FF12 | ナノ


final fantasy xii

ヤクト・ディフォール東の低高地帯に広がる、ゴルモア大森林。そこに、フランの故郷である白森の里――エルトの里はあった。鬱蒼とした暗く深い森ゴルモアにあるというのに、そこだけは柔らかい光が降り注ぐ美しい地であった。ヴィエラの集落は大樹と大樹を結ぶように作られており、住居は木の幹に沿うように建てられている。精霊をまつる神殿などもあるこの里の木々はすっと背と枝を伸ばし、風が吹くたびに葉を揺らす。時折、枝に別れを告げた葉が雨のように大地へと落ちる。訳あってエルトの里へとやってきたヴァン一行は、独特の森の匂いを感じ取って息を吐いた。この里に来るのは、もう何回目になるのだろう。ヴィエラたちの態度は相変わらずであるが、それでも追い払われることはないので良しとしよう。だがフランは奥へと入ることを拒んだ。いつものことだ。姉にも、妹にも――会う資格がない。既に決別したのだから。森の声を聞き取ることの出来ない自分。鏡を見れば映る、先の黒い耳。ラヴァ・ヴィエラの証。フランを除く五人はカツコツと足音を立てて奥へと入っていった。もう姿は見えないというのに、彼女の耳は彼らの足音を聞き取った。フランは自嘲気味に、少しだけ笑う。ヴィエラではない、もう自分は人間(ヒュム)と同じなのだ、と繰り返し繰り返し自分に言い聞かせていたというのに。中途半端にヴィエラであるという現実を突きつけられて。もう決別したというのに、どうしても気になってしまう姉妹のこと。エルトの里の長である姉ヨーテ。ヴィナ・ヴィエラであることを選んだ――否、選ばせられた妹のミュリン。元気にしているだろうか。里のものを仲良くしているだろうか。怪我や病気はしていないだろうか――フランは瞼を閉じた。ふたりのことを、森に問い掛けたかった。だが森は何も教えてはくれない。木々は風に揺れてざわざわと音を立てた。

「……そうよね」

フランは再び小さく笑った。人間(ヒュム)と交わった自分に、もう既に森の民ヴィエラではない自分に、森は何も教えてはくれないのだとわかっていたくせに自分は何をしたかったのだろうかと。頬を撫でる風は生ぬるい。風の音と、木々が葉を揺らす音と、鳥の囀り。美しい音ばかりを集めたこの場所で、フランはひとり俯く。今の自分は森に生きる者ではない。空を翔け、自由を愛する空賊であるのだから。空から森は遠く、森から空もまた遠い。フランの赤茶色の瞳に、緑が映る。過去の記憶がちらつく。ヨーテと言い争ったこと。笑いあったこと。体調を崩したミュリンを介抱したこと。彼女と様々な話をしたこと。姉も、妹も、自分も――幼い頃は、外の世界に憧れていたということ――。あの日々は戻らない。いくら願っても、望んでも、戻ることのないあの日々。窮屈な狭い世界で、木々に囲まれた世界で、緩やかに生きていたあの日々は。もう今は、全てが違っている。ヨーテはこの里を守ることを選び、ミュリンもまたここで生きることを選んだ。フランだけが違った。相棒であるバルフレアと共に、空賊として生きる道を選んだフランだけが。そして今は、旧ダルマスカ王都ラバナスタの孤児ヴァン、亡国の王女アーシェ、ヴァンのガールフレンドのパンネロ、裏切り者と呼ばれた嘗ての将軍バッシュ、そしてバルフレア――彼らとイヴァリースのために、旅を続けている。その道は険しく、過酷で、激しい痛みを伴う。それでも彼らは戦わなくてはならなかった。もう少し経てばヴァンたちは戻ってくる。戻ってくれば、すぐにエルトの里を去るだろう。それからクリスタルで一度、ヴァンやパンネロ、アーシェの故郷ラバナスタに戻る事になっていた。買い物や情報収集、クラン「セントリオ」での活動。やることは山ほどある。特にクラン活動は、リーダーであるモンブランが首を長くして待っているだろうから、ラバナスタに戻ったらすぐに行かなくてはならなかった。フランはすっと背を伸ばし、前を見る。そろそろ、仲間たちが戻ってくる。長い耳が、彼らの足音を聞き取った。

それから数分後。五人がフランの待つ「森をうやまう路」へと帰ってきた。クリスタルがきらきらと輝き続けている。先頭を歩いていたのは意外にもヴァンではなく、バルフレアだった。その少し後ろをアーシェとバッシュ、その後ろにヴァンとパンネロがいた。バルフレアはフランを見、フランはバルフレアを見る。彼の綺麗な緑の瞳が、フランは好きだった。何故だかわからないが、初めて会ったあの日から――どうしようもなく魅かれていた。だがフランは今日、その理由を見つけた気がした。そう、故郷の緑と――白森の里の緑と――悲しくなるくらいに、似通っていたからだ、と。バルフレアはフランのすぐ傍まで来ると、笑った。「待たせたな。相棒」、といつもの声で言いながら。フランは笑う。先ほどまでの痛々しい笑みではなく、やわらかな微笑み。寒い冬を乗り越えて蕾をつけ、やっと花開いて芳しい香りを放つ、それのように。


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