FF12 | ナノ


final fantasy xii

風の強い朝だった。パンネロは彼へと送る手紙を手にし、進む。少女は薄暗くも活気づいているダウンタウンを階段を上り、上層部へ出た所だった。パンネロや彼女の幼なじみヴァンの生まれ育ったここ王都ラバナスタは、オーダリア大陸の東側にあるガルテア半島一帯を示すダルマスカ地方中央部に位置する、由緒ある街だった。そのラバナスタは、人間(ヒュム)族だけでなく強靭な肉体を持つバンガ族、豚によく似た種族シーク族などといった亜人の姿もよく見られる大きな街で、様々な種族が混ざり合っているため、バレンディア大陸のアルケイディア帝国とはかなり違った姿形をしている。パンネロの短く切られた太陽の光の如く輝く金色の前髪がさらさらと風で揺れた。甘さを孕むハニーブラウンの瞳は高い空を映す。いつも明るいパンネロもまた、戦争で大切な人を失っている。だからこそ、あの旅で――最終的に「バハムート戦役」の終焉まで戦ったあの旅で、過去に囚われ揺らいだヴァンや、今やこの国を治める女王となったアーシェ・バナルガン・ダルマスカを支えた。パンネロは人々が行き交う街を進む。あの旅の記憶をひとつひとつ拾い上げながら。少女が道の右側に目線をやると、そこには四人の子供たちがいた。子供たちは駆け回って遊んでいる。彼らに見覚えはなかった。だが彼らもまた自分と同じ孤児なのだろう、とパンネロは察した。この街の子供はかなりの確率で孤児であるから。それに着古したぼろぼろの服を身に纏っているところも。パンネロは手にした手紙を見た。宛先は遥か遠くのアルケイディア帝国。中には三枚の便箋が入っている。受取人の名前はノア・ガブラス――アルケイディアのジャッジマスター。ガブラスへ、と書いてはいるものの本当はバッシュ・フォン・ローゼンバーグ宛である。バッシュは双子の弟ガブラスの遺志を継いで、ジャッジマスターとして生きているのだ、愛するダルマスカを離れて。大切な名前を捨ててまで。そして三枚の便箋のうち一枚が彼、バッシュへ宛てた手紙。残りの二枚がアルケイディア帝国の若き皇帝、ラーサー・ファルナス・ソリドールへの手紙だった。バハムート戦役が終わって時が流れ、日常を取り戻したパンネロはよくこうやってラーサーへ手紙を書いている。ラーサーとパンネロの間には確かな絆があった。それはヴァンとパンネロの間にあるものとは、また少し違う。手紙を帝国のジャッジマスターの頂点に立つガブラスとして生きるバッシュを通して送るのは、様々な都合があるためだった。イヴァリース全土を巻き込むであろう、とされた大戦を最小限の犠牲で止めた人物のひとりとはいえ、パンネロは一般のダルマスカ人。アルケイディアの皇帝へ直接手紙を届けるのは非常に難しい。それ以前に、ジャッジマスターたるガブラスへ送るのもなかなか難しいことであったがなんとかそれをクリアーし、パンネロはおじさまと慕うバッシュに手紙を送ることが出来るようになったのである。手紙を出すと、パンネロは深く息を吸い込んだ。この手紙がラーサー、バッシュの手に届くのは数日後。彼らがそれを読んで、返事を出し、少女の手にそれが来るのはずっと先。それまでパンネロはそわそわしながら待つのだ、ヴァンやカイツ、フィロたちと変わらぬ日常を
送りながら――。パンネロはラバナスタ上層の店を見て回ってからダウンタウンに帰ることにした。季節は花咲き乱れる春。広場には沢山の花が風と踊りながら、そして甘い香りを漂わせながら咲き誇っていた。

