FF12 | ナノ


final fantasy xii

「ヤクト」と呼ばれる、飛行石の働かない地のひとつ――ヤクト・エンサ。その全域にまたがる砂漠、エンサ大砂海。そこはダルマスカ王国の国土よりも広大で、東側はオグル・エンサ、西側はナム・エンサと呼ばれている。延々と続く砂の海は人を拒むため、過酷な環境下で生きていけるモンスターと、凶暴な亜人ウルタン・エンサ族が砂の王国を築いている。砂の粒子が非常に細かく、風に波打つ様が海のように見えるため、砂漠ではなく「砂海」と名付けられた。アーシェたちはウォースラという心強い仲間を加えて、その砂海の先――通称「死者の谷」と呼ばれる場所にある「レイスウォール王墓」を目指していた。その地を目指すのは、アーシェ・バナルガン・ダルマスカが覇王の末裔であることを証明する「暁の断片」を得るため。アーシェは復讐に燃え、そして力を渇望している。まだ少女と呼べる年齢の彼女を見て、ヴィエラ族であるフランは不思議な感情を抱く。何故人間(ヒュム)はそこまで力を求めるのだろうか、と。空賊バルフレアの相棒であるフランは、イヴァリース中を飛び回っていた。沢山の人間に出会ったが、ここまで力に飢えた者を見るのは初めてだったからだ。それでもフランはアーシェに何かを言うことはなかった。彼女を守る立場にあるウォースラが、空賊のバルフレアとフランをキッと睨んでいたせいもあったが。フランは自らの武器、弓を手入れしながらちらりとアーシェを見る。夜と呼ばれる時間帯になったので、彼女たちは比較的モンスターの少ない場所で体を休めているのだ。アーシェはパンネロが魔法を唱えて火を熾したそれをじいっと見つめている。ゆらゆらと動く焔を見ているわけではないのだろう、彼女はもっと違うものを見ている。掴むべき未来か、それとも崩れ去った過去か。もしくは飢える自分自身をか。手入れを終えたフランは弓を砂の上に置くと、長い銀髪を手で梳いた。夜風と戯れるそれを。ヤクト・エンサの夜は冷える。砂漠というものは極端な気候をしているから。フランは静かに立ち上がった。するとそれと同時にアーシェも立ち上がった。フランは首を捻る。旧ダルマスカの気高き王女は、火から離れていく。パンネロはヴァンと、バルフレアはバッシュ、ウォースラと会話しているため、それに気付いたのはフランだけだった。追いかけるべきか。フランは悩んだ。彼女はひとりになりたくて、その場を離れたのかもしれない。ならば追いかけるべきではない。だが彼女の後姿があまりにも切なく見えたので、フランはアーシェの後を追うことにした。月が綺麗な夜だった。

アーシェは自らの武器である剣を手にしていた。それを月明かりにあてて、それから鞘に戻し空を見上げる。満月の夜。やさしい光が砂で覆われた大地を照らしている。アーシェはしばらくそうしていた。フランが近寄って声をかけるまでは。

「…!?フラン……」

アーシェは目を丸くした。足音もなく近寄ってきていたから当たり前と言えば当たり前の反応だった。アーシェの硝子玉のような瞳に、フランの姿が映し出される。フランは何も言わず、ただ彼女を見つめた。アーシェもフランが何を言いたいのか、理解できているようだった。覇王の末裔で、イヴァリース全土でも重要なポジションに立つアーシェ・バナルガン・ダルマスカ。たったひとりでこんな場所にいてはいけない、と。あの場を離れたかったのならば、ひとりで離れずに「アーシェ王女」を守る騎士であるウォースラ、または年の近いパンネロあたりを誘ってくるべきである、と。アーシェは俯いた。前髪の向こう側の瞳が切なげな光を放つ。フランはまた一歩近寄る。そして彼女の肩に手を置いた。アーシェがえ、と言葉をもらしながら顔を上げる。

「フラン……」

さっきと変わらない台詞。だが意味も色も、形もまるで違っている。

「ひとりで抱え込んでは駄目よ」

フランが優しげな声色で言った。いつものアーシェならば、こんな声を投げかけても無視しただろう。だが今の彼女は違った。ええ、と言って頷き、瞳から一筋の光が流れ、頬を伝った。彼女はあまりに大きなものを背負いすぎている。あまりにたくさんのものを失ってしまっている。自分の歩むべき道を知ってはいる、だがその道をひとりで歩んでいけるほどアーシェは逞しくない。手足も細く、折れてしまいそうにすら見えた。アーシェの涙は砂の上にぽたりぽたりと落ち、大地の色を変える。フランは持ってきていた上着をそっとアーシェにかけてやった。フランの手がアーシェの首に触れたが、それはとても冷たかった。さぁっと風が吹き、砂海が波立ち、髪を弄ぶ。そろそろ戻らないと皆が心配する。そうフランは言いかけたが、アーシェは既に分かっているようだった。ただ、こくりと頷くだけだったけれど。フランはそっとアーシェの手を取った。ほんの僅かでも、彼女を支えてやりたいと思ったのだ。顔も、雰囲気もまるで違うが、珍しく弱みを見せたアーシェ・バナルガン・ダルマスカに、二度と会えぬであろう妹の面影を感じて。

ヤクト・エンサの夜が更けていく。世界――イヴァリースは、まだ揺らいだままだった。


title:不在証明

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