FF12 | ナノ


final fantasy xii

私にとってラバナスタ解放軍を手を取りあって共に率いていたウォースラ・ヨーク・アズラスという男は特別な存在だった。解放軍の一員の女「アマリア」としての私だけでなく、王女「アーシェ・バナルガン・ダルマスカ」としての私を理解していたから。一緒にアルケイディア帝国から、誇り高きダルマスカ王国を取り戻そうと手を取り合っていた。なのに、繋がれていたはずのその手は振りほどかれた。ウォースラは現実を見据えていたけれど、それは私の瞳に映るものと違っていた。覇王が残した神授の破魔石――暁の断片を帝国に渡すことを条件にダルマスカ王国を復活させる――つまり、何よりも憎いあのアルケイディア帝国に従うことによってヴェインの手のひらの中、偽りの自由を得る、という決断をしたのだ、私が誰よりも、自分自身よりも信じていたウォースラは。私は黒いその感情を振り払う。父の仇と思っていたバッシュ・フォン・ローゼンバーグと共に。私の背後には彼、バッシュだけでなく、守るべきダルマスカ国民であるヴァン、パンネロ、そして自由に空を飛び回る空賊バルフレアとフランの姿もあった。剣と剣がぶつかりあう。ウォースラと私の剣が。私の剣はウォースラを断つための剣ではなかったはずなのに。軍配は私たちにあがり、ウォースラは飛空艇(ふね)に残った。敗北した彼は私たちと脱出しなかった。そこを自らの墓場としたのだ。最後に見たウォースラの瞳――私の脳裏には今でもそれが焼き付いていた。彼は祖国を思っていた。私がダルマスカを深く愛しているように、ウォースラというひとりの男も、ダルマスカ王国を愛していたのだろう。

――悲しいその戦いが終わり、三日が経った。破魔石の使い方を訊きに、ラバナスタの遥か南、ガリフの地ジャハラを目指すことになって丸一日。バッシュが昔使っていた家に私たちはいる。準備を整え終わるまで、死んだはずの人間――つまり、私とバッシュはその家の一室に身を潜めていた。ヴァンとパンネロが道具屋に、フランが魔法屋に、そしてバルフレアは武器防具屋に行っていた。バッシュは台所へ移動し、熱い珈琲を淹れて戻ってきた。小さく礼を言い、黒い液体に白を落とす。それから色の変わったそれに口を付けた。体がじんわりと温まった。ちびちびと珈琲を飲みながらも、思うのは祖国を思いながら命を落としたウォースラのこと。従うべき私や、戦友バッシュと対峙した彼。辛かっただろう、と思う。けれど私は自分の選択――ウォースラの差し伸ばした手を振り払ったことを間違ったことだとは思っていない。同じ現実を見て、違う道を進んだ。今の私は隠れなくてはいけなかった「アマリア」ではない。「アーシェ・バナルガン・ダルマスカ」として生きているのだから。一緒に歩むヴァンも、パンネロも、バルフレアにフラン――そしてバッシュも、私を「アーシェ」として見ている。一目がある時は「アマリア」と呼んでもらっているけれど、「アーシェ・バナルガン・ダルマスカ」という人間を受け入れてくれている。私はそれにこたえるべく、光を放つ剣をとる。ダルマスカの未来を――イヴァリースの未来を見据えて。

考え事をしている間に珈琲を飲み干してしまった。バッシュが二杯目を淹れてくれたので、一度頭を軽く下げる。バッシュは私の顔を見て、何か言いたげだったが唇が動くことはなかった。私はふたたび思考の海を潜る。深い深い海の中。暗いその世界でも、ウォースラの姿がちらちらと現れては、泡となって消えていく。御伽噺かなにかのように。――御伽噺。私の指にはもう、あの人の指輪はないというのに。

しばらく私とバッシュはそうしていた。どれだけ時が流れただろう。ぎぃ…と音をたて、扉が開かれた。スタイル抜群の女性だ。長い耳と銀髪が揺れている――ヴィエラ族の空賊であるフランだ。魔法屋で買い物を済ませて帰ってきたのだ。フランは私とバッシュを見、それからベージュのソファに腰を落とす。フランはひとりだった。途中でバルフレアと合流してくるのでは、と思っていたので意外だった。バルフレアはじきに帰ってくるだろうが、ヴァンとパンネロは保護者であるミゲロの店に行っているので、多分遅くなるだろう。いろいろと話すことがたくさんあるだろうから。それこそ、山のように。フランは何も言わない。バッシュも無言だ。部屋は静寂で満たされている。私はまたウォースラのことを考えた。現実を見ろ、と言い続けていたウォースラ。現実、は彼の口癖だった。生々しい現実を見た上で道を違えてしまった私たち。こうしていると解放軍の女として、地下で活動していた日々を思い出してはなんとも言えない気持ちが溢れる。ウォースラは私のことを大事にしてくれた。本当の私を理解し、信じてくれた。ウォースラがこの世から去って、時が流れたけれど私はまだその方角から目を離せないでいる。フランがちらりと私を見た。何か言いたそうな表情だったけれど、彼女は黙ったままだった。カチコチ。時計の秒針が正確に時を刻む。それだけが冷え切った空気を動かしていた。私の心には鉛が埋まっているままだったけれど。


title:水葬


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