まだ少年と呼べる幼い皇帝ラーサーの元にパンネロの手紙が届いたのはやはり数日後のことだった。山積みの書類を半分ほど目を通した頃。時刻は正午を回っていた。そろそろ昼食の時間だ。ラーサーは自室で昼食をとることにしていた。兄が存命の頃は一緒に食事をしたことも多々あった。過去を振り返りつつ仕事場から離れ、冷たい空気の満ちた廊下を進む。廊下にも重い鎧を着た数人のジャッジがおり、彼らは従うべき存在に恭しく頭を下げる。ラーサーは自室へ入り、程なくして運ばれてきた昼食を食べた。食器もさげられ、読みかけの本の頁を捲った時だった。木の立派な扉が叩かれた。ラーサーは入れ、と命ずる。はい、と言うそれは聞き慣れた声だった。その声の主はゆっくりと扉を開け、室内へと入ってくる。冷たく鈍い光を放つ兜の中にある瞳はひどく優しい。だがその顔には数多の戦いで刻み込まれた痛みが色濃く残っている。ジャッジマスター・ガブラスと呼ばれている、バッシュ・フォン・ローゼンバーグという男。彼はラーサーに挨拶をすると、すぐに本題に入った。
薄いグリーンの便箋二枚をラーサーに差し出す。わざわざ届けてくれたバッシュに礼を言うと、彼はそれを受け止めラーサーの部屋を出た。多忙なのだ。彼は何しろジャッジマスター、しかもそれをまとめ上げるジャッジ・ガブラスなのだ。がちゃり、と音を立てながら扉は閉められた。部屋が穏やかな静寂に包まれる。ラーサーは受け取った手紙をそっと開いた。紙の下の方にはスノーホワイトの花が咲いている。パンネロがラーサーに送ってくる手紙には決まって花が印刷されていた。今回もまたそうだった。優しい心を持った彼女らしい、そんな風に思いながら彼はそれに目を通した。二枚にわたるパンネロからの手紙の内容は近況などだった。それに加え、ラーサーへのやわらかな想いが書かれており彼は微笑む。バルフレアとフランの空賊ふたりは何処にいるか分からない、といった内容もあった。仲間であり親友であるからこそ会えた女王アーシェとこんな話をした、なども書かれている。丁寧で読みやすいパンネロの字。懐かしさがこみ上げる。――会いたい。心からそう思った。

ラーサーからの手紙がパンネロに届いた。パンネロやヴァンの保護者であるバンガのミゲロが営む道具屋の手伝いを終えてダウンタウンに戻った彼女は、鉄鋏で丁寧に封を開け彼からの手紙を取り出す。今日もミゲロの店は大繁盛だった。体も疲れている。カイツを連れてラバナスタを出たヴァンはいつ帰ってくるか分からない。ふう、と息を吐いてから半分に折られた便箋を開ける。ラーサーの字もまた綺麗だった。内容は彼やバッシュの近況がメインだったが、最後に会いたい、と言った文章が書かれていた。パンネロの胸がいっぱいになる。彼は何日なら会える、という所まで書き添えていた。会いたい、と思っていたのは私だけではなかった――パンネロは胸元に便箋をやり、ぎゅっと抱きしめる。あの日、助けてくれたラーサー。守ると言ってくれたラーサー。みんなを助けてくれたお守りをくれたラーサー。少女は年下の彼に、紛れもなく恋をしていた。

パンネロはすぐに返事を書いた。その日なら会えます、と。その手紙の返事もパンネロが思っていたより早く届き、ふたりが久しぶりに会う日が決まった。彼女はその日を待ちわびながらカレンダーに×印をつける。約束の日の前に×印が並ぶ。約束の日の朝。パンネロはかなり早く目を覚ましてしまった。気持ちが露わになっている――頬がカッと熱くなった。パンネロは荷物を手に自宅を出た。皇帝であるラーサーははるばるラバナスタに来ることが出来ない。必然的にパンネロがアルケイディアに行くことになる。モグシーでターミナル前まで移動し、飛空艇のチケットを買った。ひとりで外国に行くのは久しぶりだった。ヴァンと一緒にダルマスカを発つことはしょっちゅうだったけれど。飛空艇は滑るように飛んだ。バルフレアの愛機シュトラールのようなスピードは出ないけれど。デッキに立ち、世界を見据える。美しいイヴァリース。平穏を取り戻したこの世界。パンネロの胸に芽生えた愛は、イヴァリースを支えるひとつの石。――アルケイディアはもう、すぐだった。


title:確かに恋だった


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