FF12 | ナノ


final fantasy xii

ラスラと過ごした日々は、アーシェ・バナルガン・ダルマスカの宝物だった。誰にも触れないでほしい、誰にも見られないようにしたい、そんな風に願ってしまうほどには。ラスラ・ヘイオス・ナブラディア――アーシェの夫は、ナルビナ城塞で矢を胸に受けて戦死した。アーシェとラスラが共に生きたのはほんの僅かな時間だけ。永遠の愛を誓った場所で、アーシェは喪服を着て涙を落とした。一生愛すると誓ったのに。いずれ子供を成してともに育てていこう、とまで考えていたのに。悲しくて、悲しくて。悲しくてアーシェは泣いた。全てを失った王女は、アルケイディアへの復讐を誓った。すべてを奪った、アルケイディア帝国。憎くてたまらない、あの国に。

――旧ダルマスカ王都、ラバナスタ。
ダウンタウンの古い家にアーシェはいた。彼女たちは明日、ガリフの地ジャハラを目指してここを発つ。破魔石の使い方をガリフ族から教えてもらうために。フランが言ったのだ、ガリフならば危険な力の囁きが聞こえるかもしれない、と。ジャハラはケルオン大陸北西部、バンクール地方にある。バンクール地方はミストが不安定なケルオン大陸には珍しいことに、穏やかな気候で有名だった。それでも「ヤクト」であるため、飛空艇で行くことは出来ない。砂漠と平原の先まで、歩いていくのだ。そのためしっかりと準備していかなくてはならない。自殺したと思われているアーシェと、処刑されたとされているバッシュはこの家で買い物や準備をする仲間たちを待っているのだった。バッシュは地図を広げている。おそらく、というより間違いなくバンクール地方の地図だろう。埃を被っていたソファをぽんぽんと叩いてからそれを払い、アーシェは座った。そして思う。ラスラのことを。亡き、愛する夫のことを。アーシェにとっての宝箱に鍵を差し込んでそっと開ける。中にはキラキラとしたものがあり、それらはアーシェを無言で見つめる。ほんの僅かな結婚生活。それでも、宝物だった。ずっと一緒に居たいと願った。年老いても共にありたいと思った。だが、彼はこの世から去ってしまった。また、涙が溢れそうになる。アーシェはラスラを心から愛していた。ラスラもまた、アーシェという妻を愛していた。政略結婚ではあったが、そこには確かな愛が存在していたというのに。

アーシェは我に返って、壁掛け時計を見た。針は時を止まることなく刻む。あの日々の思い出に浸っていたいアーシェのことなど考えもせずに。そろそろ帰ってくるだろうか。パンネロとヴァンは道具を買いにミゲロの店へ行っている。バルフレアは武器、防具屋に行くと言っていた。フランはきっと魔法屋に行ったのだろう。アーシェは共に旅する者たちのことを思ってから、再びラスラのことを想った。今は無い、ナブラディア王国の第二王子であるラスラ・ヘイオス・ナブラディアは十八という若さで亡くなった。アーシェは今年十九になり、彼の年を越えた。ラスラの時間は止まっており、アーシェの時間は止まることを知らない。少しずつ、ラスラとの思い出が風化していってしまうのだろうか。砂でできた城のように、簡単に崩れ去ってしまうのだろうか。時とは残酷なものである。いくらアーシェがラスラを愛し続け、想い続けても、時は少しずつ思い出を削っていく。泣きたくなり、アーシェはソファから立ち上がった。そして洗面台へと走る。すでに溢れていた涙を、冷たい水で洗い流す。辛かった。悲しかった。愛しかった。本当のことを言ってしまえば、ラスラの逝ってしまった場所に行きたいと願ったこともあった。だがそんなことをしてもラスラは喜ばないし、ダルマスカ王家の生き残りであるアーシェ・バナルガン・ダルマスカには使命があった。それは――アルケイディア帝国への復讐。ダルマスカは恩義を忘れず、屈辱も忘れず、刃を以って友を助け、刃を以って敵を葬る――。ラスラの祖国を、自分の祖国を、大切な人々を奪っていった帝国に。
アーシェは蛇口をしめると、バッシュのいる部屋へと戻った。バッシュは地図ではなく、アーシェを見ていた。目が赤くなっているアーシェに、彼は驚いている。それと同時に、彼女が泣いていたということにも気付いているようだった。

「アーシェ殿下……」

どうしたのですか、そんな意味が込められているようだった。アーシェはなんでもないわ、と口にして先ほどまで座っていたソファに腰を落とす。その動作をバッシュはずっと見ていた。なんでもないと言われても気になってしまうのだろう。彼は優しい。アーシェは同じ言葉を繰り返した。なんでもないわ――と。そしてまた想う。ラスラのことを。ずっとずっと、想い続けていたい。そんな風に考えながらアーシェは力をつけた自分を想像する。アルケイディア帝国に復讐するための力を。アーシェは我ながら人間(ヒュム)らしいことを考えているななどと思った。力を渇望するのは、人間の本能。バッシュは何も言ってこなかった。もしかしたら、アーシェが復讐に燃えていること、ラスラを想い続けていることに気付いていたのかもしれない。コンコン、とドアがノックされた。バッシュが返事をすると、ドアの向こうの人物が部屋へと入ってくる。ヴィエラ族の空賊、フランだった。フランもまた目の赤いアーシェと、複雑な表情をするバッシュを見て何か感づいたらしい。だが彼女は何も言ってこない。部屋は静寂に包まれていた。アーシェは瞼を閉じる。もちろん、その裏側に焼き付いて離れないのはラスラ・ヘイオス・ナブラディア――最愛の人だった。


title:泡沫

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