final fantasy xii
アーシェ・バナルガン・ダルマスカは仲間たちと共にフォーン海岸を訪れていた。そこは、アルケイディア地方とナブラディア地方を隔てるフォーン海峡一帯の沿岸部である。旧ダルマスカ王国の王女アーシェ、空賊を志す少年ヴァン、ヴァンのガールフレンドであり踊り子を夢見る少女パンネロ、高い賞金を懸けられた空賊バルフレア、バルフレアの相棒でありヴィエラの空賊フラン、ダルマスカの将軍であったバッシュはハンターズ・キャンプまでやってきて、そこで休憩をしていた。ここは各地を旅している冒険者、ハンターなどが情報を集めるために集う場所。ハントループと呼ばれるコミュニティもある。アーシェたちもまたそれに所属し、モンスターを狩るモブハンターだ。今回フォーン海岸に来たのも、ハンターとしての仕事のためである。彼女たちは、モンスターを倒した証をここでそれを取り仕切る人物に渡したところだった。せっかくフォーンまで来たのだから、このままゲートクリスタルを使ってテレポするのもなんなので、アーシェは五人の仲間にこう言った。数日間ここに滞在しましょう――と。砂漠の国ダルマスカの孤児であるヴァンとパンネロは大喜びだった。彼らは初めてここ、フォーン海岸に来たとき、海を見て目を輝かせていた。当たり前だろう、強い力をつけているとはいえ、ふたりはまだ子供と呼べる年齢。初めて見る青い青い海に感動するのは仕方ないこと。ヴァンとパンネロはフォーン海岸に来る度、果てしない大海原に一言では表せない感情を抱いているのだ。ヴァンとパンネロは武器をバッシュに託すと、波打ち際で遊び始めた。アーシェはそんなふたりを少しだけ羨ましそうに見つめる。あんな風に無邪気にはなれない自分。もどかしさが胸を満たす。潮風がアーシェの色素の薄い髪を弄んだ。衣服の裾も揺れ動く。ヴァンとパンネロを見るのをやめ、後ろに目をやった。クリスタルのすぐそばに、バッシュが立っている。足元にはヴァンの剣とパンネロの杖があった。そして自らの得物は手に握られている。――バッシュ・フォン・ローゼンバーグ。今は地図から姿を消したランディス共和国の生まれであり、ダルマスカ王国の将軍だった男。アーシェの愛する父ラミナスを殺害したと言われていた男。それ故にアーシェがずっと憎んでいた男――。真実を知った今、彼はアーシェにとって誰よりも頼れる存在だった。真面目で誠実な彼。天地がひっくり返っても、暗殺などしないであろう。彼は濡れ衣を着せられていたのだ。捕らえられた鳥のように、檻に閉じ込められていたという。あの、ナルビナに。今、アーシェとバッシュは確かな信頼関係を築いていた。彼の過去を思うと、胸が痛む。どんな気持ちでナルビナにいたのだろう、どんな気持ちで今生きているのだろう――。バッシュがアーシェの視線に気付いた。どうしたのですか、といった表情を浮かべ亡国の王女を見つめている。アーシェはなんでもないわ、と心の中で呟いてから首を横に振った。バッシュは彼女の言いたいことを理解したらしく、首を一度だけ縦に振り、仕えるべき王女から視線を外した。続いてアーシェは空賊ふたりの姿を探した。思っていたより早く彼らの姿は見つかった。孤児ふたりが遊んでいる少し先で、海と空の境界線を見ている。フランの長い銀髪が風によって持ち上げられていた。彼女の背には弓が、その隣に立つバルフレアの手には銃があった。彼らは青を見ているため、アーシェと視線が絡まりあうことはない。空賊であるふたりは、どんな思いでこの旅をしているのだろうか。面倒なことに巻き込まれたと思っているのかもしれない。だがアーシェは知っている、ふたりもまたこの旅で柵(しがらみ)から解き放たれつつあるのだと。そしてその件で仲間に感謝しているけれど、口に出すことはないことまで。アーシェが小さく笑むと、風が少し強く吹いた。アーシェ・バナルガン・ダルマスカの落とした笑いを吹き飛ばすかのように。
時間は絶対に止まることなく、流れていく。誰も、砂時計の砂が落ちる早さを変えることは出来ない。少し待ってほしい、と只ならぬ地位に立つものが願ったとしても、時の流れを早めたり遅くしたりすることは不可能である。ヴァンとパンネロは遊ぶことをやめて、集めたおたからを海岸で商いをしている人間(ヒュム)に売っている。その金で新しい武具を買ったり、回復薬などを購入したりするのだ。それは決まってダルマスカの民であるヴァンとパンネロの仕事だった。アーシェとバッシュはあまり顔が知られていないとはいえ、目立つ行動は控えるべき立場にある。バルフレアとフランは賞金稼ぎから狙われている存在である。消去法でふたりが残るのだが、ヴァンもパンネロも道具屋で働いていたこともあり適任といえた。バッシュはバルフレアと合流し、きらきらと輝くクリスタルのそばで自分の武具を手入れしていた。フランはモブの情報がべたべたと貼られた掲示板を見ている。その赤茶色の瞳は宝石のようだった。アーシェはそんなフランのそばへと歩いていく。フランは振り返らなかったが、彼女の接近に気付いていた。森の民ヴィエラは嗅覚や聴覚に優れている。人間(ヒュム)とは比べ物にならないほどに。フランは低い声でアーシェの名を口にした。アーシェもまた彼女の名を呼んでから、なにかいい情報はあるかと問いかけた。
「――あまり無いわね。これなんて、簡単すぎるでしょう?」
フランの長い指が指し示すものをアーシェは見る。確かに簡単すぎる依頼だった。やりがいも何もないだろう。はあ、とアーシェはため息をついた。それをフランが見、小さく笑った。アーシェはその笑いの意味が分からなかったが、それを問うことはしなかった。そろそろ日も落ちてくる。フォーンのハンターズ・キャンプに来たときは決まってここにいる者たちと夕食をとる。狩ってきた獣の肉や釣り上げたばかりの魚を焼いて、火を囲みながら食べるのだ。アーシェにはそれが新鮮であり、そして楽しいことだと思っていた。ヴァンやパンネロもそんな様子だった。子供たちをバッシュが父のように見つめ、離れた場所でそんな仲間たちを空賊たちは眺める――そんな図はここでしか見られない。ここでは種族もなにも関係ない。人間(ヒュム)やバンガ、シーク、モーグリ、そしてヴィエラ。このイヴァリースで暮らす種族は皆仲間であった。今日もすべての種族の姿がある。半分ここに住んでいるかのようなバンガのハンターがひとつめの肉を焼き始めた。食欲をそそる匂いにわらわらと人が集まってくる。アーシェたちは一度クリスタルの横に集まってから、そのバンガのいる方へと歩いていく。茜色の空の下で、今日もまた宴が始まる。もう少し経てば、空は黒に飲まれ無数の星と月が顔を出し始めるだろう。あまりいい依頼にありつけないとか、このイヴァリースの未来とか、難しいことは考えないで焼きたての肉や魚を頬張る。思い描いていた幸福とは色も形も違うけれど、確かにこうしている間は幸せだった。アーシェはナイフとフォークで器用に肉を切り、一番星を見つめた。
title:空想アリア