、明後日会うことが出来る――そう、シュルクたちは計画を立てていたのだ。かつて共に戦い、涙し、笑いあった七人で集まろう、と。
「それにしてもラインは忙しそうだな」
「そうですね。でもダンバンさんも忙しいのでは?」
「俺はそうでもないさ。だが、皆で力を合わせて何かをやる、っていうのはいいもんだな」
そう答えるダンバンは嬉しそうな顔をしていた。そんな会話を聞いていたフィオルンもまた。
「ところでリキとメリアはいつ此処に来るんだ?」
ダンバンがシュルクに問う。リキというのはマクナの深い森にあるサイハテ村で暮らすノポンである。あの頃は「今年の伝説の勇者」と言われていた。お調子者ではあるが実は大人びた部分もあり、彼の明るい言葉には何度も励まされてきた。そしてメリアというのはハイエンター族の少女で、故郷の復興を志し忙しい日々を送っているという。ホムスとの混血児であるメリアはハイエンター族の「希望」とも呼ばれていた。彼女は特にフィオルンと親しい。
「リキはコロニー6でカルナと合流してから来る、って言ってました。メリアは…フィオルン、何か聞いてる?」
「ううん。でも出来るだけ早く来たい、とは言ってたわよ」
キッチンで湯を沸かし、ティーセットを盆にのせてこちらへ戻りながらフィオルンが答えた。その答えから、今日明日到着してもおかしくないということは分かった。少女が盆にのっていたものをテーブルへと置き、それから予め温めておいたカップに赤い液体を注ぐ。良い香りで部屋が満ちる。いつの間にかテーブル中央には焼き菓子が入ったバスケットも置かれていた。フィオルンはダンバンとシュルクの前に紅茶を置き、最後のひとつを自分の前に置いてから席に着く。少し開いている窓からは優しい風が吹き込んでくる。――お茶会が始まった。