FF12 | ナノ


final fantasy xii

人間(ヒュム)がエルトの里と呼ぶ、ヴィエラ族の住まう場所。空賊フランはその里の入口に近い場所に立ち尽くしていた。ぴんと立った彼女の耳にはもう、森の声は届かない。それは、人間と交わった報いだった。フランは自由を手に入れるためにすべてを捨てた。家族も、仲間も、思い出や過去と呼ぶものさえも。彼女の仲間たち――バルフレア、ヴァン、パンネロ、アーシェ、バッシュはこの里で長い時を生きるヴィエラの話を聞くために奥へ入っている。相変わらずヴィエラたちは人間の侵入に嫌な顔をするものの、前に比べれば友好的になってきたとも言える。パンネロが言っていた。少し、エルトの里のヴィエラたちが穏やかな表情をするようになった、と。誰よりも優しい少女、パンネロはそういうことに敏感かもしれなかった。フランはパンネロに実妹ミュリンの姿を重ねている部分があった。雰囲気も似ているかもしれない。そのミュリンとも、実の姉であり里の長であるヨーテとも、フランは縁を切ってしまったのだけれど――。

ここに立っていると様々なことを思い出す。フランはふ、と微かに笑った。熱を出して苦しむミュリンに解熱効果のある薬草を採りにゴルモアの深い森を駆け回ったこと。幼い頃、ヨーテとミュリンとともに三人揃って外の世界に思いを馳せたこと。原因は忘れてしまったけれど、珍しくヨーテと喧嘩のようなものをしたこと――等々。森のささやきは聞こえない。だが、森は穏やかに笑んでいるように思えた。前にヨーテが言ったように自分を懐かしんでいるのだろうか。フランはそう考えたものの、すぐに首を横に振りそれを自分から否定した。もう、森は私を見ていないだろうと。森と共に生きるのがヴィエラなのだから、外の世界に生きる自分はもうヴィエラではないのだと。姿形は違うけれど、恐らく私は人間(ヒュム)なのだ、そんな風にフランは考えた。鳥が囀る。美しい歌声だ。それによって彼女は色彩溢れる現実へと引き戻される。鳥の歌声は外でも聞くことが出来るが、何かが違った。エルトの里で聞けるその歌声は、何よりも清らかで、そして透明だった。それは、感動するほどに、だ。フランは暫しそれを聞いていた。紛れもない現実の中、いつまでもこの時が続けばいい――フランはそう思った。

だが時間というものは思っている以上に早く過ぎ去るものだ。フランの相棒であるバルフレアを先頭にして仲間たちが戻ってきた。バルフレアはまた何か面倒なことに巻き込まれた、と言いたげな表情でこちらを見た。彼の後ろを歩いてきたヴァンがフランに言う。モンスター退治を頼まれた、と。確かに面倒なことだ。だがヴァンたちはれっきとしたクランメンバーである。モンスターの退治はそれの仕事にあたる。恐らくは変わり者のネフィーリアあたりに依頼されたのだろう――フランはそう思った。ヴァンのすぐ後ろを歩いてきたパンネロがその内容を話すと、やはりネフィーリアからの依頼だった。フランがパンネロの話を聞いている間、ダルマスカの王女アーシェと裏切り者と呼ばれた将軍バッシュは里の入り口にいるモーグリと何か話をしていた。相棒のバルフレアを見れば、仕方ないといった顔でフランに視線を投げている。そのモンスターはゴルモアの深い深い森に現れるという。モーグリとの会話を終えたアーシェ・バナルガン・ダルマスカが五人に向かって、凛とした声で言う。討伐に行きましょう、と。

ネフィーリアに依頼されたモンスターは、フランが弓を射る前に倒された。ヴァンが剣で切り裂き、アーシェが炎の魔法を、パンネロが雷の魔法を唱えただけでそれは倒されてしまったのである。まさに、朝飯前といったところだ。自慢げなヴァンをパンネロが窘め、アーシェが服に付いた砂を払う。バッシュはアーシェを気にかけながらも、子供たちの活躍を満足げに見ていた。バルフレアとフランは少し離れた場所に立っている。

「――主人公はでしゃばらないのさ」

バルフレアが軽い口調で言う。フランはそんな彼を見て、口元に笑みを漂わせる。バルフレアはそういう男なのだ、相棒であるフランはそれをよく知っている。そしてフランが無言でいることにバルフレアは何かを言ってくることはない。長い付き合いである、言葉にしなくても分かっているのだ。相手が自分を認めていることも、相手が自分を信じていることも。六人は歩み始める。厳しい掟に縛られた、エルトの里に住むヴィエラの少女、ネフィーリアのもとへ――。

フランはいつものように里の出入り口付近で仲間たちを待つ。モーグリに手に入れたおたからを売る係となったアーシェも、その役目を終えてからはフランの隣に立っている。アーシェの利き腕には鋭い光を放つ剣が握られており、彼女の眼差しもまたそれに似た光を帯びていた。彼女は使命を果たすべく力を得たいと願う、まさに人間(ヒュム)らしい女性だ。フランはそんなところにも感心していた。この里で暮らす者は絶対に持たないそれを持っている彼女に。森はそんなダルマスカの王女に何と言っているのだろう――森の声を聞くことの出来なくなったフランは疑問に思う。それと同時に、もうヴィエラでない自分は一体何なのだろうとも考える。先ほどは人間なのだろう、と思ったけれど人間らしい人間であるアーシェを見ているとそれは違うのではないかとも思えた。少なくとも、自分は狭間に立つ存在なのだろう。どこまでも優しかった過去から切り離され、広すぎるこの世界と複雑な人間の感情の海に溺れた。そんなフランに手を差し伸ばしたのが空賊バルフレアだ。彼の手を握り返して、空をかけていた――ラバナスタに暮らす孤児、ヴァンと出会うまでは。ヴァンに出会わなければ今このようにしている「未来」は有り得なかった。過去を振り返ることもしなかった。そして、こんな風に存在に迷うこともなかった。フランの長い耳は、森の声をとらえられない。里の入り口で、無音に包まれる。鳥も歌うことをやめていたし、アーシェも何も言わないでいたから。フランの銀髪が揺れる。フランは目を閉じた。瞼の裏側には在りし日の自分と姉妹の姿が焼き付いている。これだけは拭うことが出来なかった。この記憶だけは剥がれ落ちなかった。もうミュリンには姉で無いと告げたのに。もうヨーテにも会わないと決めたのに。セピアの記憶を見ている間だけ、フランは森の民ヴィエラになれた。目を開ければ、ゆらぎの中にある自分に戻る。完全な人間(ヒュム)でも、純粋なヴィエラでもない自分に。ボタンを押して、スイッチを切り替えるように。赤茶の瞳は緑に染まった。もうすぐ、仲間たちが戻ってくる。フランは願う、いつか仲間たちのような「人間(ヒュム)」になれる日が来るように、と。やんでいた囀りが響き始めた。


title:白々


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