final fantasy xii
フランはいい女だ、とバルフレアは酒を呷りながら改めて思う。彼女との出会いが無ければ、今の自分は存在していないと断言できる。フランとの関係を、恋人というありふれた言葉で言い表すことも出来たが、そのような簡単な言葉を使うのは間違いのようにも思えた。フランは謎めいた美人だ。信頼しあっているバルフレアでも掴めない所があるし、出会う前のことはあまり語ろうとはしないところが。フランの少しきつめな表情と、鋭い光を放つ赤茶色の瞳がバルフレアの心をつかんで放さないのだった。
――港町バーフォンハイム。
アルケイディア地方東の半島部にあるこの街は、海賊や空賊の集う街として有名だ。ナルドア海を牛耳り、帝国に金を払うことで自治権を得ているバーフォンハイムには、故郷を捨てた者が集まる。バルフレアとフランも引き寄せられるようにこの街を訪れた。バルフレアは白波亭にいた。ヒュムとバンガでごった返す白波亭にフランの姿はない。彼女はこの街のどこかにいるはずである。バルフレアは再びフランを想う。誰よりも自分を受け入れてくれた彼女のことを。信じ合えるヴィエラの女性のことを。
フランは街中を歩きながら、過去を思い描いてはすぐさま消すことを繰り返していた。かなりの美人、しかもヴィエラ族の登場にバーフォンハイムの男共は目を奪われる。だが、氷のような美しさを持つフランが触れることを許しているのは、空賊バルフレアのみであった。フランは名も知らぬ男たちに冷たい視線を向け、それから空を仰いだ。真っ青な空に燦々と輝く太陽が浮かぶ。千切れた雲がそれに寄り添っている。季節は夏で、今は一番暑い時間帯だった。街を歩き回り情報を集めたヴィエラ族の空賊は相棒の待つ白波亭へと急ぐ。走ったりはしない。足を早めて歩く。バルフレアは白波亭で酒を飲んでいるはずだ。もしかしたら女と飲んでいるのかもしれない。そしてイイ雰囲気になっているかもしれない――しかしそう思っても、フランの女である部分が嫉妬で燃えたぎることはない。信じているからだ。何よりもバルフレアという男のことを。
フランが白波亭に入ると、人間(ヒュム)やバンガ、シークの声があがった。ここでもヴィエラは物珍しい存在なのだ。フランはそれを気にせず、バルフレアの側へと進む。自分と同じように過去を捨てた男の側へと。バルフレアはひとりで飲んでいた。ただ、彼方此方から視線が向けられていた。フランという女の登場にそれらの視線が凍り付く。だがバルフレアもフランもそれをはねのける。フランがバルフレアの隣の椅子に座った。
「フラン」
口を開いたのはバルフレアの方からだった。フランは何、と言葉を発する。彼女の低い声はざわついた店内で沈んでしまったが、彼は上手にそれを拾い上げる。
「フランのことを考えていたのさ」
「そう」
ウインクしてみせるバルフレアにフランは短く答えた。短いけれども、そこには愛に酷似したなにかがあった。バルフレアが発したのは彼に似合わぬありきたりの口説き文句だったかもしれない、だがヴィエラの空賊フランの心はあたたかなもので満ちる。
「――次はフランが俺のことを考える番だぜ」
バルフレアが店員を呼びつつ、言う。駆けつけた店員にフランの飲むものを頼んだ彼は彼女を見据えた。ヘーゼルグリーンの瞳で。フランはふ、と笑う。彼は知らないのだ、フランがいつ如何なる時だってバルフレアのことを考えていることを。そのあたりを踏まえると、やはりフランのほうが一枚上手なのだった。
title:確かに恋だった