final fantasy xii
丸い月が闇に浮かんでいる。とある夜。アーシェ・バナルガン・ダルマスカはそれを見つめて、それから背後を見た。誰もいない。アーシェたちはここ、ジャハラにガリフ族からの様々な依頼を受けるために来ていた。イヴァリースの民の依頼を引き受けてこなすこと――資金を稼ぐのに最も適した手段である。ガリフの話を聞いている時、明らかに空賊バルフレアはめんどくさそうな顔をしていたが、相棒であるヴィエラ、フランにたしなめられ表情をいつもの飄々としたものに戻していた。アーシェはそれを思い出し、微かに笑う。それから自分が笑みを浮かべたことに少しだけ驚く。もう自然に微笑むことが出来るだなんて――と。ガリフ族は基本的に物静かで、それでいて人間(ヒュム)たちのいざこざに出だしすることはほとんど無いが、他の街と同じように仲間たちはアーシェを「アマリア」と呼ぶ。ヴァンやバルフレア、そしてフランと出会ったあの時と同じく。違うのは、今は彼らの間に確かなものが築かれているという所だ。それは何よりも大切なもの。アーシェは胸に手をやり、白く輝く月を見上げる。月は氷のようだ、だがあたたかさも抱いているようにも思える。こうやって静かに夜空を眺めることが出来るだなんて、あの頃は思いもしなかった。オンドールが地図から消えたダルマスカの王女アーシェが失意の内に自殺したと偽りの発表をした頃には――。
「…マリ…ア…アマリア!」
思いに耽っていたアーシェを現実へと引き戻したのは彼女の仲間であり、友人であるダルマスカの民パンネロだった。パンネロの声は、小鳥の囀りのように澄んでいる。足音もなく近付いてきたので、アーシェ・バナルガン・ダルマスカは少し驚いた。アーシェは再び笑顔を作り、首だけでなく体を彼女の方へと向ける。月明かりの下のパンネロは年頃の少女らしく朗らかに笑んでいた。こう見ていると優しく、穏やかな娘に見え、実際そうなのだがそれだけでなく逞しさと強さも兼ね備えている。ダルマスカの元将軍、バッシュ・フォン・ローゼンバーグが認めるほどに。
「パンネロ」
どうしたの、と首を傾げればパンネロは春の花のように笑った。テントにアマリアの姿がないから探しに来たんだよ、と言いながら。因みにもう一人の女性であるフランはテントで自分の武器である弓矢の手入れをしているという。
「わざわざ悪かったわね」
「気にしないでください。何か考え事でもしてたんですか?だったら邪魔をしてすみません」
パンネロはまた笑う。彼女はアーシェと親しくなった今でも丁寧な言葉遣いをする。ラーサーに対してもそうだった。幼なじみのヴァンとは真逆を行く。
「いいえ、何でもないわ。わざわざありがとう、パンネロ」
アーシェがそう言うとパンネロは嬉しそうな顔をした。礼を言われるといい気持ちになるものだ。季節は初夏。夜でも爽やかな風が吹く。ガリフの地ジャハラは静かで、灯りも最低限しかないのだが、それが余計に心地よい。パンネロはアーシェの真横へ移動し、満月を見る。ハニーブラウンの瞳が光を放つ。
「綺麗ですね」
「…ええ」
「ラバナスタの夜も好きだけど…ここもいいですよね」
「そうね」
ふたりはそんな会話をしながら、輝く月を眺めていた。アーシェとパンネロ以外の姿は無い。ガリフ族は早寝早起きなのかもしれない。バルフレアはバッシュとテントの中で酒でも飲んでいるだろうか。ヴァンは既に深い眠りの国に足を突っ込んでいるだろうが。満月でそれがとても明るいため、星はあまり見えないが特に明るい星は見える。アーシェは王宮にいたころを思い出した。家庭教師が星の名前を教えてくれたことなんかを。アーシェはパンネロに静かに語り出した。星の名前と、それに纏わる話を。パンネロはそれを楽しそうに聞く。アマリアは博識ですね、と言いつつ。パンネロがそう言うのでアーシェは機嫌良く話を紡いだ。時間が緩やかに流れゆく。そろそろ眠らないと明日に響く、といった時間になるとそのタイミングで雲が出始めて、月が覆い隠されてしまった。ふたりは言葉を交わさないで頷いた。――テントに戻ろう。そう口にしなくとも理解しあえた。じわじわと気温が下がる中、ふたりの少女はヴィエラ族の空賊フランが待つテントを目指して歩き始める。雲の切れ間から月がちらりと顔を出したが、パンネロもアーシェも振り返らなかった。まだ見ぬ「明日」がコツコツと足音をたてて遠くから歩み寄ってきていることをよく知っていたから。
title:白々