FF12 | ナノ


final fantasy xii

過去は捨てた。愛しい故郷も。大切な姉妹も。優しく包み込んでくれた森も。すべてを捨てた。自由の翼を得るために、森の民――ヴィエラであることもやめた。森に憎まれても、姉に恨まれても、妹に泣きつかれても――すべてを捨てると決めた。遠い遠い、あの日。

懐かしい夢を見た。五十年前、森を出たあの日の夢を。フランは体を起こして、それから長い銀髪を梳いた。銀の髪はヴィエラの証だ。フランのように人間(ヒュム)と交わり生活するヴィエラの中には、過去から束縛されることを拒み髪を染めるものもいる。だが、フランは染めていない。ヴィエラ族であることをやめ、森を出てすぐの頃は染めようかと思っていたのだが、結局染めなかった。あの頃出会ったばかりの彼――今はかけがえのない相棒、バルフレアにこう言われて。

「フランの髪は綺麗だな」

それだけだった。アルケイディア帝都アルケイディス生まれのバルフレアにとって、ヴィエラが物珍しいものだったからそう言われただけだったのかも知れない。だがフランは彼にそう言われて髪を染めることをやめた。駆け出しの空賊だったそんなバルフレアに、フランは興味を持った。フランから見ればまだ幼い彼。人間(ヒュム)の男にだなんて、と自分でも思った。だが彼と行動を共にしているうちに、フランにとってバルフレアがだんだんと特別な存在へと変化していったのだ。バルフレアもまたそうだったが、ふたりはまだ「恋人」にはなっていなかった。

フランは静かにベッドから抜け出す。そして、隣とそのまた隣のベッドを見た。隣にはアーシェが、アーシェの隣にはパンネロがおり、ふたりはまだ寝息をたてている。フランは時計を見て時間を確認してから部屋を出た。ここは旧ダルマスカの王都、ラバナスタにある小さな宿屋である。バルフレアらは隣の部屋で眠っているはずだ。
なぜ今更あの頃の夢を見たのだろう――フランは考える。これから自分たちはラバナスタを発ち、遥か南のガリフの地ジャハラへと向かうというのに。破魔石の使い方を知りたい、というアーシェの護衛をしながら。フランは首を横に振ってから、階段をおりた。階下のロビーには人間(ヒュム)がふたりと、モーグリがいた。まだ早い時間だが、起きている者は起きている、そんな時間である。人間(ヒュム)たちは男女ペアで、恋人のようにも見えた。恋人。何とも言えぬ感情がフランの心の中を巡った。バルフレアの横顔が浮かび上がる。恋人?違う、彼と自分はそんな生易しい言葉では言い表せない――フランは再び首を横に振る。「まだ違う」と先ほど思ったばかりではないか、と。「まだ」ということは「いつか」そうなるのだろうか。フランは考えたが、すぐに考えることをやめた。繰り返すが、自分とバルフレアの関係はそんな簡単に言い表すことは出来ないのだ、愛し合うイコール恋人、ではない。フランはそのままラバナスタの街中へと溶けていった。

フランはしばらく街の中を彷徨いていた。ダウンタウンまで行き、そういえば回復薬が減っていたなと思い出し、行商人からポーション類を購入した。行商人も、街を行く人々も、ヴィエラが歩いているのを見て驚いたり指差したりする。人間(ヒュム)以外の種族が多く生活するここラバナスタでも、ヴィエラ族は珍しい存在だった。アルケイディアのように、亜人種への差別があまりないラバナスタであっても、だ。ダウンタウンから上層にあがり、フランは街を歩いた。ここはアーシェ、パンネロ、そしてヴァンの故郷だ。その事を思い出すと、あまり思い出したくないことも思い出してしまう。そう、フランの故郷のことだ。
フランは人間(ヒュム)が「エルトの里」と呼ぶ里の生まれだった。そこは女性ヴィエラが生活する里。森の奥深くにあるというのにやわらかな光が差し込む、綺麗な場所だった。他の里と比較すると、かなり厳しい掟がヴィエラたちを縛り付けている里で、フランはヴィエラと森を捨てた、いわば裏切り者だった。実姉のヨーテが里の長であること。多感な年頃の実妹ミュリンの存在。フランはふたりの狭間で揺れていた。だが、ある時――五十年前のあの日、ふたりを切り離し、森を出た。もう二度と里に足を踏み入れることはないだろう。フランは裏切り者の烙印を押された。そしてそんな彼女とバルフレアは出会った。最初はただの子供だと思っていたバルフレアの存在が、日に日に大きくなり、共に空を翔る空賊として活動し――そして今に至る。やはり「相棒」という表現が一番しっくりくる。キスをしたことはあるが、それ以上のことはしていないし、そもそもフランはバルフレアに「好き」と言ったことすらない。いつか、この旅が終わったら、恋人という関係に変化するのだろうか?フランは考える。胸には確かに愛に似たものが横たわっている。けれど――。

「フラン」

突然、声をかけられた。フランは長い耳をぴくりと動かし、それからくるりと体を回転させ、声の主を見た。その人物は、フランが宿屋を出てからずっと思っていた――毎日声を交わしている人物――バルフレアだった。悪戯っぽく彼は笑っている。

「何してたんだ?散歩か?」
「そのようなものよ」

随分と早く起きたのね、とフランが微笑しながら言えばバルフレアは頭を掻いた。ふたりの上を鳩だろうか、白い鳥が飛んでいく。

「そろそろパンネロとか起きるぞ。フランがいないとお嬢ちゃんは心配するぜ」
「そうね――」

戻りましょう、とフランは言った。だがバルフレアはそれには頷かず、風に弄ばれている長い髪に触れ、「何かあったのか」と問いかけた。フランは赤茶色の瞳を一瞬丸くさせ、それから微かに笑う。あなたには何でもわかってしまうのね、と。それを聞いたバルフレアは言う。

「俺を誰だと思っている?フランのことは俺が一番よく知っているんだぜ」
「ふふ…少し昔のことを思い出しただけよ」
「そりゃ珍しいことだな、フラン」

バルフレアがそう言いながらフランの銀髪に触れた。柔らかな銀の髪が日光の下、きらきらと輝く。フランはバルフレアの目を見た。高価な宝石のように綺麗なヘーゼルグリーン。珍しいことだ、と言いながらもバルフレアはそれ以上追求してこなかった。ふたりは信じ合っている。だが必要以上にベタベタすることはしない。これくらいがちょうどいいのだ、フランは歩き始める。バルフレアもそれに続く。手は繋がれていない。もっと深い部分が繋がっているから。

「綺麗な髪だな」
「あなた、それ前も言っていたわ」
「そうか?何回言ってもいいだろう?本当に綺麗なんだから、な」
「……ふふ。ありがとう。バルフレア」

歩きながら、そんな会話を交わす。フランが切り離した過去。バルフレアが鍵をかけた過去。――ふたりは似ていた。似ているから、引き寄せられたのかもしれない。磁石のように。引きあい、求める。心と、心が。

帰ってきた空賊ふたりを、パンネロが出迎えた。いったい何をしていたんですか?と問いかけてきた金髪の少女に、バルフレアはウインクしてこう答えた。

「朝のデートさ。お嬢ちゃんにはちょっと早いかもな」


title:空想アリア


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