FF12 | ナノ


final fantasy xii

優しく、そして柔らかい光が降り注ぐ。ケルオン大陸内陸部、ヤクト・ディフォール。深いゴルモアの森の奥にあるというのに、エルトの里は光で溢れていた。木々の枝に橋を渡し、互いを繋ぐことによって作られた里。ヴィエラの里としては比較的大規模な里で、住民も多いが男性の姿は皆無。森の民と呼ばれるヴィエラはもともと外界との接触を嫌う。この里はそれが顕著で、里長となったヨーテの妹であるフランは、下界と隔離された生活に疑問を感じながらも慎ましやかに生きていた。ヴィエラは森の声を聞き、精霊を感じ、そして森で生きるものなのだと頭の中ではわかっていても、たとえば、そう、真上に広がる青空に憧れることもある。鳥が飛んでいく様子を見て、どうしようもない気持ちを抱くことだってある。けれどそんな気持ちを押し殺して、フランは姉ヨーテ、妹ミュリン、友人たちと生活していた。幸せはそこにあったけれど、窮屈に思うことは多々あった。

――ある日の朝のこと。この里で一番若いヴィエラで、フランとヨーテの実妹であるミュリンが高熱を出した。薬師の長ハールラが彼女を診たが、解熱の薬の材料になる薬草をきらしてしまっているという。ミュリンの友人のネフィーリアは言う、ゴルモア大森林の奥地にその薬草が生えているはずだ、と。ネフィーリアの話が本当ならば、誰かがそれを採りに行かなくてはならない。ミュリンは苦しそうに息を吐き、潤んだ瞳をフランやヨーテに向ける。里の長であるヨーテがここを離れるわけにはいかない。フランは言った。私が薬草を採りにいく、と。フランは防人として力をつけたヴィエラではないものの、戦闘能力ではヨーテやミュリンを大幅に上回っている。ヨーテはフランに「行ってくれるか」と言い、フランが頷くのを見ると、頬を火照らせたミュリンの髪にそっと触れて奥へと戻っていった。彼女は多忙なのだ。妹が苦しんでいてもその場にいられないほどに。フランが薬草を採ってくるまで、ネフィーリアがミュリンをみることになった。ネフィーリアは少し変わったところがあるが、しっかり者なのでフランは安心して妹を任せられた。ハールラは薬の作り方が書かれた本を見なければ、と言って離れていく。ネフィーリアはミュリンの額に置かれたタオルを取り替えると、「もう少し待って、ミュリン。今、キミのお姉さんが薬草を採りに行っているから」と優しい声で言った。

ゴルモア大森林。適度に暖かい気候をしているのだが、育ちすぎた木々が異常なほどに密生している。フランは弓と矢を持ってその森を歩む。襲ってくる魔物を弓で撃ち抜いたり、魔法でトドメをさしたりしながら。森に薬草の在処を問いかけてみれば、それは幻妖の森の近く、つまり南にあるという答えが返ってきた。南は里の付近と比べると、強いモンスターが出る。フランは矢を口にくわえ、南に体を向けた。待っていて、ミュリン――そんな風に胸の中で呟きながら。
モンスターは急ぐフランに襲いかかってくる。誰かと一緒ならば力尽きてもフェニックスの尾で戦線復帰出来るが、ひとりだとそうはいかない。確実に一体ずつ葬っていく。フランの額や頬に淡水パールのような汗が浮かび上がってはつうっと伝い落ちていく。戦い続けて体が疲労していくのを感じた。フランは自らにケアルをかけると、最後の一体に弓を放った。びゅう、と音を立てて飛んでいった矢がモンスターの心臓を貫いた。フランはふうと息を吐き、そしてあたりを見回す。ネフィーリアが言うには、解熱作用のあるその薬草は白い花をつけるという。静かに歩みながら花を探すと、それはすぐに見つかった。雪を思わせる白い花弁。いくつか咲いており、フランはしゃがみこんで摘めるだけ摘み、そして立ち上がった。あとは里に戻ってハールラにこれを渡し、薬を煎じてもらうだけ。フランの脳裏に高熱で苦しむミュリンの姿が浮かび上がった。急がねば。早く彼女を楽にしてやりたい。姉はそう思い、かけだした。モンスターはフランを目ざとく見つけるが、全速力で走って逃げればじきに諦めて引き返してくれる。時折手にした薬草に目をやりながら、フランは走った。緑の世界を。


「…姉さん」

ハールラが煎じた薬を飲んだミュリンがフランを見つめた。フランはほっとして、彼女の肩に手をやった。ミュリンはまだ顔が赤かったが、熱が下がりだいぶ楽になったようだった。ヨーテが奥から現れ、妹に問いかける。大丈夫か、と。ミュリンは微笑んだ。心配をかけてごめんなさい、と謝ることも忘れずに。フランは妹をそっと抱きしめた。妹もまた、ギュッと姉を抱く。危険を省みず薬草を採ってきてくれた優しき姉に。ヨーテも珍しく笑んでいた。フランはそっとミュリンから体を離す。ミュリンは薬を煎じてくれたハールラと、世話になったネフィーリアにも礼を言った。

「キミが元気になって良かったわ」

微笑するハールラの隣でネフィーリアもそう言って笑う。里に穏やかな時間が流れていく。フランは空を仰いだ。どうしようもなく、憧れる空を。それでも森と在るべきだ、とヴィエラの血が叫んでいたけれど。ミュリンは姉を見て、不思議そうな顔をした。幼いミュリンには、まだフランの気持ちがよくわからないのだろう。ヨーテは意味深な表情をフランに向けてから、奥へと戻っていく。彼女にはやるべきことが山ほどあるのだろう。ハールラとネフィーリアもミュリンのもとを離れていく。

「姉さん…」
「何?ミュリン」
「…なんでもない。薬草、ありがとう」
「…ええ」

世界は回る。止まることを知らずに。時間がイヴァリースに寄り添って。フランはミュリンに「まだ寝てなさい」と言い、彼女の部屋から出て行った。フランは振り返って、出てきたばかりの扉を見た。ミュリン。そしてヨーテ。ハールラやラエル。ネフィーリアたち。もし、もしの話。里から出、空とともに生きる道を選んだら、フランは彼女たちを――大切な家族、仲間、友人を捨てることになる。フランの胸に芽生えたそれは、棘があるようで彼女自身をも傷つけていた。その傷を癒せる薬草は、どこにもない。フランはそこまでわかってしまった。


title:空想アリア


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